03.
「ねえ、銀子。『深さ』とは何なのでしょう?」
「あたしも、それが分からない」
「わたくしたち、先ほどから『深さ』を『品質』と読み替えていますが、果たしてそれが正しいものか」
「……多分、としかいえないわ」
大人たちは、肝心なことは何も教えてくれない。
あたしと紫乃が子供扱いされているがゆえのことなのか、それとも技術は師の背中を見て学べということなのか。
実に歯痒い。
もしかしたら、いまなら訊けば教えてくれるかもしれない。
いま、龍神庵は危急存亡の秋。
そして龍神庵が没すればその余波は間違いなく江ノ島を襲う。
いまなら特別にと教えてくれる可能性はある。
でも、あたしは訊かない。
あたしにだって、意地がある。
何にしろ、霊薬についての考察は、持てる材料を継ぎ接ぎして進めていく外ない。
「試験で合格点に届かないとき、紫乃だったらどうする?」
「どうするって……何とかして高得点をいただくしかありませんわね。真っ当に試験を受けてダメなら、搦め手ですわ。試験に点数をつけるのが人間だろうと神さまだろうと、そこに情けのある限り、採れる手段はいくらでもありますでしょう。接待、替え玉、裏金、山吹色のおまんじゅう、賄賂、袖の下、」
「ちょっと待った。あんたの頭ん中それしかないわけ?」
「一に愛想、二にお世辞、三四がなくて五に賄賂ですわ!」
紫乃は胸を張って言い放った。
あたしは紫乃の方へと向き直り、よく聞こえるように大きくため息を吐いた。
「この際だから手段の善し悪しはいったん措くとして、あんたさ、大黒さまに賄賂が通じると思う?」
「……さ、他の手段を考えましょうか」
わかってもらえたようで何よりだ。
「では、銀子ならどうすると?」
「あたしなら、受ける試験を変える」
「はい?」
紫乃が訝しげな声を出す。
あたしは咳払いを一つして、それから説明を始めた。
「まず、昨日の大黒審判を数値化してみるわ。大黒審判の合格点が九十点だとする。梅鶴おじさまは九十点以上をとった。合格。白金兄さまは八十点しかとれなかった。不合格。ではここからどうするか。不合格とはいえ兄さまは八十点はとれている。更に十点の積み上げを目指すか? ううん、ダメ。ただでさえ霊薬の品質向上には時間がかかる。ましてや八十点から九十点への向上は、二十点から三十点なんかとはわけが違う。今必要な十点はあまりにも大きい壁だわ。三日ではどうともならない。言うまでもないけど、この数値化は例えばの話ね。実際の二人の点数も、合格点もあたしは知らない。でも、印象は伝わるでしょ?」
「わかりますわ。で?」
「龍神庵の朔龍湯も弁天楼の天女涙も、等しく世に名高い霊薬だわ。調薬方の示す理想の通り、完全無欠にして完璧なものをつくれたら百点満点をいただけるだけの霊薬よ」
「……あ。受ける試験を変える、ってまさかそういうことですの?」
「そう。話が早いじゃない。百点満点の試験でダメなら、百五十点満点の試験を受ければいいのよ! もちろん、朔龍湯や天女涙より更に上の霊薬をつくるなんて難しいに決まってる。しかも、つくり慣れている朔龍湯ではないものを、なんてね。いくら白金兄さまや金子姉さまに天賦の才があったとしても、高い品質は望めないわ。でも、多少品質が低くたってかまいやしないのよ。百五十点満点の試験だったら、六割で九十点だもの。それで合格よ!」
紫乃はぽかんと口を開けている。
「品質の評価を八割から九割に上げるのは難しいし時間がかかるわ。でも、六割だったら何とかなると思わない?」
紫乃の口が、おもむろに笑みを象っていく。
「どうよ!」
あたしの念押しで、紫乃の笑顔が決壊した。
「あはは! まったく! これ、わたくしの賄賂案よりよほどたちが悪いですわ!」
「数値勘定だったら『そろばんの銀子』におまかせってね!」
笑い続ける紫乃につられ、あたしも笑った。
夜通し一人で考えているときには不安で仕方なかった。
うまくいくかどうか以前に、それこそ考えの方向性が間違っているのではないかと。
二人で笑ったら、何だか不安が吹き飛んだ。
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