第二十話 思い出の地を巡る旅

 「魔界へ帰る」と突然告げられて、俺はずっと頭が上手く回らなかった。

 確かにいい流れはあった。魔力もたまった。でも、急に帰るだなんてそんな素振りは一切なかった。魔界に帰ったら親の決めた相手と決闘させられるんじゃないのか? それが嫌で逃げてきたんじゃないのか? そんなことがぐるぐる頭を回って、本当なら喜ぶべきはずなのに素直にそう思えない自分がもどかしい。ラフェの待つ部屋に向かう足取りは重かった。この部屋に来るのも今日が最後かもしれない。俺はドアに手をかけた。

「ラフェ、今日は何をする……っておい!」

 部屋の中では、ラフェが腹を出して爆睡していた。

「お前が時間を指定したんだろ! 起きろ!」

「んぁ?」

 俺が揺さぶると、気の抜けた声を出して薄目を開けた。そして驚いたように目を見開く。

「ひ、ひ、日生!? 何でいるんだ!」

「いや、お前がこの時間に呼んだんだろ!」

 ラフェは掛け時計をちらっと見た。

「うわ、もうこんな時間!? すぐ着替えるから部屋の外で待っていてくれ!」

 最後の日だっていうのに騒がしい奴だ。俺は部屋を出た。

 ラフェが扉を閉めていき、少しの隙間から顔を出した。

「絶対に覗くなよ?」

「誰が覗くか」

 俺が答えると扉は閉まった。前にもこんなやり取りあったな。

 そんなことを思い出していると、なぜか再び扉が小さく開いた。

「本当に覗かなくていいのか?」

 謎の困り顔でラフェがそう言った。

「はぁ……っ!? 覗くわけが……」

「そうか……」

 そう言い残して扉は閉まった。今のどういう事!? なんて言うのが正解だったんだよ……こちとら思春期真っ盛りの男子高校生だぞ……!

 変に心をかき乱されながら待っていると、制服に着替えたラフェが出てきた。

「よし、じゃあ行くか」

「行くって、どこへ?」

「この世界での思い出の地を巡るんだ。それによって、この世界でやっておきたいことに必要なものが揃う」

 まだ何をしたいのかよく分かっていないが、ラフェに任せるしかない。

「それじゃあ一つ目の場所へ行こう!」


 学校を出たラフェは街の中を迷いなく進んでいく。

「場所、ちゃんと分かってるんだろうな?」

「馬鹿にするなよ! この私だぞ? 一度行った場所くらい完璧に覚えてる」

 街を抜けると、見覚えのある河川敷に出た。これはもしかして……

「一つ目はここだ!」

 ラフェが立ち止まったのはあのシュークリーム屋の前だった。

「最後に食べ収めておきたいだけなんじゃ……」

「んな!? そ、そんなわけあるか! ちゃんと深い意味があってだな……」

「はいはい、分かったから」

「全然わかってなさそう!」

 抗議するラフェを放っておいて俺は列に並んだ。ラフェも後に続く。前に来た時ほどの大行列ではなく、数人が並んでいる程度になっていた。これならすぐに順番が来そうだ。

 そう言えば前の時は途中で割り込みがあって、強そうな男たちとラフェが一触即発だったんだよな。でもその後、「俺が止めに入らなかったら、男にうさ耳を生やして語尾を『ぴょん』にする魔法をかけるつもりだった」とか言って……

「日生、口元がにやけてるぞ」

「いや……ラフェは面白いなって」

「絶対今、馬鹿にした!」

 少し待つと俺達の番になった。

「ラフェ、今日は好きなだけ買っていいぞ」

 高木先輩達に今回のことを話したら、「魔界へ帰るためなら好きなだけお金を使ってもいい」とブラックカードを渡された。一体誰がこんなにお金を……(以下略)。

 そういうわけで、今回は予算上限なしということになっている。

「日生は何にするんだ?」

「俺はスタンダードなカスタードかな」

「じゃあ、私もそれにする」

「遠慮しないで好きなだけ食べていいんだぞ」

 俺のお金じゃないからな。

「私も日生とお揃いがいいから」

「そうか……」

 よく分からないけど、ラフェがいいって言うならいいか。


 俺達はシュークリームを買って、河川敷のベンチに座った。

「うーん……おいひぃ!」

 ラフェは嬉しそうにシュークリームを頬張った。ふわっと向かい風が吹く。

「あーあー、また尻尾とか出して」

 俺はブレザーを脱いで尻尾に被せた。

「お前、見るなって怒るくせに簡単に見せるよなぁ……」

 また理不尽に怒られるんだろうなと思いつつ、愚痴が漏れる。

「仕方ないだろ。日生と二人っきりだと気が緩むんだ」

 そう言って、シュークリームを一口齧った。

「怒んないんだ?」

「……日生になら、いい」

 そんな風に言うから、すこし嬉しくなってしまった。


 シュークリームを食べ終わった俺達は駅へと向かった。この感じだと次はあの場所か。

 電車に二駅揺られ、少し歩いた先にあの空き地があった。もう桜は完全に散ってしまって、緑の大木が日の光を浴びて輝いている。

 ラフェが口を開く。

「白い花がいっぱい咲いてた時もよかったけど、今も十分綺麗だな」

「そうだな」

 俺達は大木の木陰に入って座った。しばらく景色を眺めた後、俺はずっと気になっていたことを口にした。

「なぁ……どうして急に魔界へ帰るなんて言い出したんだ?」

「少しずつ考えてはいたんだ。目覚めたばかりの頃はずっと怒ってたけど、ソーマに会って魔界にいた頃を思い出した。私はたくさんの人に支えられて暮らしてたんだなって思ったんだ。その一方で、私が魔界を出てきたことでその人達に迷惑や心配をかけてしまっていると思った。このまま意地を張ってこの世界にいても事態は勝手によくなったりしない。どのみち父さんときっちり話し合わないといけないと思ったんだ。まあ、これだけ抵抗しておけば、父さんも少しは私の話を聞いてくれるだろうし。それでもなかなか決心がつかなかったんだが、シノがとんでもない爆弾を残していったんだ。そのせいでというか、おかげでというかようやく決心がついた」

「そうだったのか……」

 頭の中でぐるぐるしていたことがやっとすっきりした気がする。ラフェが前向きな気持ちで決めたことなら、俺は送り出してやらないといけない。

 俺は立ち上がった。

「それなら早くやり残したこととやらを終わらせて、魔界へ返品してやらないとだな」

「人を不良品みたいに言うなぁっ!」

 俺達はその場所を後にした。

 

 再び電車に乗って、山の方へと向かっていく。そこからバスに乗り換え、佐取峡の遊歩道近くで下車した。

「船も乗るか?」

「いや、今回はいい。あまり時間もないからな」

 ラフェは佐取峡をスルーし、「森の小路」へと入って行った。しばらく山道を進んでいくと、あの場所にたどり着く。

「はぁー、やっぱりここはいいなぁ!」

 ラフェは大きく伸びをした。

「魔力はバッチリ120%! 魔界へ帰る準備は万端だな!」

「そうだな」

 胸の奥の方が冷たくなったが、気が付かないふりをした。

「さて、次が最後の場所だ!」

「え?」

 てっきりここが最後だと思っていた。他にめぼしい場所なんてあったか……?

「最後は日生の家に行きたい。いいか?」

「俺の家!? ……まあ、いいけど」

「やった!」

 なぜか最後は俺の家に行くことになった。

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