足音の減ったゴールライン

「な、なんということでしょう!? 前集団を走っていた一機が、後ろを走るリンドブルムともつれ合って大クラッシュ! その事故を躱そうとしたリンドブルム達が、避けた先でまた大クラッシュ! 大混乱が! まさに大混乱が巻き起こっております!」


 目の前に広がるのは凄惨な光景。腕が千切れ、足が捻じ曲がり、見るからにリタイア者が続出している大事故の光景だった。


「……ずっと機を窺っていた雪屋ゆきやが、ここで牙を剥いてきましたね」


牛久うしくさん! ではこの大混乱は雪屋によって引き起こされた、故意の事故ということですか!?」


「はい。雪屋はこのレース全体を通して、先頭ではなく前集団の一番前を取ることに重きを置いていました。それは、その立ち位置に立てば、ほぼ全てのリンドブルムの位置をコントロール出来るからです」


「なぜでしょうか?」


「そもそもリンドブルムレースにおける集団状態とは、故意にしろ偶発的にしろ、誰も恩恵が得られない望まれない状態です」


「というと?」


「通常のマラソンや自転車レースなどで集団が形成されるのは、前方の人間を盾にすることで、風圧による疲労等から逃げられるからです。しかし、リンドブルムは金属の塊。風圧の影響なんて微々たるものですし、おまけに操縦者の精神的な疲労はあっても肉体的な疲労はありません」


「……確かに。では、なぜこのレースでは様々な場所で集団が形成されてしまったのですか?」


「一つは実力が拮抗していたため。抜こうと思っても抜かせない、振り切ろうと思ってもこれ以上のスピードが出せないといった、実力が近い選手同士の膠着が起こり、集団が形成されてしまうのです」


「一つということは、もう一つあるんですね」


「はい。もう一つが先ほども言いましたが、雪屋のプッシュ戦術です。あえてトップ争いはせず、前集団の先頭を占領する。こうすることで、スピードを上げれば集団のスピードが上がる、落とせば集団のスピードを落とせます」


「なるほど、解説ありがとうございます。しかし、なぜそのマップコントロールが、目の前の事故に繋がったのですか?」


「リンドブルムは生身の肉体と異なり、細かい動作には熟練が必要です。特に咄嗟の動きには、さらなる熟練が必須。雪屋は最終ラップに向けて、ゆっくりと前集団のスピードを落としていました。後続の集団が追いつくように」


「はい。先ほど私自身も後続集団がペースを上げていると実況したため、覚えています」


「後続は追いついたと喜び、ペースを上げるでしょう。そんな時、雪屋が一気にペースを落とせばどうなるか。前集団は対応出来るかもしれません。ですが、後続集団とは操縦技術に劣る選手達の集団です。おまけに追いつけるかもしれないと、前のめりになっている集団です」


「まさか!」


「そう。急激にスピードを落とした前集団に、突っ込んでしまうことになります。そうして始まるのは大クラッシュ。先ほど輝夜かぐやさんがおっしゃったような、負の連鎖によって引き起こされる大混乱です」


「そこまで…… 雪屋はそこまで考えて、レース序盤からあの位置に陣取っていたということですか?」


「いえ、最初は好位置からの様子見だったのでしょう。けれど、レースの展開を眺める内に、おや、あの戦術が可能だぞと気付いたんです。そこからはトップ争いには加わらず、逆にトップ層が後続組を追い抜くタイミングを測っていた」


「そ、そういえば! トップ層も! この大事故は、後続を追い抜こうとしたトップ層も巻き込まれたはず! あ、あぁっ! 順位が、順位が大きく入れ替わっています! 一位が雪屋の武源霧華ぶげんきりか選手に入れ替わっている!」


「この作戦で一番の安全圏は、前集団の先頭です。この大クラッシュに乗じて、一気にペースを上げて来ましたね。本当に高校生チームとは思えないほどの、完璧なプッシュ戦術です」


「二位には今まで一位を走っていた叢雲むらくも闇堂あんどう選手。しかし、クラッシュに巻き込まれたのでしょう。所々に損傷が見られます」


「重装甲型であることが功を奏しましたね。それに防御も上手い。上半身こそ損傷が酷いですが、下半身にはほとんど損傷が見られません」


「三位には高鍋たかなべ鳩飼はとかい選手。けれどこちらも損傷が酷い。左腕なんて千切れかけだ! そして四位、五位には雪屋の歌仙霞かせんかすみ選手と初霜霙はつしもみぞれ選手が揃い踏みだ!」


「作戦遂行にペースを落としたことを思えば、この順位で十分でしょう。 ……それにしてもえげつない。これは恨まれますよ」


「そしてたった今ゴールイン! 一位は変わらず雪屋の武源選手。二位に叢雲の闇堂選手。三位には……おおっと! いつの間にペースを上げていたのか、高鍋の千鵺鶫せんやつぐみ選手がランクイン! 四位五位には雪屋の歌仙、初霜ペア。六位には高鍋の鳩飼選手。やはり損傷が大きかったか!」


 そうして語られていく順位表。


 あまりにも大きな爪痕を残した第一レースは、そこから十分後の兎羽の二十五位フィニッシュで幕を閉じた。残された二十三機のリンドブルムは、ゴールすら出来なかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る