第二十一話 もう二度と会うことはない人
学校から徒歩15分。割といい立地だと思う。
「ただいまー」
一階のパン屋の入り口から声をかけると、レジで作業していた母さんと目が合う。
「お帰り……って誰その子!? ちょっとお父さん!」
母さんは厨房にいるであろう父さんに声をかけた。これはまずいぞ……
「こいつはただの知り合いで……」
「お父さん! 早く来て! 日生が遂に……女の子を……っ!」
あー、だめだ。全く聞いてないわ。
その時、ラフェが一歩前に進み出た。
「初めまして、ラフェだ。日生には今まで随分世話になった。その日生が生まれ育った場所を見てみたくて今日は連れてきてもらった」
「どうぞどうぞ好きなだけ見ていってちょうだい! うちにはパンしかないけど、後で部屋に持っていくわね。」
「嬉しい。ここのパンは大好きなんだ」
「大好きですって! お父さーん! 今夜は赤飯……じゃなくてあんぱんよ!」
ラフェは俺の方を向いた。
「日生のところも、その……大変そうだな」
「同情どうも」
ラフェを二階の部屋へ連れて行こうとすると、母さんにこっちへ来いと手招きされた。
「なに?」
「らふえちゃん?かしら。ちょっと不思議な感じだけど、いい子そうじゃない。大事にするのよ」
「そんなんじゃないって」
完全に勘違いしてるなぁ……今晩、誤解を解くのが面倒そうだ。
俺はラフェを自分の部屋に案内した。何気に女子を部屋に上げるのって初めてかも。
「ここが日生の部屋かぁ……」
勉強机にベッド、本棚、ローテーブル、クローゼット。部屋としては普通で特に面白みもないだろう。
ラフェはベッドの下を覗き込み始めた。
「お前、何してるんだ?」
「何って……宝探し?」
「宝って……」
魔界にもそういう文化ってあるのか……? いやまあ、ベッドの下にはないんだけど。
ラフェは本棚をいじり始めた。そこはちょっと……!
「なんだ、日生は持ってないのか?」
「な、なんのことかな……」
「秘密の魔法書とか、伝説の大剣とか……」
「ある訳ないだろ!」
なんだそういうオチか……俺は胸を撫でおろした。
「そう言えばここ、魔界じゃなかったな」
そう言ってラフェはテーブルの前に座った。そして部屋をぐるっと見回す。
「なんかいいな……日生の部屋って感じがする」
「そうか?」
俺には何の個性もない部屋に思えるけど。
その時、ドアがノックされ、母さんが入ってきた。
「ジュースと菓子パン持って来たわよ。たくさんあるから遠慮せずに食べてね。ではごゆっくりー」
そう言ってさっさと部屋を出て行った。変に気を使ってる感じが腹立つ。
「見たことないパンがいっぱいあるぞ!」
そう言ってラフェは目を輝かせた。そう言えば、クリームパン以外は見たことないのか。
「これはメロンパン、こっちはチョココロネ、でこれはあんぱん……ほんとにたくさんだな。」
大皿にパンが山盛りになっていて、一体何個あるのか分からない。
母さん、本当に俺が彼女を家に連れてきたとして、この量のパンを出すのはどうかと思うぞ。
「これ全部、食べてもいいのか?」
「いいってさ」
「それなら遠慮しないぞ? いっただっきまーす!」
そう言って両手にパンを持ち、幸せそうに噛み締める。
「これも、これも、全部美味しい! でも、私は日生の毎朝作ってくれるパンが一番好きだぞ」
そう言って俺に笑顔を向けた。
「……それはどうも」
俺は見られたくなくて顔を逸らした。
いつの間にかあんなにあったパンは全て無くなっていた。
「ふぅ……お腹いっぱい」
「よく食べたな」
「すごいだろ」
「別に褒めてない」
ジュースに手を伸ばすと、近くにあったラフェのコップに手が当たった。コップが倒れて、中のジュースがラフェにかかる。
「悪い!」
近くにあったティッシュを適当にとって、服についた染みをぬぐう。結構濡れてるな……これは着替えを用意したほうがいいか……
「ちょ、ちょっと日生!」
その時、風が吹いた。見るとラフェは角と尻尾が現れている。顔も赤い。
「じ、自分で拭くからいい!」
「そ、そうか……ちょっと着替え探してくる」
そう言って俺は部屋を出た。俺は何をやっているんだ。女子の体にべたべたと触って……ん? 女子?
前まではラフェのことを女子だなんて思ってなかったのに、今日はなんだか調子がおかしいみたいだ。
ラフェには母さんが昔着ていた黄色のワンピースに着替えてもらい、俺達は家を出た。
「ラフェ、ここでちょっと待っててくれ」
「ん? 分かった」
俺は店の前のラフェを残して目的の場所へ走った。
「ラフェ、お待たせ……」
店の前に戻ると、ラフェの側には知らない男がいた。見ると何か話してるみたいだ。
「俺と一緒に遊ぼうよ」
「お前と遊ぶほど暇じゃない」
「もう、つれないなぁ。俺と一緒に来たら何でも好きなところ連れて行ってあげるよ?」
「必要ない」
これはナンパか?
「またまたぁ。ほら早く行こう!」
そう言って男はラフェの手首を強引につかんだ。この野郎……っ
体が勝手に飛び出し、俺は空いたほうの腕を捻り上げた。
「痛っててて!」
男がラフェの手首を離したのを確認して、俺は拘束を解いた。
「んだよ、彼氏がいるなら先に言えよ!」
そんな捨て台詞を残して、男は去っていった。
「彼氏はいないから要望には応えられないな」
ラフェは男の背中を見ながらそう呟いた。そして俺の方に目を向ける。
「日生、今回は逃げなかったな。ちゃんとカッコよかったぞ」
そう言ってニッと笑う。割り込みされた時のことを言ってるのか。
「こんなことになるなら、ラフェを一人にするんじゃなかったな……」
俺は買ってきたものをラフェに差し出した。
「俺はあんまりお金ないから一本しか買えなかったけど、前に花欲しがってたから。さっきジュースこぼしたお詫びもかねて」
俺が差し出した一本の赤いバラをラフェは大事そうに受けとった。
「ありがとう……嬉しい」
こんなに喜ばれるなら、もっと早く買ってやればよかった。
俺達は学校へと戻ってきた。ラフェの後ろに続いて中庭を歩く。
「ここだな」
そう言ってラフェは桜の木の前で立ち止まった。
「魔界の入り口は戻るときも同じ場所じゃないとだめなんだ。初めてこの世界に来た時もこの桜の木があった。でも帰る前に、やり残したことをやろう。日生が一日付き合ってくれたおかげでパーツは揃った」
「パーツって?」
「感謝の想いのカケラだ! 日生! よく見ておくんだぞ!」
そう言ってラフェは胸の前で指をクロスさせた。
「~~~~セレ」
ラフェが何かを唱えると、辺りにはふわっと優しい風が吹いた。木々は心地よく揺れ、視界は金色のラメがふりまかれたようにキラキラして見える。なんだろう、この感じ……心が温かくなる。ずっとこの優しい風に包まれていたい。
風がやむとラフェは俺の方を向いた。
「この魔法は魔界に古くから伝わる『幸運の風』って言って、幸せを運ぶんだ。感謝の想いを込めることで魔法の発動条件が揃う。世話になったこの世界に恩返しがしたかったんだ。それに加えて私はとびきり腕のいい魔法使いだから別の魔法も風に乗せておいた」
「別の魔法って?」
「勇気が出る魔法だ。まあ、さっきの様子を見ると日生にはもう必要なかったかもしれないけどな」
「ラフェ……」
「さーて、思い残すことはもうないし、そろそろ帰ろうかな」
そう言ってラフェは魔法を唱える。すると何もなかった空間に黒い点が現れた。そしてその点は段々と大きくなって、見覚えのある大きさになった。
「じゃあな、日生。今まで色々と世話になった」
「……おう。もう戻ってくるんじゃないぞ」
「分かってる。……なあ、日生」
「なんだ?」
「私、日生と一緒に過ごしてすっごく楽しかった! ありがとう!」
そう言って俺の手を握った。
……ああ、何で俺は今、気づいてしまったんだろう。ラフェを帰したくない、なんて。
「俺も、楽しかった」
俺の言葉を聞いたラフェは二ッと笑い、身を乗り出して頭の先から穴の中へと入って行く。もう二度と会うことはない人。態度がでかくて、自由人で、危ない魔法使って……でもいい奴だった。俺はそう思う。ラフェを魔界へ帰すと宣言したあの日には、まさかこんな気持ちで最後の日を迎えることになるなんて思ってもみなかった。
ラフェの体は段々と穴の中に入って行く。そして腰まで入ったところで、止まった。
「え?」
思わず呟く。一体どうしたんだろう。
そう思っていると、今後は腰から頭に向かって段々と穴から戻ってきた。そして頭の先まで穴から出てくる。
ユラッと俺の方を振り向いたラフェは恥ずかしそうに毛先をもてあそびながら言った。
「なんかお腹回りが大きくなったみたいで、入り口に入れなかった。……テヘ☆」
緩みそうになる口元を隠すように俺はありったけの声で叫んだ。
「今すぐ帰れぇ!」
巻き込まれ体質の俺は魔王の娘の世話係になりました 亜瑠真白 @arumashiro
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます