新人サポーターが照らす道

武源ぶげん先輩! 北東方面に百メートル進めば、車道に出ます! このまま進むと、三十秒後に屋根伝いを走らなきゃいけません! そこで妨害されたら、最悪、リンドブルムが大破します!」


「分かっている…… けどルートは続行。ただでさえ予定タイムを大幅に超過しているんだ。車道に出たりしたら、何十位を取らされるか分かったもんじゃないからな」


「で、でも……!」


「この程度の障害、問題は無い。かすみみぞれ、二人も大丈夫だな?」


「はい!」


 狭い住宅地を通り抜けながら、霧華はみおとの会話を思い出していた。


 (超えちゃいけない一線はあると思うよ、ね。まさかこんなに早く実感するなんて)


 普段であればとても出さない、遅すぎる通過タイム。そんなタイムを霧華達が出しているのは、後ろに張り付く二機のせいだ。


 高鍋たかなべまいつぐみ。この二人がずっと雪屋のリンドブルムに張り付き、妨害行動を行っているのだ。


 狭い路地を並走時のタックルは当たり前。足を踏む、乗り越えようとしたフェンスを捻じ曲げる、瓦屋根を蹴っ飛ばしてくるなど、ありとあらゆる行動で雪屋の行動を阻害してくるのだ。


 当然そんなことを続ければ、審判の目は厳しくなる。舞はすでにペナルティが二つで退場寸前、鶫もペナルティを一つ貰っている。退場が見えてきたためだろう。現在の二人は軽いルートカットがせいぜいで、大きな妨害は無くなった。


 しかし、そこまで至るのに雪屋ゆきやは消耗しすぎた。右指を四本踏んづけられた霞は、まともに上り下りが出来なくなっている。散々足を狙われた霙は、走りに違和感が生まれている。そして霧華も瓦屋根の直撃によって、肩が一定の高さ以上に上がらなくなっている。


 当然そのような状態で本来のコースを走ることは出来ず、サポーターの氷柱つららに何度もルート変更を頼んでいる状態だ。むしろ、雪屋の操縦技術があるからこそ、未だにリタイアをせずに済んでいる状態なのだ。


 (鳩飼はとかいはこちらの心理を突いて、一番嫌な妨害をしてくる。あのペナルティ二つだって、私達の損傷とペナルティを比べて、損傷を取った結果だ)


 舞は典型的ないたずらっ子だ。他人を引っ掻き回しながらも、激怒されないギリギリを攻める技術に長けている。その才能に悪意が加われれば、一気に凶悪度は増す。


 審判に怒られないギリギリを攻めながら、こちらに嫌がらせを続けてくるのだから。


 (千鵺せんやは運動センスの化け物だ。こちらの動きを先読みし、確実に進みたいルートを潰してくる。おまけにこの肩の損傷。こいつのせいで、ルートの半分が潰された)


 鶫の方は天性の運動センスの持ち主だ。雪屋の動き出しを微かな動きだけで見極め、離されないギリギリで張り付いてくる。霧華きりかを損傷させた際も、彼女が壁を昇ろうとして伸ばした腕。その際に出来た肩と腕の隙間に、瓦屋根を蹴り飛ばしたのだ。


 おかげであちらはペナルティを貰ったが、こちらもセンサー系に瓦屋根が直撃した。痛み分けにしては、こちらの痛みが強すぎる。


「っ! ちっ!」


 今もわざと前を横切られ、こちらの足を止められた。舞の仕業だ。


 無理矢理通り抜けることも一度は決行したが、その結果もたらされたのは霞へのペナルティだ。


 審判としては喧嘩両成敗と言いたいのだろう。もしくは両チームが熱くなっていると思っているのか。どちらにしろ、雪屋が前に進むためには、妨害を甘んじて受け入れながら進むしかない。


「う、うそ……」


 そんな形で雪屋は貴重な時間を無駄にし過ぎた。スピーカーから漏れ出るのは、氷柱の声。それだけで雪屋にとって、何か面白くないことが起こったのは明白だ。


「姫宮! 報告!」


「す、すみません! 叢雲むらくも香月かがちが! あの環境特化型の機体が、一気に追い上げてきています! もうすぐそこまで!」


「なにっ! なっ……!」


 ダアンッと激しい音が背後から響き、思わず後ろを振り向く。すると頭上に影が差し、今度は前方からダアンと大きな音が響く。


 慌てて前方に振り返ると、そこには空中に大きく弧を描き、遥か前方に跳ね跳ぶ白ウサギがいた。間違いない。第一レースで随分と不甲斐ない姿を見せていた、環境特化型の機体だった。


「霧華!」


 そして兎羽とわに目を奪われたこと。これが第二レースにおける、雪屋の致命的な失態だった。


「どうした!」


「高鍋の千鵺がいない! 抜け出された!」


「~っ!」


 いくら報復行為といっても、永遠に続けていれば、両者低順位で共倒れになってしまう。それを防ぐためにはどうするか。ほどほどの所で切り上げて、自分のレースに戻ればいいのだ。


「姫宮! 三機それぞれの損傷を加味した、別々のルート選択は可能か!?」


「えっ!? は、はいっ! やってみせます!」


「よし! なら妨害が一枚に減った今がチャンスだ! 多少無茶でも任せたぞ!」


 このままだと取り返しがつかなくなる。そう考えた霧華は、三人それぞれが別ルートを選択し、ゴールを目指すことを決めた。


 それぞれの機体は別々の部位を損傷しており、走れるルートも大きく変わってくる。そんなルート決定を三人分、それもリアルタイムで行わなければいけないサポーターの負担は尋常ではない。


 けれどそうすることを決めた。このまま下位に甘んじるのは、名門雪屋の名が許さなかった。


「行け!」


「はい!」


 雪屋の過酷な戦いが始まった。



「こっちのルートじゃダメ…… こっちのルートも嵌ったら抜け出せなくなる……」


 雪屋が高鍋の妨害に曝され始めた頃、夜見よみは必死になって街道マップとカメラ映像を見比べながら、ルート構築を始めていた。


 本来の車道を走るだけのルートでは、彼女がこんなに頭を悩ませることも無かったはずだ。こうなっている答えは一つ。影山から頼まれた作戦のせいである。


 兎羽の愛機ムーンワルツは、登り傾斜特化の機体だ。しかし、厳密に言うと、昇り傾斜でしか走れないというわけではない。傾斜のある足場が連続する地帯。それさえあれば、兎羽は高速で進むことが出来るのだ。


 さて、現在のコースである街道は、良くも悪くも入り組んだ作りをしている。場所によっては、似たような地形が連続している場所もあるだろう。


 そう、影山かげやまの立てた作戦とはまさにそれだ。兎羽が無理なく進めるルートを見つけ出し、第二レースで彼女を一位にしてしまおうという作戦だったのだ。


 けれど、この作戦には大きな穴が存在する。それこそがルートの選択そのものだ。


 入り組んだ住宅地の中から、兎羽が一度も勢いを落とさずに走り抜けるルートを見つけ出す。言葉にすればこれだけだが、それを見つける難易度は計り知れない。


 入り組んだ住宅地はたった一歩足を止めただけでも、兎羽にとっては致命傷になる。塀と塀の隙間に挟まれば、機体構造上抜け出せなくなるのは当然であり、空中で次の足場を見失えば、最悪、重りバラストの付いた頭から地面に落下することになる。


 そうならないために、今も夜見は必死になって、ルートの構築を行っているのだ。影山が彼女を要と言った理由もこれだ。そもそもルートを見つけなければ実行に移すことも不可能な作戦だったからだ。


 (こっちもダメ、これも途中で足場が無くなる。これは途中で脆い塀を跳ばなきゃいけない。ダメ、兎羽ちゃんの技術以前に塀の耐久力が信頼出来ない)


 快適な室温のはずなのに、夜見の身体からは汗が止まらない。


 それもそのはずだ。今もレースは進行している。夜見のルート構築が遅れれば遅れるほど、兎羽のスタートも遅れるのだ。出来るだけ早くルートを構築しなければいけない。出来るだけ安全なルートを用意しなければいけない。


 焦れば焦るほど、全てのルートが怪しく見えてくる。そうして疑心暗鬼にかられるほどに、逆に全てのルートが魅力的に見えてくる。


 一試合目の緊張が可愛く思えてくる。このレースの勝利は、本当に夜見の力にかかっている。夜見の選択が全てを左右する。吹き出す冷や汗で、身体はぐちゃぐちゃだ。


 (これもダメ、あっちも……ダメ! 急がなきゃ、急がなきゃいけないのに!)


 普段は使われない脳細胞の隅の隅まで、これでもかと酷使している感覚。頭の一部分に浮遊感が感じられる。目の奥がチカチカと危険な光を宿している。


 そんな時だった。


「夜見ちゃん!」


「はっ! えっ、兎羽ちゃん……?」


「良かったぁ……! ずっと呼んでたのに、夜見ちゃん返事が無かったんだよ? 心配したんだから!」


「あうっ、ご、ごめん……」


「いいよいいよ! 夜見ちゃんが頑張ってくれてるのは知ってるから!」


 きっと考えすぎて、脳がトリップしていたのだろう。夜見は我に返ると同時に、申し訳なくなってくる。


「でも、私、まだルートを見つけられてなくて……」


「そんなの仕方ないよ! だって私みたいなワガママリンドブルムのルートを探してくれてるんだよ? そんなに早く見つけられるなら、影山先生もわざわざ頼んだりしないって!」


「で、でも! 見つけられないの! 兎羽ちゃんをゴールまで届けるルートが、どうしても見つからないの! もうレースは中盤も過ぎてるってのに……!」


 今まで勉強で苦労したことは無かった。それゆえに驕っていた。なんやかんやでルート構築は間に合うだろうと。


 けれど、現実は非情だった。成果を出せぬまま、時間は無情にも過ぎ去っていき、時が経つほどに己の不甲斐なさが浮き彫りになってくる。軽い感情で受け止めた自分が恥ずかしかった。結果を出せない自分が情けなかった。


「……ねぇ、夜見ちゃん。もしかして夜見ちゃんは、私が確実にゴール出来るルートを探してない?」


「えっ?」


「百パーセント安全で、確実に一位が取れるルートを探してない?」


「えっ? えっ? それは、もちろん、そうだけど……」


「夜見ちゃん、それじゃダメだよ。それじゃあルートは見つからない。私達は今、無茶をしようとしているの。無茶には危険が付きもの。危険があるからこそ無茶って言えるんだよ?」


「リスクを取れって言ってるの? ダ、ダメ! それで失敗したら、失敗しちゃったら!」


 自分が立ち直れなくなるから。その言葉は寸でのところで呑み込んだ。けど結果は同じだ。あまりにも浅ましい自分本位の考えに、ずきりと胸が痛みを放つ。


 もうあきらめさせてくれ。そうすれば健闘の甲斐もあり、作戦の成否もうやむやに出来るから。


「夜見ちゃん。失敗していいんだよ?」


 けれど優しい友人は、夜見からあきらめるという選択肢を奪い去った。


「えっ?」


「失敗したって、誰も夜見ちゃんを責めない。みんな夜見ちゃんが必死になって、考えてくれたことを知っている。夜見ちゃんが誰よりも努力していたたことを知っている」


 あきらめを否定しながら、夜見の全てを肯定した。


「あっ、あっ……」


「夜見ちゃんの失敗を、私が一緒に受け止める。だから夜見ちゃん、無茶に挑む機会を私にください」


 失敗を許すのではなく、共に受け止めると言ってくれた。それは深い人間関係を作ってこなかった夜見にとって、初めて言われた言葉だった。


「……もう少しだけ、時間をちょうだい」


「……うん。待ってるから」


 そうして途切れる通話音声。同時に夜見の瞳から涙が零れた。


「なんだよぉ……! 私の許可無く勝手に流れてくんなぁ……! まだ私には、やることが残ってるんだからぁ……!」


 頼られたら応えるのが当たり前だった。期待を裏切るのが怖かったから。任されたら責任を持つのが当たり前だった。それが信用だと信じていたから。けれど夜見は今日初めて、頼り頼られる本当の人間関係を知った。支えてくれる友情を知った。


「ふくっ! ぐすっ! 失敗してもいいんでしょ!? なら、特急便でルートを届けてあげるから!」


 涙で滲むカメラを眺め、新たに条件が置き換わったルートを構築する。驚くほど簡単に、素早くルートは完成した。


 そこから数えること十数秒。白ウサギは空へと飛び跳ねた。 

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