闇を払った友情
「こ、これはっ!?
「いや、本当にすごすぎる」
「さぁそんな香月選手を先頭に、ゴールラインが見えてきました! 一位は香月選手で揺るがないでしょう…… 今、ゴール! 続いて二位は…… おおっと! いったいいつから抜け出して来ていたのか!
「ストーカー戦術を続けていれば、どうやったって共倒れです。どこかで切り替えたのでしょうが、それにしたって二位に食い込んできますか…… このレースのMVPは香月選手でしょうが、次点があるなら、ぜひとも千鵺選手に投票したい所です」
「同感です! 追い込み型とでも言うのでしょうか。後半からのスパートは、この予選ブロックでも随一と呼べるでしょう」
「香月選手をトリッキーと表現するのなら、千鵺選手の動きはまさに王道と呼べます。実際の彼女も運動神経が高く、柔軟性も高いのでしょう。随所で身体の使い方の上手さが見られました」
「さて、そんな二位を取った高鍋にずっと付きまとわれていた
「途中で別々のルートに切り替えたことが、功を奏しましたね。歌仙選手は捕まり続けたせいで順位を落としましたが、残り二人はトップテンに食い込んできている。総合力の高さを見せつけられた気分です」
「さて順位の集計が出ました! 一位は変わらず24ポイントの雪屋! しかし、ポイント差は縮められたか! 二位は19ポイントで叢雲! 三位は16ポイント高鍋電子となっています!」
「ペナルティの減点が痛いですね。それさえ無ければ叢雲と並んで同率二位だったのですが……」
「こればかりは仕方ありません。実況席としましても、最終レースまで禍根が残らないよう祈るばかりです」
※
「座りなさい」
「あ、あの、
「いいから座る!」
「はいっ!」
座れという命令も、椅子に座って休めという意味であるはずがない。二人は急いで美鈴の隣に正座をする。
「さっきの試合。……あれは何?」
底冷えするような低音で、百恵が問いかける。もちろん順位について語られているわけでないのは明白だ。
「え、えっと、雪屋とのバトルのこと……?」
「それ以外に何があるの!?」
「ごめんなさい!」
早々に謝罪し、白旗を上げる舞。ここら辺のダメージコントロールが上手いのは、散々イタズラを働いてきた賜物だ。しかし、そんな舞とは異なり、鶫は不満そうに言い返した。
「雪屋が先に仕掛けてきたんだもん。私達は反撃しただけ。正当防衛の何が悪いの?」
「ちょっ! 鶫!?」
「……鶫~! あんたねぇ……!」
「あいつらは百姉を泣かした! リンドブルムを台無しにした! あれだけ好き勝手やったってのに、謝りすらしなかった! だから反撃してやったんだ! 自分達が何をしたか分からせるために!」
怯むことなく自身の主張を言い放つ鶫。その瞳にはじわりと涙が浮かんでいる。
褒められるとは思ってなかった。けれど、怒られるとは思わなかった。鶫にとって、百恵を傷付けた罪はそれほどまでに重かったのだ
「……百恵ちゃん。私も止めなかったのは悪かったと思ってる。けど怒る前に自覚をさせなきゃ」
「……もう!」
目に涙を溜めながら訴える鶫は、自分の主張を頑としても曲げない様子だ。これでは美鈴の言う通り、理不尽に怒鳴りつけてるだけになってしまう。
そのため百恵は、アプローチの方法を変えた。
「……鶫、舞。あなた達が私のことを思って動いたことは分かったわ。けれど、私は一回でもそんなことを望んだ? 雪屋に散々嫌がらせをしてやれって頼んだ?」
びくりと震える鶫の肩。それだけで彼女の動揺が伝わってきた。
「た、頼まれては無いよ…… けど、あの時百姉は、雪屋の奴らにいじめられて泣いてて……」
「いじめられて泣いていたわけじゃないわよ。あの時私は、自分の不甲斐なさに泣いていたの」
「ど、どうして!? 百姉は何も悪くないのに!」
「悪いわよ。一番悪かったって言ってもいい」
「何が!」
「実力不足」
「えっ?」
「年長なのに、鶫達を導いていかなきゃいけない立場なのに。真っ先にレースをリタイアして、続くコースは出場すら出来なかった。そんな情けない自分が悔しくて、私は泣いていたの」
いつの頃からか、このグループのリーダー役は百恵になっていた。
迷った際の決定は全て百恵が下し、トラブルがあれば百恵が助太刀をし、他者との諍いは百恵が間に立って取りなしていた。いつしか彼女自身も、自分は頼りになるみんなの姉でなくてはならないと思うようになった。
そんなポジションに立って十数年。努力を怠らない彼女は、何かにつけても幼馴染達に大きな差を付けられることは無く、頼られる姉でい続けた。
そんな時だ。鶫がリンドブルムレースに参加したいと言い出したのは。
最初は問題が無かった。みんながみんな、初心者だったから。しかし、一年が経った辺りで百恵は気付く。自分には絶望的に才能が無いことを。
どれだけ練習を重ねても、どれだけコーチの
それでも百恵が腐らなかったのは、最終的な意思決定が彼女に委ねられていたからだ。自分の力でチームを引っ張っていく。それだけがリンドブルムレースにおける百恵の役割であり、彼女の唯一の存在意義であったのだ。
しかし、今回のレースではそれも叶わなくなった。なら、自分の存在意義はどこにあるのか。どこにもない。その自覚故に涙がこぼれたのだ。
「鶫と舞がやらかしたって聞いた時、すぐに私がやられたことをやり返したんだって分かった。私が一レース目でリタイアしなければ、最悪レースに参加出来るほどの損傷で抑えれればこんなことにはならなかった」
「百姉……」
「怒らなければいけない時に、私はその場にいなかった。導かなきゃいけない私が、自ら火種を作ってしまった。そして全部が終わった後になって、いまさら偉そうに説教をかまそうとしている。最低よね」
「そんなことない!」
鶫が突然立ち上がったかと思うと、そのままの勢いで百恵に飛び込んだ。
「ちょ、ちょっと鶫!」
「百姉はいつだって私達のことを考えてくれるもん! いつだって私達のために行動してくれるもん! 最低なわけ、最低なわけがないじゃんかあぁぁ! うわあぁぁん!」
涙はとっくの昔に決壊し、鼻水はぐじゅぐじゅととめどなく溢れてくる。もちろんそれらは抱き着いている百恵の服をぐちゃぐちゃに汚している。けれど彼女は文句の一つも言わなかった。
「……私のためを思ってくれてありがとう」
「……うん」
「でも、本当に私のことを思ってくれるなら、最初に声をかけて欲しかったわ」
「……ごめん」
「いくら相手に嫌な思いをされたからって、やり返すのは悪いと分かるわね? 相手の行動がルールに則っていたのならなおさら」
「……分かる」
「じゃあ何をしなきゃいけないのかも分かるわね?」
「……謝りに行く」
「えぇ。今夜中に謝りに行きましょう」
「……付いてきてくれるの?」
「当たり前でしょ。それと鶫、あなたがリンドブルムレースを始めた理由を見失っちゃ駄目よ」
「……?」
「みんなで楽しむために、私達を誘ったんじゃない。そんなあなたが、しかめっ面でレースを走ってどうするの?」
「……あっ」
「最終レースは私も出られると思う。勝ちに行くわよ」
「……うん!」
歪みかけていたチームの輪は、外れていた歯車がかみ合うことで修復を見せた。一度やり返せど、消えはしなかった負の感情。しかし、それらはいつの間にか霧散していた。
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