それぞれのインターバル

 (……大した損傷じゃない。あんな大事故の中で、直美は上手くやった)


 レースとレースのインターバル。そこはメカニック達の戦場だ。


 三時間という限られた時間の中、時に一機のリンドブルムの修繕に全力を注ぎ、時に全てのリンドブルムをレース可能な状態まで戻さなくてはいけない。


 あの大クラッシュの中で一機の修繕にほぼ全力を注げるみさおは、恵まれていると言えるだろう。


 兎羽の愛機ムーンワルツは、あの大事故の影響を全く受けていない。軽い分解点検だけで十分だ。直美の愛機テンカウントも装甲こそべっこべこに凹んでいるが、内部のセンサー系へのダメージは軽微。これなら完全修復まで持っていけそうである。


 (けど、一位を雪屋ゆきやに取られた。それが一番の問題)


 リンドブルムは合計得点で勝者が決まるポイント制のスポーツだ。それぞれのコースで一位には7ポイント、二位と三位には6ポイント、四位と五位には5ポイントが割り振られ、そこからは十位までが4ポイント、二十五位まで一気に3ポイントとなり、残りは全て1ポイント。リタイアはもちろん0ポイントだ。


 一レース目を終えて、総合ポイントは雪屋が17ポイントで圧倒的な一位。二位には10ポイントを稼いだ高鍋たかなべ、三位が9ポイントを稼いだ叢雲むらくもとなっている。


 リタイア者の続出によって兎羽が3ポイントを稼いだのは幸運であったし、ポイントで拮抗する高鍋電子工業の選手の一人が、リタイアしてくれたことも大きい。


 順位こそ低いが、ポイント自体は予定通りに稼げた第一レース。それでも操の顔が晴れないのは、ポイントを取った以上にポイントを取られたことの方が大きいから。


 (せめて雪屋は15ポイント以内に抑えておきたかった。次の街道は直美なおみ兎羽とわも、上位を狙えるコースじゃない)


 第二コースである街道は、車道を走るルートと住宅地の間を突っ切るルートが存在するコースだ。


 叢雲が事前に走るつもりであった車道は、よく言えば堅実、悪く言えば絶対に勝てないルート。どれだけ速く走ったとしても、住宅地組に追いつけないルートなのだ。


 ならば住宅地を選択すれば良いと思うかもしれないが、こちらのコースを走り切るためには、サポーターの高いマップ把握能力、ランナーの塀や家を飛び越える登攀能力が必須。


 テンカウントは上下移動に向いていない。ムーンワルツは家々の間に挟まれば、最悪脱出出来なくなる。そして、夜見よみ自身も二人を導く自身が無いと言ったことで、影山かげやまが堅実なコース選択をすることになったのだ。


 (でも、もう予定は狂っている。どこかでリスクを取らなくちゃいけない)


 一レース目で大きなリードを許した以上、どこかで帳尻を合わせなくてはいけない。そして、三レース目を勝負のコースにしている以上、勝つための工夫は二レース目に求められる。もちろん言わずもがな、本人達がそれを一番理解しているだろう


 (こういうのはキャラじゃない。だから、思うだけにしておく。直美、兎羽、頑張って)


 メカニックに出来ることは、どれだけ最善の状態でランナーを送り出せるかのみ。後は勝負の行く末を見守ることしか出来ない。ならば、応援くらいはしてやろうじゃないかと操は思う。


 それが自分を導いてくれた、そして自分の恩人を導いてくれた人物に対しての、精いっぱいの恩返しだった。



「駄目だ…… こんなの直せっこない!」


 苦痛に歪むひなの顔。その眼前にあるのは、ジャンクショップのばら売りパーツのようにしか見えない、変わり果てた百恵ももえのリンドブルムであった。


 第一レース、その試合をもちろん雛も観戦していた。


 順調に高順位をキープする幼馴染達。オモチャに惹かれた子供のように、下位に転げ落ちていった鶫を見た時は頭を抱えたが、それでもこのままいけば上位は確実のはずだった。


 けれど、大事故が起こった。


 トップを走る百恵とまい叢雲むらくもの三選手が後続を追い越すタイミング。そこで起こったのは、ランナーの半数以上を巻き込んだ大クラッシュだった。


 吹き飛んでくるリンドブルム本体やその部品、あるいはそれらを避けようと膨らんでくるリンドブルムによって、トップ三人は破壊の嵐に巻き込まれた。


 事前にサポーターから情報を受け取っていたのか、被害の少ない外側に退避できた叢雲の選手。持ち前の運動神経とリンドブルムの性能によって、破壊の嵐を重傷を負いながら抜けきった舞。けれども百恵には支援も能力も無かった。彼女だけが、もろに破壊の嵐を浴びることになった。


「……ごめん」


 百恵は何も悪くないのに、むしろあの時だって舞を守ろうと自分を盾にしていたのに。それでも彼女は幼馴染達に頭を下げた。楽しむために挑んだ大会が、一瞬で最悪の大会になった。


「ごめん、百姉ももねぇ。やっぱり私の技術じゃ、三時間で機体を直してあげることは出来ない」


 メカニックが修繕を行えるのはたったの三時間。加えて高鍋電子工業の機体は、残りの二機も中破と無茶な操縦で修繕が必須。とても百恵の機体まで手が回らない。


 悔しいが第二レースの百恵は、事前リタイアになるだろう。


「けど、百姉から貰った時間は無駄にしない。ってか私が何もしなくても、あの二人が許さないだろうしね」


 あの大クラッシュが雪屋の引き金であることは、解説によって把握済みだ。戦術としては正しいのだろう。何も反則行為は起こしていないのだろう。けれどそれで被害者が納得するかと思えば、それはお門違いだ。


 残された二人のランナーは、百恵の謝罪を強く受け止めていた。痛いほどに受け止めていた。その目には憎悪すら宿っていた。今まではブレーキ役の百恵が存在しなかったからこそ、表に出なかったその感情。


 美鈴と雛も気付いてこそいたが、あえて指摘はしなかった感情。きっと次のコースで爆発することだろう。


「あのプレイはスポーツマンシップに則ってるんでしょ? なら、あの二人もルールは守るはずだよ。


 高鍋電子工業の五人は、元々運動部でも無いし、ましてや聖人でも無い。仲間がやられたらやり返す。そう言った子供染みた思考のグループなのだから。



「いよっし、これで修繕完了だ。まぁ、修繕というより点検って感じだけどさ」


「えぇ。ご苦労様、みお


 雪屋大付属に割り当てられた作業スペース。そこでは三年生メカニックである清河澪きよかわみおが、リンドブルム三機の修繕を終えた所であった。


「それにしても、あの作戦、群城ぐんじょうコーチの指示だろ? やってよかったのかい?」


「どういうことよ?」


 澪の話し相手は霧華きりか。リンドブルムの修繕状況を把握するため、控えていたようだ。加えて試合中とは異なり、霧華の口調は幾分か砕けている。同い年ということもあり、二人は気安い関係らしい。


「さっきここに入るときに、高鍋のメカニックに睨まれた。ありゃお相手さん、めちゃくちゃ恨んでるぞ」


 それぞれの控室から指示を下せるサポーターとは異なり、メカニックの作業スペースは大部屋だ。タイミングが合えば他の学校のメカニックと鉢合わせることもあるし、話すこともある。今回の出会いが、飛び切りの悪縁だっただけだ。


「高鍋のメカニックが幼稚なだけよ。それに恨まれてるって言うなら、ウチのチーム以外の全チームに恨まれてるわ」


「それもそうか。……けどな。何事にも超えちゃいけない一線ってのは、あると思うよ」


 リンドブルムレースにおける反則行為は、主に攻撃行為と走行妨害の二つだ。前者は故意の暴力行為全般を指し、殴る蹴るはもちろんコースに配置されたオブジェクトの投擲や、わざと落下物を生じさせるのも反則となる。


 後者の走行妨害についても似たようなものだ。小競り合い程度なら構わないが、有利ポジションを取ろうとタックルする。後続が追い付けないようオブジェクトを動かす。故意に足場を破壊する等が該当する。


 その上で今回雪屋が行った行為は、確かに反則には当たらない。反則には当たらないが、一方で睨まれるのも仕方ないような行為でもある。


「それでも勝つためには…… 確実に勝利するためには、最善の策だったはずよ」


 自陣営の被害は最小。その上で上位チームのリンドブルムには、軒並みダメージを与えたのだ。アドバンテージは計り知れない。


「……言いたかないけど、群城コーチも切羽詰まっているのかね。昨年の夏季大会、補欠だったとはいえ予選落ちは堪えたよ」


「……」


 昨年行われた三年生達の最後の大会で、雪屋はまさかの予選落ちを喫した。世界大会出場経験もある名門校の予選落ち。補欠だった澪や二年レギュラーだった霧華はもちろん、コーチの群城にとっては相当堪えたに違いない。


「そんでもって続く冬季大会も、トップテンに入れず世界大会出場もならずだもんなぁ」


「……私達が勝ちに固執しすぎてるって言いたいの?」


 澪に不満気な視線を向けながらも、一方で霧華は、その言葉に納得している自分がいた。


 確かに自分達は勝利を求めている。いや、詳しくは逆だ。自分達を負け犬だと思いたくないのだ。名門校の名前に泥を塗っていると思いたくない。だから勝利を求めてしまう。だから固執してしまう。


「いいや、勝利を求めることは悪くないさ。けど、ウチは負けが嵩むとみんな自分を追い込んじゃうだろ」


「それの何が悪いのよ」


「時には何かに責任を押し付けるのも悪くないってことさ。この際だからはっきりと言うよ。先輩方の世代とウチらの世代。勝てるだけの優秀なサポーターがいなかった」


「それ、はっ……!」


 そう。雪屋は今回、一年サポーターをレギュラーに抜擢している。二週間前まで中学生だったサポーターをだ。このサポーターが優秀なのは確かだろう。しかし、裏を返せば、それだけサポーターが人材難だということ。二年間、一つのポジションに大穴が開いていたということだ。


「その穴が今回で埋まったんだ。姫宮氷柱ひめみやつらら。アクシデントへの対応はまだまだだけど、空間把握能力と時間刻みは完璧だよ。そう切羽詰まったりしなくても、今回は勝てるさ」


「……忠告感謝するわ」


「まったく、そこは素直にありがとうって言いな。それと、レース前のミーティングが始まったら、かすみみぞれを褒めとけよ。そうしないとあいつらはあいつらで、二位と三位を取れなかったって自分を追い込むんだから」


「……分かったわ。ありがとう澪」


「へいへい。二レース目も頑張りなよ」

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