ルールに収まった暗闘

「一試合目はよく頑張った。最良とは言えない結果だが、収穫は十分にあったと思う」


 そう影山かげやまが語るのは、叢雲むらくも学園の控え室。


 メカニックであるみさおも作業を終え、メンバー全員で二試合目のミーティングを行っていた。


「確かに目標ポイントは取れたけどよ。雪屋ゆきやはどうすんだ?」


 そう問いかけたのは直美なおみ。現在は回復を図るため、濡れタオルで目を冷やしながらの参加だ。


 一試合目ラストの大混乱で、彼女は大きく集中力を消費した。そして続くコースは、視覚に入ってくる情報量が非常に多い街道だ。出来る限り回復を図らないと、最悪ダイブ装置のメディカルチェックに引っかかり、レース中に強制ログアウトされてしまう。


「雪屋に関しては何もしない」


「何もしない? 一位は明け渡すってこと?」


 続く質問はみさおだ。首元などに残る汗と上気した頬から、先ほどまでずっと作業を続けていたことが窺える。


「あぁ。本当は雪屋と高鍋たかなべのどちらも狙える位置が良かったんだが、流石に突出されすぎた。俺達の目標は、高鍋を撃破して二位突破に変更する」


兎羽とわ、あなたは納得してる?」


 操に話題を振られ、兎羽は苦笑いを浮かべながらも迷いなく頷いた。


 目標はブロッサムカップ優勝と言った彼女だ。本当は一位を目指したいのだろう。けれど、それで二位突破まで逃してしまっては元も子も無い。


 それに優勝自体は立ち消えたわけでは無いのだ。ここでの敗北程度は安い物だろう。


「 ……あまり他人の不幸を利用したくは無いが、あの損壊だ。次のコースは二機の参加で精いっぱいだろう」


「……そうですね。ゴール後に高鍋の機体は見ましたが、あの損傷は三時間じゃ直せません。 ……けど、一つだけ気になる点があるんです」


「何か気付いたのか?」


「はい。あのレース中、高鍋の子に付きまとわれた時がありましたよね?」


「あっ、あの兎羽ちゃんと器用に並走していた……」


「そう、その子。つぐみちゃんって言うらしいんですけど、あの子の機体、環境特化型の機体だそうなんです」


「なに? ……なるほど。金橋の爺さんのお気に入りってわけか」


 影山の言葉に夜見を除く三人は疑問符を浮かべるが、彼女だけは意味を正しく理解できた。


 環境特化型をずっと造り続けてきたコーチのお気に入り。つまり、操縦者はプロランナー以上の才能を秘めた選手の可能性が高いということ。


「あ、あと、鶫ちゃんに、山での勝負を楽しみにしているって言われました」


「……」


 流石の影山も黙り込んでしまった。


 だが、それも仕方ない。影山の立てた作戦は、第三コースで兎羽が一位フィニッシュするのを前提としたものだ。それが曖昧となっては、作戦の根本的な変更が求められることになってしまう。


 目頭を揉み、リスクとリターンを計算する。一位突破をあきらめ、堅実な二位を狙う作戦に切り替えたが、その二位突破も現在は怪しくなっている。


 (リンドブルムの修繕は、今宵こよいのおかげで完璧。闇堂あんどうに無理はさせられない。そうなると無理が出来るのは香月かがちだけ…… 一つ、勝負に出てみるか)


「香月、リスクは高いがリターンも大きい作戦があるとしたら」


「やります!」


 兎羽が食い気味に手を上げる。打っては響くとはこのことか。正確には打つ前に響いた形だったが。


「そうか。ならやろう。ちなみにこの作戦の要は棋将きしょうだ。心の準備はいいな?」


「へっ? ちょ、ちょっとまっ」


 唐突に作戦の要と言われ、夜見よみがストップをかけようとする。


「大丈夫です! だって夜見ちゃんは第一コースでも、しっかり直美先輩をサポート出来てましたから!」


「い、いや、あれは先生から事前に話を聞いていただけで……」


「いいんじゃねぇの? せっかくの実戦だ。挑戦してみればいいじゃねぇか」


「右に同じ」


「ちょ、ちょっと、先輩方まで!」


「棋将」


「は、はい!」


「……一レース目のサポートは合格だ。特に、相手の戦術を見抜いた点は見事だった。そんなお前だからこそ、任せたい。引き受けてくれないか?」


 (ず、ずるいって! 逃げ道無いじゃん!)


 兎羽達におだてられ、先輩二人に勧められ、終いにはずっと世話になっているコーチの影山に頼まれた。夜見は悟った。もう逃げ道は無いと。


「うっ、うぅっ…… わ、分かりました。け、けど、絶対に信頼はしないでくださいね!」


 そしてこうなった時の夜見はあきらめが早い。なんせ彼女の得意技は空気を読むことなのだから。


「……チョロインムーブ」


「操、何か言ったか?」


「……別に?」


 先輩方二人が何かを話し込んでいるようだが、夜見に聞き返す余裕は無い。


 今の夜見は第一レース開始時以上に、緊張で頭が真っ白になっていた。



まい、どうだった?」


「ペナルティ一つで一点剥奪、三回で強制リタイア。次のコースでまた三回なら、一試合出場停止だって」


「へ~、そっかぁ。も許されるんだぁ」


「鶫、あんたは一回で抑えときな」


「なんでさ?」


「あんた、絶対やりすぎるから」


「でもっ!」


「……分かってる。あの後、百姉ももねぇがトイレで泣いてたのも知ってる」


「じゃあ!」


「だからだよ鶫。そんな下衆チームに負けるわけには行かないでしょ。スパートかけるタイミングが来たら、鶫は抜け出しな。私一人で、散々に嫌がらせしてやるから」


「舞…… うん、分かった」



「さぁ、大きな波乱のあった第一レース! 本日続けて行われる第二レースも、波乱の展開が続くのか! 解説の牛久うしくさんはどう思われますか?」


「そうですね。結論から言わせてもらうと、いくらか穏やかなレース展開になると思います」


「ほう、それはどうしてでしょう?」


「まず第一に、参加リンドブルムの少なさですね。一レース目の大クラッシュもあってか、第二レースに参加するリンドブルムは三十五機。おまけに、かなりの損傷を負ったままの機体が、ちらほら見受けられます。これでは走るのすら一苦労でしょう」


「なるほど、戦術うんぬんの話では無いと」


「その通りです。続けて街道というマップの自由度が挙げられますね」


「自由度、ですか?」


「はい。街道は先ほどのトラックとは異なり、コース幅は十倍、周回コースでもありません。損傷機が多いために車道は若干混雑するでしょうが、住宅地を抜けるルート選択肢は星の数ほどありますから」


「一レース目のようなプッシュ戦術は、不可能ということですね!」


「そうなります。おまけに車道を走るルートは遠回りに設定されてますから、上位入賞には確実に住宅地を突っ切る必要があります。そのため、このコースは他人とのレース対決というよりも、自分とチームだけのタイムアタックコースと見るのが正しいと思います」


「ありがとうございます! そして、ここで各機一斉にスタート! 最初に抜け出したのは雪屋と高鍋たかなべの上位陣だ! 二チームともスタート早々のカーブを直進し、車道からは外れた形か! そんな二校に対して、叢雲は穏やかな立ち上がり。二名とも車道を選択したようです」


「闇堂選手のテンカウントは、見るからに上下移動が苦手そうなリンドブルムですからね。そして、今度はしっかりと香月選手が並走しています。いや、並走とは呼べないか。面白い機体だなぁ」


「はい、なんとも…… 面白い、というか、奇妙というか…… 街路樹を蹴っ飛ばして斜めに大きく前進。一度地面に着地を挟み、今度は反対側の街路樹を蹴っ飛ばして前進という、非常に実況泣かせな軌道で進んでいきます」


「壁に向かって投げたスーパーボールを眺めている気分になってきた」


「いや、本当に。よくあの動きを制御出来ますね。三半規管へのダメージで、私では数秒待たずに強制ログアウトされてしまいそうです」


「僕だってあの機体には乗りたくありませんね。メカニックが来週これに乗れって渡してきたら、お前が乗ってみろって突っ返す自信がありますもん」


「ははは! 雑談はこれくらいにして、レースの推移を見てみましょう。今のところ車道コースを選んだチームが三分の二ほど。残りは開始早々住宅地に突っ込んだ形です。この割合はどうでしょうか?」


「損傷の影響でしょうが、住宅地選択が少なく感じますね。普通の街道レースであれば、今頃マップ全域にリンドブルムが散っていてもおかしくないです」


「それだけこれ以上の損傷を控え、堅実にポイントを稼ぎたいというわけですね! そんな中、真っ先に住宅地に突っ込んだ二チームは、未だに同じルートを進んでいます。それだけこのルートが魅力的なのか! 両サポーターの実力が拮抗している証拠でしょうか!?」


「いえ、これは…… マズいぞ……」


「牛久さん?」


「……プロだったら納得がいくんです。気付かない方が悪いって世界ですから。けど、やっぱり学生大会であの戦術はやりすぎだよなぁ…… 高鍋を怒らせた」


「牛久さん、一体何の話を…… あぁっ! 高鍋の鳩飼はとかい選手に、ペナルティマークが付与されました! ……詳細な映像が送られてきます。なっ! コンクリート塀を乗り越えようとした歌仙かせん選手の手に、屋根伝いで移動していた舞選手が着地。完全に、完全に踏んづけています!」


「これは完全にストーカー戦術ですね」


「ストーカー、戦術ですか?」


「はい。一つのチームがもう一つのチームに完全に張り付き、反則を取られるギリギリで走行妨害を続ける戦術です」


「えっ! で、でも、そんなことをしてしまったら……!」


「もちろん今のように審判の匙加減でペナルティが付きますし、二チームで潰し合いをしているため、タイムはめちゃくちゃ遅くなります」


「ではなぜ!?」


「……報復行為ですよ。一試合目の雪屋のプッシュ戦術は、それだけ高鍋を怒らせたんです。雪屋の戦術はルールとしてはセーフでした。けど、モラル的にはアウトだったんですよ」

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