敗者のための大会
裏で様々なドラマが繰り広げられた試走会。その翌日、休日であるにもかかわらず、
「
「あぁ問題ないぜ。無茶したぶり返しが来ただけだ」
集合したメンバーの中には、元
「よし、全員集まった所で、まずはこの部の目標を決めたいと思う」
最初に話し出したのは、顧問兼コーチである
「目標? それって、無茶はしないとかですか?」
そう質問するのは
「いいや、それは抱負だ。
「はい! 四月中旬に行われるブロッサムカップです!」
影山に当てられ、元気よく
「四月中旬? 随分早い。ってか、もう二週間も無い」
カチャカチャと部室の隅に設置された作業台で作業をしながら、会話に混ざってきたのは
現在彼女がいじくりまわしているのは、兎羽の愛機ムーンワルツの脚部パーツ。昨日一コースとはいえ酷使されたそれを分解し、クリーニングを行っているようだ。
「香月、理由も説明出来るか?」
「はい! 高校憑機の大会は、大きく分けると夏季大会と冬季大会の二つになります!」
「えっ……? 兎羽ちゃん、でもさっき直近の大会は四月中旬だって……」
夜見が当然の疑問を口にする。どれだけ大きな環境変動が起こったとしても、四月中旬を夏か冬に例えるような人間は存在しないだろう。
「うん、ちょっと待ってね。この内、夏季大会の方は全国大会がゴール。だけど、冬季大会の方は全国大会の成績で、世界大会に繋がるの」
「世界大会? まさかそのブロッサム何とかがか? 仮にそうだとしたら、私ら如きに出場資格があるとは思えねぇんだが」
「もう! 直美先輩もちょっと待ってって言ったじゃないですか! ブロッサムカップは、世界大会を指す言葉じゃありません。むしろ世界大会に出られなかったチームのための大会なんです」
「あぁ?」
「香月、説明感謝する。ここからは俺が引き継ごう」
会話にグダグダな空気がまとわりついてきたのを感じ取ったのか、直美が疑問を口にする前に影山が説明を始める。
「先ほどの香月の説明の通り、冬季大会で入賞した上位十チームには、世界大会の出場権が与えられる。ここまではいいな?」
「あぁ。そこまでは私も理解出来てる」
「よし。それじゃあ次だ。上位チームのみが参加出来る特別な大会、そこで経験を積めばチームはどうなる?」
「簡単だろ? 強い奴らと戦えるんだ。もっと強くなるに決まってる」
「そこまで分かっているなら話は早い。上位チームは経験を積んでさらに強くなる。だが、敗者チームはどうだ? 強豪がメキメキと実力を付けていく中で、自分達は練習試合を組むのがせいぜい。それでは実力が開く一方だ」
「……なるほどな。そのためのブロッサムカップってわけだ」
「そうだ。世界大会で生まれるであろう経験の差を、少しでも埋めるための大会。それがブロッサムカップということだ」
「それと当たり前のことですけど、この大会には実力校が軒並みいません。今まで無名だった学校や選手が、大きく躍進する可能性も秘めている大会なんです!」
先ほどの意趣返しか、今度は影山の言葉を兎羽が引継ぎ補足した。
「ようやく分かったぜ。影センが最初に目標を決めるって言ったことが」
「ん。それと兎羽がここまで張り切ってる理由も」
「え~と…… 私にはまだ、何が何だか……」
訳知り顔で頷く直美と操を見て、夜見は恥ずかし気に自身の無知を告白する。
「簡単な話」
操が手を止めて、皆が集まっているスペースへと歩み寄った。
「影センが最初に言った目標って言葉は、この大会でどこまで勝ち進むことを前提にするかってこと。兎羽が張り切ってるのは、とんでもなくでっかい目標を掲げようとしているってこと」
「へっ?」
操の言葉に夜見が困惑するが早いか、兎羽によってテーブルが勢いよく叩かれる。
当然、全員の目はそちらへと向いた。
「皆さん! この部活は様々な経歴の人が集まって設立されました。初心者の人、移籍した人、元プロの人、そして才能が無かった私も含めて本当に様々です! 多くの他人にとってこの集まりは、同好会や経験の浅い弱小校と同列視されてしまうでしょう」
ここで兎羽は自身の胸をバシンと叩いた。その洗練されているとは言えない芝居がかった行動は、ともすれば滑稽に見えてしまうものだったが、彼女は目は揺らぎようのない真剣さを湛えていた。
当然笑い出すような者はこの場にはいなかった。
「けれど、私は知っています! 直美先輩がとびきりのランナーになれることを、操先輩がそんじょそこらのメカニックとは比べ物にならないことを、影山先生が日本一のサポーターだということを、そして、夜見ちゃんがあの日、私の手を払わずに掴んでくれたことを!」
夜見と兎羽の目が合った。
なぜかウィンクを決めてきた兎羽と、なぜか胸が高鳴った自分。夜見には訳が分からなかった。
決して上手い演説では無かった。熱意ばかりが前面に押し出てくる暑苦しいものであった。今までの夜見であれば、煙たがり無意識の内に遠ざかる類の見世物だった。
けれど、なぜか目を離せない。もっと見ていたいと思ってしまう。
「私とこの部内の人達だけが、この秘密を知っているんです。だからもし、だからもしですよ。誰もが勝てないと思い込んでいるこのメンバーで勝ち進んでしまったら、最高にカッコイイと思いませんか?」
静かな高揚が部内を包んだのを感じる。
「それなら聞いておこう。香月、お前はこの大会でどこまで行くつもりだ?」
影山が静かに問いかけた。
「目標は…… もちろん、ブロッサムカップ優勝です!」
静かな高揚は、その言葉を以って確かな団結へと変じるのだった。
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