勝利のための第一歩

「ここからはそれを実現するための積み上げの時間だ」


 学生組の興奮冷めやらぬ中、顧問である影山かげやまは冷静に語りだした。


「まず、ブロッサムカップの編成についてだ。これについては申し訳無いが、期限が迫っていたため、すでにこちらの独断で大会運営に送信させてもらった」


「あっ、あの、それについては文句は無いのですが、それで大会からOKは出たんですか? ほら、私達って四人しかいませんよね?」


 そんな影山の説明に対して夜見よみが口にしたのは、リンドブルムレースの規定についてだ。


 リンドブルムレースは基本的にランナーが三人、メカニックとサポーターが一人ずつの計五人が必要なスポーツだ。それに対して、この部内にいる人数は四人。どう考えても人数が足りていないのだ。


「学生大会における規定人数は最低一人。最悪ランナーと機体一式揃っていれば出場は可能だ。まぁ、結果を残せるかといえば別の話だがな」


「あっ、そうだったんですね。失礼しました」


「いや、いい。むしろ疑問はどんどん口にしてくれた方が、こちらとしてもありがたい。それと申請にはポジションの記載も含まれていたんだが、夜見のポジションをサポーターとして記載してしまった。大丈夫だったか?」


「も、もちろんです。ランナーの練習なんてしたこと無いですし、メカニックだって学ぶところから始めなきゃですから」


 少し申し訳なさそうな影山に、夜見はブンブンと首を振ってその選択を肯定した。


 他のメンバーがどう思っているのかは知らないが、あくまで夜見は見る専なのだ。


 リンドブルムを含めた憑依型ロボットに搭乗したことは一度だって無いし、一選手の機体を気に入った所でその機体性能を調べ出したりなんて全くしない。


 兎羽が言っていたように、このチームの目標はブロッサムカップ優勝。そんなチームで自分ががランナーやメカニックになってしまった場合、最悪お荷物どころかチーム崩壊の爆弾になりかねないと思っていた。


 そういった訳で、元々夜見は自分からサポーターに志願するつもりでいたのだ。


「そうか。そういってくれるとありがたい。俺としても初心者がサポーターになってくれた方が、多くを教えられるからな。サポーターに必要な知識を、一つずつ教えていきたいと思う」


「……あっ。あはは。そうですね。お世話になります」


 (マズ…… )


 そんな夜見の唯一の誤算は、チームを指導する立場の影山が元サポーターだったということだ。


 繰り返しになるが、このチームの目標はブロッサムカップ優勝。生半可な努力では届かない大きな目標だ。それを叶えるためには才能はもちろん、生半可を超える大きな努力を行うことが当然である。


 兎羽とわというこの高校で始めて出来た親友のため、夜見も努力はするつもりだ。けれど、果たして元日本一サポーターの指導を前にして、自分が耐えられるのかという一抹の不安が彼女を襲っていた。


「ポジションごとの説明になってしまったが、続けるぞ。次に香月かがち闇堂あんどう、お前達に求めるのは短所の克服だ」


「短所の克服ぅ? 言いたいことは分かるけど、ぶっちゃけ私も兎羽も短所だらけだろ」


「確かに闇堂、お前の眼精疲労は、コースによっては目を開けてさえいられなくなるものだ。兎羽の平地コースの走りも、あえて悪く言わせてもらえば、ふざけているようにしか見えなかったからな」


「あはは…… お恥ずかしい」


 この集まりが始まる前に、兎羽は直美の病状を、直美は兎羽の操作術の欠点をそれぞれ把握していた。


 直美の目は情報量が増えると一気に負担がかかり始め、様々な体調の不具合へと繋がる。一度繁華街を走るコースを選択して試走してみた所、あまりの体調不良に機体のセーフティが起動し、意識の強制帰還が起こってしまった程だった。


 そして兎羽の方の問題も、これまた根深く重大な問題だ。


 環境特化型の愛機ムーンワルツは、その傾斜特化の性能の代償に平地の走りを大きく苦手とする。機体説明の時点で兎羽が言っていたことでもあるが、現実はもっと悲惨なものであった。


 ムーンワルツは極端な前傾姿勢の機体だ。平地では大きく前に踏み出すだけで、バランスを崩して転んでしまう。そんな機体が前に進むにはどうするか。そう、上に向かって跳ぶしかない。


 斜め上へと大きくジャンプ。続けて反対側の足で逆側にジャンプ。これを繰り返すことが、ムーンワルツの平地における移動法だったのだ。


 走るのではなくジャンプ。それもほぼ上方向へのジャンプとなれば、良いタイムなんて出る筈がない。これこそ大きく光る才能がありつつも、一度として公式大会に出場することが出来なかった兎羽の欠点、機体の欠点だったのだ。


「確かにお前達二人の欠点は大きな物だ。しかし、それを差し引いてもお前達の長所は余りある。闇堂、香月、お前達はそれぞれ一番の得意コースを走れと言われて、自分が負けるところを想像出来るか?」


「山岳コースなら絶対に負けません!」


「得意…… あ~、だだっ広い荒野とか競技場内とかなら、まぁ負ける気はしねぇな」


「だろう? お前達の長所は、同世代と比べてすでに抜きんでている。そんなものを二週間かけて磨き上げても、大した成長は見込めない。だからあえて、短所を伸ばす練習をするんだ。苦手なコースで最低限の得点を掴めれば、得意コースで逆転出来る」


「なるほど!」


「あー、確かに影センの言う通りかもな」


「そこでだ。まずは闇堂」


 そう言って影山は一枚の紙切れを直美に渡した。


「何だこれ? 住所?」


「アイアンボクシングで集中力を欠くのは論外だが、リンドブルムレースで全てに集中力を割くのも、また論外だ。その住所は目の治療に重きを置いた、リハビリテーション病院の住所だ」


「リハビリ? おいおいおい、影センも分かってると思うけど、私は今もしっかりリハビリは続けてて_」


「話は最後まで聞け。闇堂、お前は周辺視というものは知っているか?」


「周辺視?」


「簡単に言えば、物の認識を輪郭程度に抑えておくことで、視野を広げる方法だ。本来であれば視界からさらに多くの情報を収集するものだが、お前の場合は別の利用法がある」


「……そうか! あえて目の集中力を下げることで!」


「眼精疲労による負担を、抑える事に繋がるはずだ。アイアンボクシング用の機体を、リンドブルムレース機体に改修する手間もある。まずは一週間をかけてリハビリに通ってこい」


「そういうことなら了解だ!」


「次に香月」


「はい!」


「お前はあのようなぎこちない走りでも、平地のコースを100%確実に走り切ることは可能か?」


「えーと…… 十回に三回は途中で転倒して、三回に一回は走れなくなる損傷をすると思います」


「そうか。ならお前に求める練習は、平地のコースを例えどんなタイムだろうと走り切ることだ。途中リタイアしてしまえば取得ポイントはゼロになる。しかし、ゴールさえすればどんな順位だろうとポイントは入るからな」


「分かりました!」


「最後に今宵こよい


「なに?」


「お前に求めることはシンプルだ。闇堂の機体の改修。そして、香月の機体の構造把握だ。意味は分かるな?」


「もち。直美の機体が完成しないと、そもそも大会に出られない。兎羽の機体を把握していないと、大会中に修繕が出来ない」


「理解が早くて助かる。それじゃあまずは一週間、それぞれの練習メニューをこなしてもらう。質問はあるか?」


 誰も声を上げることはしなかった。無言の肯定ということだろう。


「よし。それでは今日より、叢雲むらくも学園憑機ひょうき部は活動開始だ」


「はい!」


 兎羽がずっと夢見ていた憑機部活動。その第一歩が今踏み出された。

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