新しい朝が来た!

都倉レン

新しい朝が来た!

 体育館の数倍もあるような薄暗い倉庫の中。


 四角い簀の子状のパレットの上にはこれでもかと段ボールが井桁に積まれている。


 今日も朝から集まってきた十数人の男たち――中には女もいた――は名前が呼ばれると、軍手を履いた手を上げて返事をする。


「えー、では。休みはいませんね。それでは当たらないように広がって」

 正社員の若い男がスマホを簡易スピーカーに繋いで、ボタンを押した。


 夏休みの朝の、あのおなじみのピアノ音楽が流れ始める。目の前の学生バイトは眠そうにしながら、だらだらと手を回し、身体を傾げながらぴょんぴょんと飛んでいる。


「では、今日も一日頑張っていきましょう」


 型どおりに正社員がいうと、皆三々五々、広い倉庫の持ち場へ散っていく。


 パレットに積まれた段ボールを箱に貼られたラベルのジャンルごとに所定位置に運ぶ。

 箱の中味はバラバラでも、ジャンルを見れば重さは一目瞭然だ。


 文芸、コミック、文庫、雑誌、評論、コンピュータ系、ホビー、新書。


 一冊が小さく一見すれば軽そうな新書は大きさが揃っていて箱に入る量が多く重い。コミックスも似たようものだが、紙の質が違うため新書よりは多少軽い。


 無論、段ボールが積まれた簀の子に似た「パレット」自体はフォークリフトでここに運ばれたものだ。だが、その上にある段ボールは人の手で運ばないといけない。


 バイトを始めて数日も経つと、誰もが大きさが不揃いで箱に数冊しか入っていないパレットに振り分けられるのを祈るようになる。


 中にはちょっと持ち上げてすっと下ろし、別のを持って行く要領のいい奴もいたが、俺は馬鹿正直に端から持って行く。


 その日もいつもと同じように朝のラヂオ体操を終えたが、珍しく正社員が一言付け足した。


「本は重いですから、ラヂオ体操でしっかりと体を目覚めさせてから今日も一日頑張りましょう」


 もっと早くに言うべき言葉じゃないのか。


 先日、あのふらふらしていた学生が崩れた段ボールの下敷きになったのだ。幸い命に別状はなかったものの、左の鎖骨にヒビが入るという大怪我を負った。


 気まずい空気が流れる中、俺は別のことを考えていた。昨夜のことだ。


『入賞いたしました!』


 見知らぬ電話番号から掛かってきた第一声がそれなら悪戯か詐欺だと思うだろう。だが、相手先の男は俺が先日送った小説の題名を言った。


 俺は今日、このブラックな仕事を辞める。


 執筆時間を確保でき、その割に時給が良い。なにより少しでも本と関わりたくて選んだ仕事だったが、腰を痛めて辞めていく人や、指や足を詰めるなどそれなりに怪我の多い仕事だった。


「ねえ、今日辞めるんだって?」


 少しだけ仲良くなった鼻ぺちゃの女子大生が愛嬌のある顔を向けてきた。

「うん」と、言うと女子大生は「私もやめよっかなあ。結構きついし」


 俺は返事をせず、一日の仕事を終えた。もう既に日は落ちかけていたが、明日からはきっと明るいはずだ。




 首筋がぞわぞわした。

 意識が浮上すると、寝落ちした時に敷き込んだスマホが震えている。布団の中からもそもそと手を出して、スマホを探り当てる。


『先生、どれくらい書けました?』

 俺は生返事を返してまた布団に潜り込んだ。


 あんなに湯水のように沸いてきたアイデアは一体どこへ行ったのだろう。


 ただパソコンの前に座って、書いては消しを続け、日一日と寝る時間が遅くなっていき、気付けば深夜になり、それが一山越えると、突然、朝早く覚醒する。


 そうやって、就寝時間がずれていくのが何セットか続いたある日。


 夜明け前に目が覚めた。もちろん何もやる気など出ない。俺はふとSNSを開いた。

 一人だけ書き込みがあった。あの鼻ぺちゃの女子大生だ。

 十分ほど前の投稿にリンクが張ってあった。


「誰か一緒にラヂオ体操をしませんか?」


 それから俺は毎朝ラヂオ体操をしている。


終わり

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新しい朝が来た! 都倉レン @tokuranovel-k

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