取り返しがつく失敗
「な? 私の言うとおりになったろ?」
「なんで嬉しそうなのよ? こっちは大変な目に遭ったってのに」
二レース目を終えて行われたミーティング。その内容は最悪だった。
当然と言えば当然だ。戦術もへったくれも無く、ただ私怨によってストーカー戦術を食らったのだ。気持ち良くミーティングに移れるわけがない。
レース内容も正当に評価出来るわけもなく、唯一評価されたのが、三機の損傷具合に合わせてルートを構築し、どうにか及第点の順位までチームを導いた
それ以外には何も得るものが無かった。失った物の方が大きかった。そんなレースだったのだ。
「あっちは謝りに来たろ? 後腐れもなくなって良かったじゃないか」
「……だから余計に、自分達の行いに自信が持てなくなったの」
「不器用だなぁ」
それでも霧華は現実を受け止めていた。頂点を取りに行くとは、他の全てを蹴落とすこと。恨まれるのは仕方がないと。
しかし、ミーティングが終わって控室を出た雪屋を待っていたのは、件の相手高鍋電子工業だったのだ。
一瞬霧華は邪推した。あそこまでのことをやったのに、まだ文句が言い足りないのかと。だが、そこからは起こった事態は霧華の予想とは真逆の事態だった。
なんと、高鍋の選手達全員が、一斉に頭を下げたのだ。さっきの試合は申し訳なかった。非は全てこちらにあると。
霧華は訳が分からなくなった。恨まれるのは覚悟していた。けれど謝られることは予想外だった。
だって高鍋の行いは、自分達の行動の結果起こったこと。言うなれば悪事に対する報復なのだ。
その報復を謝られてしまったら、全面的に非を受け止められてしまったら、自分達の悪事は宙に浮いたままになってしまう。
「高鍋は自分達の行いを謝罪した。けれど、恨まれてるはずの私達は何もしていない。いえ、どこまで謝ればいいかも分からない」
第一レースで雪屋の戦術に巻き込まれた機体は、ゆうに二十五機を超える。おおよそレースに参加していたリンドブルムの半数だ。
高鍋の行いを考えるなら、そんな膨大な数の被害者と関係者に雪屋は謝罪を行わなければならない。許されるかも分からない謝罪を。
それすら行わなずに身勝手に勝利を追及してもいいのか。霧華の心は揺れていたのだ。
「なんか七面倒くさく考えてるけどさぁ、要するに
「……そうかもしれない」
「イエスマン脱却だ」
「茶化さないで」
今まではコーチの指示に頷いていればよかった。彼女は長年雪屋を引っ張ってきた女傑であり、しっかりと結果を残してきた傑物でもあるのだから。
しかし、最近の成績不振はそんな彼女を変えてしまったのではないか。自分達を導く立場にふさわしくないんじゃないか。そんな最低な考えが渦巻いていたのだ。
「……今からするのは、独り言だよ」
「……」
不安定になりつつある友人の気持ちを察したのだろう。澪はそう言って許可を受けるまでもなく語りだした。
「群城コーチも切羽詰まっているんだろうさ。勝ち方が分からなくなりはじめて、スランプになり始めてるんだろうさ」
「っ! じゃあ!」
それなら群城に意見をすることが正しいのか。彼女の指示に立ち向かうのが正しいのかと、聞き返しそうになる。
しかし、澪が自らの唇に当てた人差し指。その意味を理解して言葉は抑えた。
「群城コーチもそうだろうけど、きっと勝てないせいでチームにも不満は溜まってる。そんな時、誰かがコーチの意見を否定したらどうなるだろうなー」
「チームが、割れてしまう……」
今回の事態で不満が溜まっているのは、主に霧華を含む三年生グループ。勝利から遠ざかって久しいグループだ。
しかし、それはあくまでも負け続けた彼女達の意見。名門雪屋への入部を望んで、春から仲間となった一年生にとっては、一度目の失敗でしかない。たった一度の失敗でしかないのだ。
その一度の失敗を糾弾し、コーチに楯突いたらどうなるか。コーチとの不和はもちろん、三年生と一年生の間に溝ができ、信頼関係など無くなってしまう。
「二レース目後の群城コーチは、普段と違って明らかに歯切れが悪かった。あの人だって分かっているんだ。自分の失敗を」
「それは、けど、それならどうすれば……」
「話の持って行き方さ。みんなの前でぶつかり合うからいけないんだ。まずは個人で話を聞いてみなよ。それとも、マンツーマンの話し合いは腰が引ける?」
「……そっか。それなら個人の相談にしかならない。チームの不和には繋がらない」
「私達と群城さんは生徒とコーチだ。けど、何も言葉が伝わらない者同士じゃない。コミュニケーションを取る所から始めても遅くない。ブロッサムカップが最後の大会じゃないんだから」
「……ありがとう澪。それと、独り言設定はどこにいったの?」
「せっかくまとまったってのに、そんなとこ気にすんなよ! ほっんと霧華は昔から不器用だなぁ……」
「うるさい」
不満そうに頬を膨らませる霧華。そんな彼女の姿を見て、澪は面白いと笑うのみ。
からかわれたと思った霧華は、部屋の枕を投げつける。それを受け止めると、お返しとばかりに投げ返す澪。
いつの間にか、部屋での話し合いは枕投げ合戦へと移り変わっていた。同時に、霧華の胸につっかえていたナニカも、いつの間にか消え去っていた。
※
深夜の西之島リンドブルムドーム。そこは昼間の喧騒とは打って変わり、あらゆるものが寝静まったかのような静寂に包まれている。
日中を賑わわせた学生とコーチ、大会運営のスタッフ達の多くが隣接するホテルで休息を取っているのだ。それも当たり前と言えよう。
しかし、そんな時間だからと言って、全ての人間が寝静まっているわけではない。ドームに等間隔で設置された休憩用のベンチ。そこに腰掛ける男女の姿があった。
「二レース目は悪かったよ」
「本人達からも謝罪は受け取りました。こちらとしてもこれ以上禍根にするつもりはありません」
「ありがとうよ。ワシとしても、あの子らの暗い顔は見たくなかったからの」
一人は高鍋電子工業コーチの
学生スポーツはプロへの登竜門。しかし、同時にプロの精神性を学生が真似することは、まだまだ難しい。
このままでは両者にくすぶる火種が三レース目で再点火し、
それを内々に落とし所を見つけるため、二人はこうして人目の少ない場所で話し合いを行っていたのだ。
けれどこの集まりの議題であった両者の和解は、高鍋電子の選手達が、雪屋へ謝罪に訪れたことで半ば達成されていた。
そうなるとわざわざ睡眠時間を削ってまで、どうして密談を行っているかの話になる。
「やはりプッシュ戦術は封印しようと思います。高鍋が先んじて責め立ててくれたおかげで、私達は罰を受けたと周囲に思われました」
「問題なのは、どこも罰を受けて当然と思っていたこと。他の被害を受けたチームの者達も、雪屋が転ぶことを望んでいたってことじゃな」
「はい、ルールの中で確実な勝利を掴む。戦術面では達成されていたかもしれませんが、この場合は政治面でしょうか? そちらをおろそかにしすぎました。この歳で新たな学びを得るとは思いませんでしたよ」
「がっはっは! 生きてる限り、人は学び続けるもんさ! それを学べただけでも、群城ちゃんと雪屋にとっては大きな収穫立ったろうよ」
この密談の本質。それはいざこざの原因となった雪屋の戦術に対する、先達の意見を伺う反省会だったのだ。
「……これから戦術を封印すれば、私は報復を恐れて弱腰になったと思われるでしょう」
「ま、そういう見方をする奴も現れるわな」
「しかし、続けたら続けたで、雪屋の評判はどんどん悪くなる。仮にプッシュ戦術を使用しなくともです」
「勝てるけどやらねぇ戦術、いわゆるあくどい戦術ってのは意外と多い。それで悪名が轟くようになったら、ますます勝利からは離れるだろうな」
「恥を承知で聞かせてください。私達はどうすればいいと思いますか?」
雪屋の強みは総合力と徹底的な戦術理解だ。それらを活かすためには、金橋の言ったあくどい戦術というのが一番効率的。そう思って群城は今回の大会に、その選択肢を持ち込んだのだ。
しかし、結果は大失敗。表立ってこそいないが、チームの群城への信頼は揺らいでいる。
本来ならば絶対に話せないチームの不和。けれど、あえて群城がそれを話したのは、彼女自身もここ数年の不振に苦しみ、チームの舵取りが分からなくなったゆえ。
そして、隣に座る老人が、そういった舵取りを何年にも渡って行ってきたベテランゆえだった。
「……学生達にも選ばせてやるこった」
「えっ?」
「コーチだの先達だのってのは、少~しばかり経験が多いだけの人にすぎねぇってことよ。間違うことだってある」
「無責任と取られませんか?」
「だから全部を教えてやるんだよ。綺麗な戦術、あくどい戦術、他チームの感情、選択のリスク。それらひっくるめてぜ~んぶ教えてやるんだ。そこから選ばせてやるんだよ」
「……ずっと一人で差配してきたチームです。方針転換は受け入れられないかもしれません」
「そんなん一度に実行しなきゃいいだけよ。一つの自由意思を尊重するだけでも変化には違いない。そっから少しずつ変えて行って、いつか間違いを認めて謝りゃいいのさ」
「……ありがとうございます」
「湿っぽい話はこれで終わりだ。それに老人に夜更かしは堪えるからよ。明日の勝利に備えて休ませてもらうとするよ」
「今夜、相談に乗ってくれたことは感謝してもしきれません。けれど、勝負は別です。 ……雪屋は負けませよ」
「そんでこそ群城ちゃんだ。クリーンな試合を。覗き見坊主に一人勝ちされんのは気にくわんからな」
「全くです」
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