無邪気な少女と進む戦略
「ダメだ~!
「二人同時に仕掛ければ…… いえ、その後に一位を死守する方が難しいわね。やっぱり三人いないと…… ほんとにあのバカ
レースが始まってから、常に
それらを操る
高鍋サポーター
現実の彼女の肉体とはかけ離れているだろうその機体を、実に器用に操縦している。
直美は高鍋電子工業の二人が様子見をしていると考えていたが、それは誤りだ。彼女達は何度も直美を抜こうと努力していた。けれどその動きが、始まりの段階で直美に潰されてしまうのである。
身体を躱す形で抜こうとすれば、その分身体をねじ込まれ、外側から一気に追い抜こうとすれば、スピードを上げられ並走される。策を講じれば講じるほどこちらのリンドブルムの方が損耗していく現状、心が折れそうになってくる。
元アイアンボクシングの有名選手であるとのことだが、肩書きに負けないだけの力があることが痛いほど分かった。
(どれだけ抜こうとしても、綺麗に半歩分身体を差し込まれる…… そのまま抜かしに行ったら接触事故、悪くて転倒事故に繋がる。おまけにあっちは、ぶつかられることを覚悟しているあの巨体。どう考えても、こっちが一方的に損傷してしまう)
百恵は障害物の少ない直線コースを得意としている。いや、どちらかといえば、それ以外のコースは平均タイム以下の記録しか出せない凡人だ。
第二レースの街道であれば偶然上位に入れるかもしれないが、第三レースの山に至ってはゴール出来るかも怪しいレベル。そのため、このトラックコースで出来るだけ上位を獲得したいのだ。
「美鈴! 鶫のバカは、まだ勝手してるの!?」
「ごめんねぇ~、百恵ちゃん。私の方でも説得してるんだけど、もうすぐウサギさんに話しかけられるからの一点張りで」
「ほんっとに、あいつはっ!」
いくら直美のブロック技術が優れているとしても、彼女の身体は一つしかない。多方面的に追い抜きをかけられたら対策が間に合わないはずである。
仮に追い抜いた瞬間に一人が追い抜かされても、もう一人がリードしてくれればそれでいい。そう考えて三人による一斉突破の作戦を今すぐにでも実行したいのだが、肝心の頭数がいつまで経っても揃わない。
原因は鶫だ。彼女はレース開始早々、何を思ったのかスピードを落とし、なぜか最後列で走り始めてしまったのだ。その後も先頭に戻ってくるよう何度も連絡を送ってみたが、ウサギさんと話したいの一点張り。まるで話にならなかった。
(もうっ! なんでよりにもよって、あんな鶫の興味をビンビンに惹きそうな機体がいるのよ! おまけになんで最後列にいるのよ! これじゃあ作戦の立てようがないじゃない!)
鶫や舞は別として、自分はこのコースでポイントを稼がなければいけないのだ。このコースでしか、幼馴染達の力になれないのだ。
きっと今も勝手をしている妹分にとっては、そんなことは気にすることでも無いのだろう。だけど彼女の姉貴分として、みんなを引っ張っていく存在として、不甲斐ない結果だけで終わるわけにはいかないのだ。
「美鈴、この周回が終わっても鶫が走り出さないようなら、通話を繋いで」
「えぇ!? けど、それで鶫ちゃんがヘソを曲げちゃったら……」
「そんなことでヘソを曲げるようならゲンコツよ! あいつが皆をその気にさせたのよ! あいつが
「……分かったわぁ。この周回を走り切るまで、それまでに鶫ちゃんがやる気を出さないようならお説教ね」
「えぇ。お願いね、美鈴」
※
「ねぇ、あの機体……」
「流石に狙いすぎよねぇ」
「勝つ気が無いなら出場しなければいいのに」
(着地の瞬間は、身体全体を使って柔らかく。そして飛び出す瞬間は、より高く、より前に!)
つい先ほど先頭集団に追い抜かれていった後続組。その中でも最後列の一番外側と呼べるような位置で、流れてくる言葉など意にも介さず、
彼女の愛機ムーンワルツは、登り傾斜専門の環境特化型機体。スタートからゴールまで、起伏の一切無いトラックコースは鬼門中の鬼門と言えるコースだった。
例えゴールしても最下位は確実の状態で、それでも兎羽が懸命に前進を続ける理由はただ一つ。コースを完走した選手に与えられる、個人ポイントのためだ。
「トラックコースで求められるのは、闇堂の一位獲得。そして
ミーティングで
リンドブルムレースはチーム戦。例え全てのコースで個人が上位入賞したとしても、チームの合計得点が低ければ予選落ちとなってしまう。
特に叢雲学園のランナーは二人。たった二人で三人のランナーを有する他チームを、合計得点で上回らなければならないのだ。取れるポイントは一ポイントでも見逃すわけにはいかない。
予選を勝ち抜くためには、常に平均点以上のポイント獲得が求められる。そのため影山は直美に一位を、兎羽にはゴールをそれぞれ求めたのだ。
「兎羽ちゃん! もうすぐ闇堂先輩率いる先頭集団が合流するよ。兎羽ちゃんが走ってる位置にわざわざ近付いてくる人はいないと思うけど、ぶつかるのを嫌がって外側を走る人はいるかもしれない。気を付けて!」
「うん、ありがとう
(私はゴールする! みんなで勝つために!)
兎羽は本当に多くの人間の力で、この舞台に立てている。
ならば与えてもらった分の恩返しをしなければ、罰が当たるというものだ。バカにされるのなんて承知の上、立ち止まって笑ってもらえた分だけ、直美が有利になる。
兎羽は叢雲学園の勝利に、献身を捧げるつもりだった。
「もっしも~し? ウッサギさ~ん。こっちの声が聞こえますか~?」
「っ!?」
そんな風に集中していたからだろう。
声をかけられるまで、隣にリンドブルムが並走していることに気が付かなかった。
青を基調とした、これといって目立つ構造が無い無難なリンドブルムだ。先ほどの声の主は、この機体の操縦者だろう。
「あっ、危ないよ! 見ての通り、この機体はこの方法でしか前に進めないの。踏んづけたり、転倒に巻き込まれたりしたら、一発で大破しちゃう!」
「へっ? あ~、大丈夫大丈夫! だってもう、動きは分かったから!」
「えっ、えぇ!?」
慌てて離れるよう指示した兎羽だが、リンドブルムは離れるどころかさらに距離を詰めてきた。おまけにムーンワルツの斜め移動に合わせて、彼女も同じようにジグザグと走り出したのである。
動きは分かった。その言葉が示す通り、彼女と兎羽の距離は一定の距離から離れもせず、縮まりもしない。ムーンワルツの機体性能を把握していなければ出来ない動きだった。
「いったいどうやって……」
ムーンワルツはオーダーメイドの環境特化型機体だ。そのデザインはもちろん、性能だって類似する機体は皆無に等しい。それを初見で看破するには、
しかし、それが出来るのならランナーなどやらずにメカニックになるだろう。
一体隣を走るランナーは何者なのか。兎羽の困惑が深まっていく。
「あなたって、見た目はウサギさんだけど、やりたいことはヤギさんだよね! ぴょんぴょん飛び跳ねてて楽しそうだな~って思って、声かけちゃった!」
「え、えっと……」
「ねぇねぇ! 良ければこの大会が終わった後に、乗せてもらっても_」
そこで不意に声が途絶えた。
「……?」
「え~! だってぇ~、楽しそうだったんだもん! そっちは百姉と
「……」
黙ったかと思ったら、今度は不平不満を口にしだした。
話の内容から察するに、おそらく彼女のチームメンバーから、タイムロスをしている事への注意が飛んできたのだろう。
実際ここは最後列。仮に一周以上の差が兎羽と彼女でついていたとしても、並走している時点で、ロスはとんでもないはずだ。
「分かった! 分かったってば! ぶぅ~、少し話してみたかっただけなのに~!」
どうやら通話先との口喧嘩に決着が着いたらしい。
「え~と…… 怒られてるんなら、急いだほうが……」
「……うん、そうする~。あっ、でもでも! 最後に一つだけい~い?」
「ど、どうぞ?」
「あなたの機体って、環境特化型なんでしょ? 私のもそうなんだぁ~! お山で勝負するのを、楽しみに待ってるねぇ~!」
「えっ!?」
そう言い終わるが早いか、謎のリンドブルムはトラックの内側を走って行ってしまった。兎羽に残されたのはやはり困惑のみだ。
「環境特化型…… 私と同じ…… って、戻ってきた!?」
兎羽が伝えられた事実を呑み込むよりも早く、先ほど走り出したリンドブルムがなぜか逆走してきていた。
「自己紹介するの忘れてた! 高鍋電子工業高校一年、
「えっ!? あっ……」
鶫と名乗ったそのリンドブルムは、自分の言いたいことだけを告げると、やはりそのまま走り去ってしまった。
「千鵺、鶫ちゃん…… 私と同じ一年生。私と同じ環境特化型のリンドブルム乗り……」
高鍋電子工業。影山が注意するよう言っていた高校だ。
夜見の話では、影山と同じ元プロ選手がコーチを務めているという話だった。そして続く彼女の推測では、プロを惹きつける程の才能が埋もれてる可能性があるとも言っていた。
今までは推測に過ぎなかった話、だが、今の邂逅でそれは核心へと変わった。
あの子だ。あの鶫と名乗った少女こそが、プロに夢を見せた才能持ちなのだと。
「山での勝負を望んでた。なら、あの子の機体も第三コースに特化した機体のはず。 ……負けられないよね」
ずっとずっと出場したかった公式大会。
その第一コースの途中で、競うべきライバルを見つけられるとはなんたる幸運か。
いきなり話しかけられた困惑はあった、性能を見抜かれた畏怖もあった、けれど、そんなものは所詮一時的な感情。今兎羽の胸を埋め尽くす闘争心と好奇心の前では、吹けば飛ぶような感情に過ぎない。
ずっと気になっていた。自分は得意コースの中では無敵なのかと。確実に勝利出来る天才なのかと。
それを証明する機会は、あまりにも早くやってきた。リンドブルムに感情を表現するパーツは無い。けれど、現実の自分の顔は大いに笑っているだろうと兎羽は思った。
※
最前列最後列でそれぞれ、叢雲学園と高鍋電子工業のランナー達がドラマを繰り広げている中で、ずっと沈黙を保ち続けていた
戦術理解が深く、個人の成績ではなくチームの勝利を徹底出来るそのスタイルから、雪屋を知るチームほど今回のコースでは上位陣に入り込むだけで勝負は挑んでこないと考えていた。
「
「はい、
「この集団から後列集団との距離は?」
「はい、およそ三百メートルです。こちらのデータは後列集団から外れた機体を除外したものになります」
「よろしい。なら、次に先頭と後続が接触するのはいつだ?」
「はい、このままのペースで走れば二分後。先輩方がゆっくりとペースを落とせば三分後、予定通り最終周回寸前になります」
だが、その考えは誤りである。
彼女達はイレギュラーな事態。とりわけ無駄な損耗が出かねない事態をことさらに嫌うが、別に全てのリスクを避けることを信条にしているわけでは無い。
積み重ねたデータと戦術によって、徹底的に有利盤面を構築したその瞬間こそ、雪屋の勝負どころなのだ。
「よろしい。では、継続して姫宮はペース算出を。
「はい!」
個人の力ではなく、戦術とチームワークで勝利を狙う。
雪屋の仕込みが花開く瞬間は、刻一刻と迫っていた。
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