新人サポーターが照らす道
「
「分かっている…… けどルートは続行。ただでさえ予定タイムを大幅に超過しているんだ。車道に出たりしたら、何十位を取らされるか分かったもんじゃないからな」
「で、でも……!」
「この程度の障害、問題は無い。
「はい!」
狭い住宅地を通り抜けながら、霧華は
(超えちゃいけない一線はあると思うよ、ね。まさかこんなに早く実感するなんて)
普段であればとても出さない、遅すぎる通過タイム。そんなタイムを霧華達が出しているのは、後ろに張り付く二機のせいだ。
狭い路地を並走時のタックルは当たり前。足を踏む、乗り越えようとしたフェンスを捻じ曲げる、瓦屋根を蹴っ飛ばしてくるなど、ありとあらゆる行動で雪屋の行動を阻害してくるのだ。
当然そんなことを続ければ、審判の目は厳しくなる。舞はすでにペナルティが二つで退場寸前、鶫もペナルティを一つ貰っている。退場が見えてきたためだろう。現在の二人は軽いルートカットがせいぜいで、大きな妨害は無くなった。
しかし、そこまで至るのに
当然そのような状態で本来のコースを走ることは出来ず、サポーターの
(
舞は典型的ないたずらっ子だ。他人を引っ掻き回しながらも、激怒されないギリギリを攻める技術に長けている。その才能に悪意が加われれば、一気に凶悪度は増す。
審判に怒られないギリギリを攻めながら、こちらに嫌がらせを続けてくるのだから。
(
鶫の方は天性の運動センスの持ち主だ。雪屋の動き出しを微かな動きだけで見極め、離されないギリギリで張り付いてくる。
おかげであちらはペナルティを貰ったが、こちらもセンサー系に瓦屋根が直撃した。痛み分けにしては、こちらの痛みが強すぎる。
「っ! ちっ!」
今もわざと前を横切られ、こちらの足を止められた。舞の仕業だ。
無理矢理通り抜けることも一度は決行したが、その結果もたらされたのは霞へのペナルティだ。
審判としては喧嘩両成敗と言いたいのだろう。もしくは両チームが熱くなっていると思っているのか。どちらにしろ、雪屋が前に進むためには、妨害を甘んじて受け入れながら進むしかない。
「う、うそ……」
そんな形で雪屋は貴重な時間を無駄にし過ぎた。スピーカーから漏れ出るのは、氷柱の声。それだけで雪屋にとって、何か面白くないことが起こったのは明白だ。
「姫宮! 報告!」
「す、すみません!
「なにっ! なっ……!」
ダアンッと激しい音が背後から響き、思わず後ろを振り向く。すると頭上に影が差し、今度は前方からダアンと大きな音が響く。
慌てて前方に振り返ると、そこには空中に大きく弧を描き、遥か前方に跳ね跳ぶ白ウサギがいた。間違いない。第一レースで随分と不甲斐ない姿を見せていた、環境特化型の機体だった。
「霧華!」
そして
「どうした!」
「高鍋の千鵺がいない! 抜け出された!」
「~っ!」
いくら報復行為といっても、永遠に続けていれば、両者低順位で共倒れになってしまう。それを防ぐためにはどうするか。ほどほどの所で切り上げて、自分のレースに戻ればいいのだ。
「姫宮! 三機それぞれの損傷を加味した、別々のルート選択は可能か!?」
「えっ!? は、はいっ! やってみせます!」
「よし! なら妨害が一枚に減った今がチャンスだ! 多少無茶でも任せたぞ!」
このままだと取り返しがつかなくなる。そう考えた霧華は、三人それぞれが別ルートを選択し、ゴールを目指すことを決めた。
それぞれの機体は別々の部位を損傷しており、走れるルートも大きく変わってくる。そんなルート決定を三人分、それもリアルタイムで行わなければいけないサポーターの負担は尋常ではない。
けれどそうすることを決めた。このまま下位に甘んじるのは、名門雪屋の名が許さなかった。
「行け!」
「はい!」
雪屋の過酷な戦いが始まった。
※
「こっちのルートじゃダメ…… こっちのルートも嵌ったら抜け出せなくなる……」
雪屋が高鍋の妨害に曝され始めた頃、
本来の車道を走るだけのルートでは、彼女がこんなに頭を悩ませることも無かったはずだ。こうなっている答えは一つ。影山から頼まれた作戦のせいである。
兎羽の愛機ムーンワルツは、登り傾斜特化の機体だ。しかし、厳密に言うと、昇り傾斜でしか走れないというわけではない。傾斜のある足場が連続する地帯。それさえあれば、兎羽は高速で進むことが出来るのだ。
さて、現在のコースである街道は、良くも悪くも入り組んだ作りをしている。場所によっては、似たような地形が連続している場所もあるだろう。
そう、
けれど、この作戦には大きな穴が存在する。それこそがルートの選択そのものだ。
入り組んだ住宅地の中から、兎羽が一度も勢いを落とさずに走り抜けるルートを見つけ出す。言葉にすればこれだけだが、それを見つける難易度は計り知れない。
入り組んだ住宅地はたった一歩足を止めただけでも、兎羽にとっては致命傷になる。塀と塀の隙間に挟まれば、機体構造上抜け出せなくなるのは当然であり、空中で次の足場を見失えば、最悪、
そうならないために、今も夜見は必死になって、ルートの構築を行っているのだ。影山が彼女を要と言った理由もこれだ。そもそもルートを見つけなければ実行に移すことも不可能な作戦だったからだ。
(こっちもダメ、これも途中で足場が無くなる。これは途中で脆い塀を跳ばなきゃいけない。ダメ、兎羽ちゃんの技術以前に塀の耐久力が信頼出来ない)
快適な室温のはずなのに、夜見の身体からは汗が止まらない。
それもそのはずだ。今もレースは進行している。夜見のルート構築が遅れれば遅れるほど、兎羽のスタートも遅れるのだ。出来るだけ早くルートを構築しなければいけない。出来るだけ安全なルートを用意しなければいけない。
焦れば焦るほど、全てのルートが怪しく見えてくる。そうして疑心暗鬼にかられるほどに、逆に全てのルートが魅力的に見えてくる。
一試合目の緊張が可愛く思えてくる。このレースの勝利は、本当に夜見の力にかかっている。夜見の選択が全てを左右する。吹き出す冷や汗で、身体はぐちゃぐちゃだ。
(これもダメ、あっちも……ダメ! 急がなきゃ、急がなきゃいけないのに!)
普段は使われない脳細胞の隅の隅まで、これでもかと酷使している感覚。頭の一部分に浮遊感が感じられる。目の奥がチカチカと危険な光を宿している。
そんな時だった。
「夜見ちゃん!」
「はっ! えっ、兎羽ちゃん……?」
「良かったぁ……! ずっと呼んでたのに、夜見ちゃん返事が無かったんだよ? 心配したんだから!」
「あうっ、ご、ごめん……」
「いいよいいよ! 夜見ちゃんが頑張ってくれてるのは知ってるから!」
きっと考えすぎて、脳がトリップしていたのだろう。夜見は我に返ると同時に、申し訳なくなってくる。
「でも、私、まだルートを見つけられてなくて……」
「そんなの仕方ないよ! だって私みたいなワガママリンドブルムのルートを探してくれてるんだよ? そんなに早く見つけられるなら、影山先生もわざわざ頼んだりしないって!」
「で、でも! 見つけられないの! 兎羽ちゃんをゴールまで届けるルートが、どうしても見つからないの! もうレースは中盤も過ぎてるってのに……!」
今まで勉強で苦労したことは無かった。それゆえに驕っていた。なんやかんやでルート構築は間に合うだろうと。
けれど、現実は非情だった。成果を出せぬまま、時間は無情にも過ぎ去っていき、時が経つほどに己の不甲斐なさが浮き彫りになってくる。軽い感情で受け止めた自分が恥ずかしかった。結果を出せない自分が情けなかった。
「……ねぇ、夜見ちゃん。もしかして夜見ちゃんは、私が確実にゴール出来るルートを探してない?」
「えっ?」
「百パーセント安全で、確実に一位が取れるルートを探してない?」
「えっ? えっ? それは、もちろん、そうだけど……」
「夜見ちゃん、それじゃダメだよ。それじゃあルートは見つからない。私達は今、無茶をしようとしているの。無茶には危険が付きもの。危険があるからこそ無茶って言えるんだよ?」
「リスクを取れって言ってるの? ダ、ダメ! それで失敗したら、失敗しちゃったら!」
自分が立ち直れなくなるから。その言葉は寸でのところで呑み込んだ。けど結果は同じだ。あまりにも浅ましい自分本位の考えに、ずきりと胸が痛みを放つ。
もうあきらめさせてくれ。そうすれば健闘の甲斐もあり、作戦の成否もうやむやに出来るから。
「夜見ちゃん。失敗していいんだよ?」
けれど優しい友人は、夜見からあきらめるという選択肢を奪い去った。
「えっ?」
「失敗したって、誰も夜見ちゃんを責めない。みんな夜見ちゃんが必死になって、考えてくれたことを知っている。夜見ちゃんが誰よりも努力していたたことを知っている」
あきらめを否定しながら、夜見の全てを肯定した。
「あっ、あっ……」
「夜見ちゃんの失敗を、私が一緒に受け止める。だから夜見ちゃん、無茶に挑む機会を私にください」
失敗を許すのではなく、共に受け止めると言ってくれた。それは深い人間関係を作ってこなかった夜見にとって、初めて言われた言葉だった。
「……もう少しだけ、時間をちょうだい」
「……うん。待ってるから」
そうして途切れる通話音声。同時に夜見の瞳から涙が零れた。
「なんだよぉ……! 私の許可無く勝手に流れてくんなぁ……! まだ私には、やることが残ってるんだからぁ……!」
頼られたら応えるのが当たり前だった。期待を裏切るのが怖かったから。任されたら責任を持つのが当たり前だった。それが信用だと信じていたから。けれど夜見は今日初めて、頼り頼られる本当の人間関係を知った。支えてくれる友情を知った。
「ふくっ! ぐすっ! 失敗してもいいんでしょ!? なら、特急便でルートを届けてあげるから!」
涙で滲むカメラを眺め、新たに条件が置き換わったルートを構築する。驚くほど簡単に、素早くルートは完成した。
そこから数えること十数秒。白ウサギは空へと飛び跳ねた。
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