ルールに収まった暗闘
「一試合目はよく頑張った。最良とは言えない結果だが、収穫は十分にあったと思う」
そう
メカニックである
「確かに目標ポイントは取れたけどよ。
そう問いかけたのは
一試合目ラストの大混乱で、彼女は大きく集中力を消費した。そして続くコースは、視覚に入ってくる情報量が非常に多い街道だ。出来る限り回復を図らないと、最悪ダイブ装置のメディカルチェックに引っかかり、レース中に強制ログアウトされてしまう。
「雪屋に関しては何もしない」
「何もしない? 一位は明け渡すってこと?」
続く質問は
「あぁ。本当は雪屋と
「
操に話題を振られ、兎羽は苦笑いを浮かべながらも迷いなく頷いた。
目標はブロッサムカップ優勝と言った彼女だ。本当は一位を目指したいのだろう。けれど、それで二位突破まで逃してしまっては元も子も無い。
それに優勝自体は立ち消えたわけでは無いのだ。ここでの敗北程度は安い物だろう。
「 ……あまり他人の不幸を利用したくは無いが、あの損壊だ。次のコースは二機の参加で精いっぱいだろう」
「……そうですね。ゴール後に高鍋の機体は見ましたが、あの損傷は三時間じゃ直せません。 ……けど、一つだけ気になる点があるんです」
「何か気付いたのか?」
「はい。あのレース中、高鍋の子に付きまとわれた時がありましたよね?」
「あっ、あの兎羽ちゃんと器用に並走していた……」
「そう、その子。
「なに? ……なるほど。金橋の爺さんのお気に入りってわけか」
影山の言葉に夜見を除く三人は疑問符を浮かべるが、彼女だけは意味を正しく理解できた。
環境特化型をずっと造り続けてきたコーチのお気に入り。つまり、操縦者はプロランナー以上の才能を秘めた選手の可能性が高いということ。
「あ、あと、鶫ちゃんに、山での勝負を楽しみにしているって言われました」
「……」
流石の影山も黙り込んでしまった。
だが、それも仕方ない。影山の立てた作戦は、第三コースで兎羽が一位フィニッシュするのを前提としたものだ。それが曖昧となっては、作戦の根本的な変更が求められることになってしまう。
目頭を揉み、リスクとリターンを計算する。一位突破をあきらめ、堅実な二位を狙う作戦に切り替えたが、その二位突破も現在は怪しくなっている。
(リンドブルムの修繕は、
「香月、リスクは高いがリターンも大きい作戦があるとしたら」
「やります!」
兎羽が食い気味に手を上げる。打っては響くとはこのことか。正確には打つ前に響いた形だったが。
「そうか。ならやろう。ちなみにこの作戦の要は
「へっ? ちょ、ちょっとまっ」
唐突に作戦の要と言われ、
「大丈夫です! だって夜見ちゃんは第一コースでも、しっかり直美先輩をサポート出来てましたから!」
「い、いや、あれは先生から事前に話を聞いていただけで……」
「いいんじゃねぇの? せっかくの実戦だ。挑戦してみればいいじゃねぇか」
「右に同じ」
「ちょ、ちょっと、先輩方まで!」
「棋将」
「は、はい!」
「……一レース目のサポートは合格だ。特に、相手の戦術を見抜いた点は見事だった。そんなお前だからこそ、任せたい。引き受けてくれないか?」
(ず、ずるいって! 逃げ道無いじゃん!)
兎羽達におだてられ、先輩二人に勧められ、終いにはずっと世話になっているコーチの影山に頼まれた。夜見は悟った。もう逃げ道は無いと。
「うっ、うぅっ…… わ、分かりました。け、けど、絶対に信頼はしないでくださいね!」
そしてこうなった時の夜見はあきらめが早い。なんせ彼女の得意技は空気を読むことなのだから。
「……チョロインムーブ」
「操、何か言ったか?」
「……別に?」
先輩方二人が何かを話し込んでいるようだが、夜見に聞き返す余裕は無い。
今の夜見は第一レース開始時以上に、緊張で頭が真っ白になっていた。
※
「
「ペナルティ一つで一点剥奪、三回で強制リタイア。次のコースでまた三回なら、一試合出場停止だって」
「へ~、そっかぁ。二回も許されるんだぁ」
「鶫、あんたは一回で抑えときな」
「なんでさ?」
「あんた、絶対やりすぎるから」
「でもっ!」
「……分かってる。あの後、
「じゃあ!」
「だからだよ鶫。そんな下衆チームに負けるわけには行かないでしょ。スパートかけるタイミングが来たら、鶫は抜け出しな。私一人で、散々に嫌がらせしてやるから」
「舞…… うん、分かった」
※
「さぁ、大きな波乱のあった第一レース! 本日続けて行われる第二レースも、波乱の展開が続くのか! 解説の
「そうですね。結論から言わせてもらうと、いくらか穏やかなレース展開になると思います」
「ほう、それはどうしてでしょう?」
「まず第一に、参加リンドブルムの少なさですね。一レース目の大クラッシュもあってか、第二レースに参加するリンドブルムは三十五機。おまけに、かなりの損傷を負ったままの機体が、ちらほら見受けられます。これでは走るのすら一苦労でしょう」
「なるほど、戦術うんぬんの話では無いと」
「その通りです。続けて街道というマップの自由度が挙げられますね」
「自由度、ですか?」
「はい。街道は先ほどのトラックとは異なり、コース幅は十倍、周回コースでもありません。損傷機が多いために車道は若干混雑するでしょうが、住宅地を抜けるルート選択肢は星の数ほどありますから」
「一レース目のようなプッシュ戦術は、不可能ということですね!」
「そうなります。おまけに車道を走るルートは遠回りに設定されてますから、上位入賞には確実に住宅地を突っ切る必要があります。そのため、このコースは他人とのレース対決というよりも、自分とチームだけのタイムアタックコースと見るのが正しいと思います」
「ありがとうございます! そして、ここで各機一斉にスタート! 最初に抜け出したのは雪屋と
「闇堂選手のテンカウントは、見るからに上下移動が苦手そうなリンドブルムですからね。そして、今度はしっかりと香月選手が並走しています。いや、並走とは呼べないか。面白い機体だなぁ」
「はい、なんとも…… 面白い、というか、奇妙というか…… 街路樹を蹴っ飛ばして斜めに大きく前進。一度地面に着地を挟み、今度は反対側の街路樹を蹴っ飛ばして前進という、非常に実況泣かせな軌道で進んでいきます」
「壁に向かって投げたスーパーボールを眺めている気分になってきた」
「いや、本当に。よくあの動きを制御出来ますね。三半規管へのダメージで、私では数秒待たずに強制ログアウトされてしまいそうです」
「僕だってあの機体には乗りたくありませんね。メカニックが来週これに乗れって渡してきたら、お前が乗ってみろって突っ返す自信がありますもん」
「ははは! 雑談はこれくらいにして、レースの推移を見てみましょう。今のところ車道コースを選んだチームが三分の二ほど。残りは開始早々住宅地に突っ込んだ形です。この割合はどうでしょうか?」
「損傷の影響でしょうが、住宅地選択が少なく感じますね。普通の街道レースであれば、今頃マップ全域にリンドブルムが散っていてもおかしくないです」
「それだけこれ以上の損傷を控え、堅実にポイントを稼ぎたいというわけですね! そんな中、真っ先に住宅地に突っ込んだ二チームは、未だに同じルートを進んでいます。それだけこのルートが魅力的なのか! 両サポーターの実力が拮抗している証拠でしょうか!?」
「いえ、これは…… マズいぞ……」
「牛久さん?」
「……プロだったら納得がいくんです。気付かない方が悪いって世界ですから。けど、やっぱり学生大会であの戦術はやりすぎだよなぁ…… 高鍋を怒らせた」
「牛久さん、一体何の話を…… あぁっ! 高鍋の
「これは完全にストーカー戦術ですね」
「ストーカー、戦術ですか?」
「はい。一つのチームがもう一つのチームに完全に張り付き、反則を取られるギリギリで走行妨害を続ける戦術です」
「えっ! で、でも、そんなことをしてしまったら……!」
「もちろん今のように審判の匙加減でペナルティが付きますし、二チームで潰し合いをしているため、タイムはめちゃくちゃ遅くなります」
「ではなぜ!?」
「……報復行為ですよ。一試合目の雪屋のプッシュ戦術は、それだけ高鍋を怒らせたんです。雪屋の戦術はルールとしてはセーフでした。けど、モラル的にはアウトだったんですよ」
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