第68話 妄想逞しい、彼女さん

「とりあえず、電球変えちゃうか」


「あ、うん。ちょっと椅子持ってくるね」


「重いだろ? 手伝うよ」


 俺は水瀬から貰ったタオルで頭と顔だけ拭いて、水瀬が落ち着くのを待った後に本日のメインに取り掛かることにした。


 水瀬に連れられて訪れたのは水瀬の寝室。どうやら、普段勉強する際に使っている椅子を用いて電球を変えるようだ。


「あ、ちょっとだけ待ってて。靴下だけ着替えちゃいたいから」


 水瀬はそう言うと、ピンチハンガーから黒色のくるぶしソックスを取って、ベッドに座った。そのピンチハンガーには干してある物が極端に少なく、靴下が数足干してあるだけだった。


「いくら見ても、下着とかは干してないからね」


「え?」


「三月君、私の洗濯物見るとすぐ下着探そうとするんだもん。言わなくても分かるよ」


 水瀬はそう言うと、ジトっとした目をこちらに向けながら濡れているスクールソックスを脱ぎ始めた。


 徐々に露になっていく水瀬のふくらはぎは白く、程よく引き締まっていた。紺色のベールが脱がされて、素肌が見えていく様が妙に艶めかしく、俺はそっと視線を水瀬から逸らしまった。


 は、破廉恥だ。


「い、椅子運んでおこうか?」


「あ、うん。それじゃあ、お願いしてもいいかな?」


 だめだ、水瀬の匂いの染み込んだタオルで顔なんか拭いちゃったから、水瀬がずっと鼻先にいるような感覚に陥ってしまっている。


 俺はただ靴下を脱ぐという光景を見せられて、思春期が滾ってきてしまいそうになっていた。


 いや、普通に靴下を脱ぐ仕草ってエロくないか? なぁ、思春期よ。


 深く頷く思春期の反応を見て、俺は自分が正常であることを再確認することができた。俺は悪くない。急に靴下を脱ぎだした水瀬がえっちなのだ。


俺はバッグをリビングに置かせてもらって、椅子を玄関の方に移動させることにした。


 女子の部屋にエロゲの入っている鞄を放置する。……だ、大丈夫だよな?


 俺はその中身がバレないか不安で緊張しながら、椅子を運ぶことにした。


勉強用の椅子ということもあり、その椅子はくるりと回るタイプだった。そして、その椅子にはキャスターが付いており、固定することは難しそうだ。


 確かに、一人でこの上に乗って作業するのは危ないかもしれない。そんなことを考えていると、電球を持った水瀬がとててと玄関の方に現れた。


「椅子運んでくれてありがとうね。椅子押さえるね」


「ああ、頼むよ」


 俺は椅子に上って消えていた電球を緩めて外した。そのタイミングで水瀬の方にちらりと視線を向けると、水瀬がこちらに新しい電球を手渡してきてくれた。


 そこで、俺は水瀬の体勢に気がついてしまった。


「三月君?」


 俺が電球を受け取らないのを不思議そうに思ったのか、水瀬はこてんと首を傾げていた。そんな水瀬は俺と向かい合うようにして椅子を押さえてくれている。


 俺の正面で膝を地面に着けて見上げる制服姿の少女。もちろん、ピタリと距離がくっついているわけではない。それだというのに、学校で一番可愛い女の子が膝をついて上目遣いでこちらを見ていると、思春期がその体勢をまるで別の行為の図として捉えてしまった。


 ありていに言うと、ご奉仕されているようだった。


 いや、普通に男女でこの構図はえっちだよな? なぁ、思春期よ。


 大きく頷く思春期の反応を見て、俺は自分が正常であることを再確認することができた。俺は悪くない。膝をついてこちらを見上げながら、手を伸ばしている水瀬がえっちなのだ。


「お、おうよ」


「……」


 俺は水瀬から電球を受け取ると、古い電球と交換するように水瀬に渡して、電球を付け替えた。


 所々無言になってしまい、少しだけ気まずい空気が流れている気がした。そんな気がして水瀬の方にちらりと視線を向けると、ぱちりと目が合ってしまった。


 そういえば、俺はこんな可愛い子の家にエロゲを持ち込んでいるのだ。気だけは抜かない様にしよう。


 そんなふうに上げた緊張感に当てられたのか、目を背けた水瀬の瞳が微かに揺れていたように見えた。


 電球を変え終えた俺たちは椅子を片付けて、リビングへと移動した。その途中もなぜか無言の時間が続き、緊張した雰囲気がそこにはあった。


「えっと、少し休んでく?」


「え、そ、そうか?」


 俺がそのまま鞄を持ち上げようとしたとことで、水瀬がそんな提案をしてきた。外も雨が降っているし、少し雨宿りをさせてもらえるのなら嬉しい。


 しかし、この顔についている水瀬の香りを何とかしないことには、心が落ち着かない気がした。さっきから鼓動がやけにうるさい。


 なんとか、この香りを落とすことはできないだろうか。


「あ、それなら、シャワー借りてもいい?」


「……へ?」


 ただ雨に濡れた体を温めたいから。普通ならそんなふうに思うはずだろう。しかし、水瀬はそんな普通の反応とはかけ離れるほど過剰な反応を示した。


 水瀬は一気に羞恥の感情に呑まれたように顔を赤くして、その熱に当てられたように瞳を揺らしていた。その目には戸惑いの色が強く見られた。


「だ、だめだよ! やや、休むって、そう言う訳じゃないから!」


 睨むわけでもなくただ慌てるような水瀬の声色。どうやら、俺がシャワーを浴びることに何か問題でもあるかのような反応だ。


 俺がシャワーを借りた時に起こる弊害。なるほど、確かに少しデリカシーを欠いていたかもしれないな。


「あ、そっか。そうだよな、水瀬さんの後でいいから」


「ちがっ! そうじゃなくて、そうじゃなくてぇ…………」


「あ、タオルなら俺の使うから、これ以上貸してもらわなくても平気――」


 俺は自分の鞄の中からタオルを引き抜こうとした。しかし、所詮は男子の鞄の中。整理整頓などできているはずがなく、俺がタオルを引き抜いたと同時に、鞄の中からとある箱が飛び出してきた。


 その瞬間、俺は目の前の景色が止まっているように見えた。


 エロゲの入っているでかい箱が宙に舞っている。緊急事態、エマージェンシーだった。


俺はエロゲをクラスの女子に見られてはならないという気持ちから、ゾーンに入ったのだった。くるくると回転して回るその箱をキャッチしてすぐ隠せば水瀬にはバレない。そう思った俺は手にしていた鞄を投げ出して、その箱へとして手を伸ばした。


「わっと、なんか出てきたよ」


「あっ」


 そして、ゾーンに入った俺よりも速く、水瀬はその箱をキャッチした。


 そうだった、水瀬は運動も得意だったな。


そして、水瀬はその箱の表紙を見て首を傾げた後、その箱を裏返してしまった。その瞬間、水瀬の顔がポンと音を立てる勢いで真っ赤になった。


 最近のエロゲって表紙はそんなことなくても、裏表紙はがっつりエロシーンだったりすんだよな。多分、急に予想もしなかったエロい絵を見せられて、脳が軽くショートしているんだろうな。


 水瀬は固まったようになりながら、その顔だけは赤さを増していき、数秒後にはこちらに睨むような視線を向けてきた。


「……もしかして、ずっと三月君の様子がおかしかったのって、これ隠してたから?」


「お、男の子だもの」


「じゃ、じゃあ、私がゆっくりしようって言った後すぐに、シャワー借りようとしたのは?」


「いや、それは普通に水瀬さんのえっちなスメルを落とそうと思って」


「え? ……あぅ」


 水瀬は俺の返答を受けて、突然何かの衝撃を与えられたかような情けない声を漏らした。顔を赤くして恥じらうような様子は、明らかに何か大きな勘違いをしているようだ。


 この状況で何を勘違いしたというのだろうか。


 俺は水瀬の言動と俺の言動を思い出して、水瀬が何と勘違いしたのか考えることにした。


「あ、いや、ち、違うの」


 緊張した俺の態度。少し休むかという水瀬の言葉。シャワーを浴びることがきっかけで始まるもの。


 ……。


「水瀬さん、もしかしてだけど、物凄い勘違いしてたりした?」


「ち、違うから! 勘違いなんかしてないから!」


 顔を真っ赤にして俺の考えを否定するような態度。それは俺の疑うような考えを確信に変えるものになった。


 つまり、この目の前の可愛らしい女の子は、俺がシャワーを借りたいといった一言で、事が始まると勘違いをしたらしい。


「水瀬さん、それはさすがにえっち過ぎる」


「~~っ!」


 水瀬は俺の言葉を受けて、耳の先まで真っ赤にしてしまった。羞恥の感情に当てられたように揺れる瞳には涙が浮かんでおり、自分の考えがえっちすぎたことを否定できずに、ただ体を小刻みに震わせていた。しかし、ふと手に持っていた物の存在に気づいたのか、水瀬は瞳をそのままに睨むような視線を向けてきた。


「……み、三月君が、私の部屋に入るなり血眼になって私の下着を探してたこと、私が靴下脱ぐ仕草に興奮してたこと、私の匂いをえっちなスメルだって言ったこと、えっちなゲームのえっちな絵を見せてきて、私を辱めてきたこと、ぜ、全部、みんなにーー」


「血眼になっては探してはないし色々と語弊がある気がするけどそんな変態の詰め合わせみたいなことをクラスの人に相談するのはやめてくださいお願いします何卒っ!」


 俺はクラスメイトから『変態スターターセット』というあだ名で呼ばれないように、水瀬に深く頭を下げたのだった。


 今回は俺が悪いのだろうか? いや、明らかに変な勘違いしていた水瀬が悪いだろ。そう思いながらも、これ以上の追求を許さないといった目をしている水瀬を前に、俺は黙る他なかった。


 俺は水瀬の濡れたスクールソックスがどこに行ったのかを想像しながら、水瀬に深く深く頭を下げたのだった。

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学校で一番可愛い女の子が俺の平均的な家事スキルを所望している 荒井竜馬 @saamon_

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