蛇を龍まで至らせた男

「まさか、本当に取ってくるとはな……」


 目頭を揉む影山かげやまの前に立つのは二人の少女、兎羽とわ夜見よみだ。一方は成果を出したことで誇らしげに胸を張り、もう一方はなぜか目が泳ぎ挙動不審になっている。


 部室を譲って貰えたという話は、まだ兎羽から口頭で語られたのみ。しかし、わざわざ問題児が所属する部室にカチコミをかけにいった彼女のことだ。嘘を付いているとは考えづらい。


 そうなると兎羽が考える憑機ひょうき部設立に必要な要素は、あとは顧問と大会出場用の機体のみ。機体については心当たりがあるような事を言っていたことから、実質不足しているのは顧問のみとなる。


 影山は兎羽達が初めて職員室に訪れた際に、教師はいずれもどこかの顧問をしており忙しいと断った。しかし、彼が今まで顧問をしていた憑闘ひょうとう部は、どうやら廃部になるらしい。そうなれば顧問の枠に余裕が生まれる。


「これで先生が顧問を務めていただければ、設立が出来ます。お願いします。どうか憑機部の顧問を務めてください!」


 勢いよく兎羽が頭を下げ、それを見て慌てて夜見も頭を下げる。


「……分かった。設立を認めよう」


 その熱意に押されたのだろう。渋々ながらも影山は創部を認めた。


「本当ですか!」


「その代わり、学校への書類提出はしっかりとこなすこと。設立申請、持ち込む機体の申請、学校備品の貸出申請、外部コーチの申請と提出しなければいけない書類は、山ほどあるんだからな」


 そう言って影山は、デスクの引き出しから色々と書類を出し始める。先ほど言っていた申請書を用意してくれているのだろう。


 (本当に設立出来ちゃったんですけど!? どうなってんの!? 何これ、夢? あ~……来週から間違いなく悪目立ちする~!)


 トントン拍子で物事が進んでいき、いつの間にか憑機部設立直前まで事態が進展してしまっていることに、夜見は頭を抱える。


 元はと言えば一つの失言。リンドブルムは好きかどうかという質問への答えを誤ったことから、今の事態は進んでいるのだ。まさか質問一つで、こんなドラマティックな展開に巻き込まれるなんて流石に予想出来なかった。


 幸い今日は金曜日だ。明日の朝っぱら早々に、クラスメイト達から質問攻めにされるようなことは無い。だが、結局は時間の問題だ。入学早々部室を奪い取って部活設立を果たした同級生なんて、恰好の話のタネだ。


 一つだけ吉報なのは、別れ際の態度から、奪い取った先輩方から目の敵にされることは無さそうだということ。しかし、それは向けられる視線が悪意から好奇に変わるだけ。どっちにしろ、多くの目線に曝されることになるのは間違いない。


 そんな生活は、目立たず馬鹿にされずがモットーの夜見とは真逆を行くものだ。そもそもそんな生活をしていては、身体が保たない。


 (どうしよどうしよ。少しでも他人の目を逸らさせるには、やっぱり兎羽ちゃんの目標を応援したくなった作戦が無難かな。それとも好きな部活を間近で見たくて作戦? ……マズい! 兎羽ちゃんのことだ。止めないと大喜びを始めて先生達にまで好奇の視線をー! ……あれ?)


 少しでもクラスメイト達からの追及を逃れようと、週明けの言い訳を悶々と考えていた夜見。だが、そういえばあれほど設立を望んでいた兎羽から、喜びの声が響いてこないことを不思議に思った。


 そうして彼女の方を見ると、なぜか兎羽は不服そうな表情で影山を見つめていた。


「外部コーチの申請、ですか……」


「当たり前だろう。生徒だけで上達出来るほど、スポーツというのは甘くない。教え導く人間がいてこそ、初めて結果を出せるんだ」


「それは……先生では駄目なんですか?」


「俺は顧問だ。教員仕事の合間に、教える時間を作れるかどうか。そんな人間に教えを乞う位なら、マンツーマンで指導を行えるコーチを最初から付けた方が良い」


「そんなことはありません! 先生なら、きっと先生なら誰よりも上手く導いてくれるはずです!」


「俺の何を知っているのかは知らないが、指導者なら他を当たれ。勝手な期待で失望されるのはごめんだからな」


「いいえ、あきらめません! 私は先生に会いたくて、先生に指導を請け負って欲しくて、この学校に入学したんです!」


 度重なる兎羽の要望を、明らかに鬱陶しがりながらに断る影山。元々にわか程度にしかリンドブルムを知らない夜見からしてみれば、二人が何の攻防を行っているかは分からない。


 ただ一つだけ分かることがあるとすれば、兎羽の目的が憑機部の設立だけでは無かったということだ。彼女の真の目的は、影山という指導者がいる憑機部の設立だったのだ。


 (どういうこと? どうして兎羽ちゃんは、影山先生にわざわざ指導を求めているの?)


 叢雲むらくも学園は部活に力を入れていると言ってもそこまで熱心ではないし、大学進学率もそこまで悪く無い。言うなれば進学校だ。そんな学校だからこそ顧問は顧問、コーチはコーチと役割を分担し、優秀な指導者を外部から招いて指導をお願いしている。


 だというのに、兎羽は影山がコーチであることを熱望している。影山しかコーチはありえないと言い切っている。終いには影山に指導を受けるために、この学校に入学したとまで言い切った。普通に考えればあり得ない事だった。


 (もう! どうなってるの!?)


 予備知識が足りていないのだから、どれだけ考えようとも答えは出てこない。そして夜見が悩み続けている間も、二人の論争は続いている。もちろん答えを持たない夜見に、止める手段は無い。


 そうして数分言い争いが続いただろうか。


「……そこまで言うのならいいだろう。明日時間は?」


「……あります」


「愛知リンドブルムパークに機体を持って来い。そこで動きを見てやる」


「分かりました! お願いします! それではまた明日!」


 一歩も譲らぬ両者だったが、このままでは平行線だと感じたのだろう。何かしらの約束を取り付けたようだ。


「行こっ、夜見ちゃん」


「えっ、えっ、えっ? う、うん……」


 まるで喧嘩別れをした学生同士のように、物々しい雰囲気のまま別れた両者。唯一間を取り持てたかもしれない夜見は、やはり知識の不足故に割って入ることは出来なかった。



 日が赤みを帯びてきたバス停で、兎羽と夜見は帰りのバスを待っていた。日中の元気はどこへやら、今の兎羽はまるでしおれた花のようだった。


「その、さ。憑機部設立おめでとう! 良かったね、入学早々目標が達成出来てさ!」


 日中とのギャップに耐えきれず、どうにか兎羽を元気付けようと夜見は話題を振る。


「うん、ありがとう……」


「やっぱ大会入賞とか目指してる感じ? いや、兎羽ちゃんの実力なら、優勝かな?」


「うん、そうなれたらいいなって思ってる……」


 (気まずい~! どうしてこの子、フルスロットルかガス欠かしか存在してないの~!)


 大好きなリンドブルムの話題でもこの始末。仮に他の話題に転換したところで、場の空気が寒空から葬式に変わるだけなのがよく分かった。


「ほら、リンドブルムって個性の塊でしょ? 兎羽ちゃんは今まで見た中で、どのリンドブルムが一番好き?」


 それでも夜見は話題を振ることを止めなかった。今まで場の調節役を担ってきた自負。そして迷惑でもあったが、今日という日を刺激的な一日に変えてくれた兎羽への感謝から、彼女の暗い顔は見たくなかったのだ。


「……一番好きな、リンドブルム?」


「そうそう! そうは言っても、肝心の私がそこまで詳しくないんだけどね。あんまりマイナー奴を出されても_」


「……とうりゅう」


「えっ?」


初巳龍征はつみたつゆき選手の黄彗登龍おうすいとうりゅう


「あ、あ~! 世界大会で初めて優勝した!」


 そのリンドブルムの名は、にわかファンの夜見ですら知っている。いや、リンドブルムを知っている人間であれば、誰でも知っていると言えるほどに有名な機体だった。


 十数年前、まだ日本がリンドブルム弱小国と言われていた時代。突如現れたその機体は、リンドブルムの常識をぶち壊した。


 リンドブルムを含む意識転送型人型ロボットは、基本的に操縦者と同じ体型になるよう製造される。それは身体を動かす際に違和感を生まないためと、現実の肉体に戻った際に、肉体の差異で後遺症を生まないためだ。


 しかし、初巳龍征と呼ばれた選手が搭乗した機体は、そんな基本を完全に無視していた。現実の身長を遥かに超えた胴体に、現実の半分も無い手足、終いには優美な尾さえ備えた東洋龍そのものだったのだ。


 初め、各国の代表はインタビューにて龍征を馬鹿にした。あんなものがまともに走るわけがない、日本は勝負を捨てたと。それは日本で観戦していたファン達も同じ気持ちだった。


 金が絡む非合法な勝敗予想でも、日本はダントツ最下位。悲惨な結果を視たくない者達の中には、機体紹介の時点で配信を閉じた者すらいた。


 そして始まる世界大会。そこで世界は度肝を抜かれた。その機体はまともに走った。いや、他のどんな選手よりも圧倒的なスピードでコースを駆け抜けたのだ。


 リンドブルムはランダムに選出された三コースを、同じ機体で走る必要がある。そのため事前に選出を知らされているとはいえ、機体の相性によっては簡単に順位が入れ替わる可能性があるスポーツだ。


 だというのに、龍征は全てで一位を取った。同じ日本代表のランナー達が苦戦するコースでさえ勝ち続けた。そんな龍征の孤軍奮闘もあって、日本は初めて世界の頂に立ち、伝説となった。


 初巳龍征の黄彗登龍。それは日本のリンドブルムファン全てを虜にした伝説の機体なのだ。


「あの映像を見ると、今でもワクワクする。本当に凄い機体だったと思う。……だから私は、影山先生にコーチをしてもらいたいの」


「そ、そうだよね……って、へ? なんでそこが繋がるの?」


 同調し、少しでも兎羽の機嫌を取り戻そうとしていた夜見の作戦は、ある意味で大成功し、ある意味で大きく空振った。


 どうして伝説の機体を話から影山先生の話題に移るのかが分からなかったからだ。けれど、その疑問の答えを探す必要はなかった。続く兎羽の言葉が答え合わせになっていたのだから。


「龍征選手が伝説を作った世界大会。あの時の日本代表チームでサポーターだったのが、影山先生だから」


「えっ? えぇぇぇぇぇ!?」

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