終章 二人の運命を結ぶ糸 ~龍神の独白~
雲一つなく晴れ渡る青空の下、彼女と私は手を繋ぎ、病院敷地内の公園の小川に沿って散歩していた。たとえ人工であっても、水のせせらぎは清らかな浄化の力で聖域を形成していて心地良い。
「冬登さん、大丈夫ですか? 疲れていませんか?」
「大丈夫だ」
私を心配しながら、その華奢な体で私を支えようとする彼女の手はとても温かい。龍神としての力を取り戻した私の体温はどうしても低くなりがちだ。
「目覚めてからまだ十日しか経っていないんですよ? 退院なんて無茶です」
「そうだな。もう少し長く蓮乃に看病してもらえばよかったな」
彼女は仕事が終わると病室へと来てくれた。休日は朝から夜まで。その優しさと甲斐甲斐しさが嬉しくはあったが、毎日では彼女が疲弊してしまう。早々に退院したいと主治医に無理を頼んだ。
眠っている間に何があったのかはわからないが、祖父母も主治医も医療スタッフも全員が彼女を私の婚約者と認識しており、彼女も婚約者として振舞っている。正直に言えば紹介する手間が省けたという気持ちもあり、急激に近づいた距離感に春の陽光のような温かさと、くすぐったいようなもどかしさを感じている。
「か、看病なんて大袈裟です」
頬を赤らめる彼女の表情を見ているだけで心が満たされていく。誰かに邪魔されることもなく、彼女の隣で存在できる歓喜が私の神としての力を高めている。
霊力を使い果たして眠りについた後、目覚めると春人の魂と心臓が消えていて驚いた。春人の記憶との境界は消え、体に残る春人の記憶を垣間見ることができた。
前世の春人は、神になり損ねた白蛇だった。神になるには様々な方法があるが、白蛇は人の魂を喰らって霊力を奪うという禁忌の手法で神を目指していた。
霊力を溜めた白蛇は人の姿へ化けるようになり、いつしか神社の神主になっていた。当時祀られていた神になり替わろうとしたが、神になるには霊力が足りず、人目を忍びつつも人の魂を喰らい続けていた。
霊力が高い彼女が生まれた時、その魂の輝きに惹かれた私を含め複数の神々が祝福と加護を与えた。神々に護られる彼女を喰らうことが出来なかった白蛇は、彼女の父母を殺し、表向きは人助けという形で彼女を巫女として神社へ迎え入れた。
彼女が雨乞いの儀式を行うと、私が雨を降らす。それは白蛇にとって都合の良いことだった。人々の雨に対する感謝を自らの功績へと誘導し、神になる為の信仰へと変換した。巧妙な話術と霊力による術を駆使して、周辺の村々を護る神々を追い出し、私を祟り神と人々に認識させ、神と人の対立を作り上げていた。
私が彼女を娶りたいと宣託した時、白蛇は私の力を奪う計画を立てた。村人全員を騙し、彼女の声と足を潰して生贄にするという残酷な方法で彼女を追い詰めて、私を害した。
私を星彩の糸で封じた白蛇は、神の力を奪うことに失敗し、自らも命を落とした。私と白蛇が人へと転生してしまったのも、その失敗に起因するもののようだ。
二年前、〝捕縛者〟が持ち出されて神社が作る結界から解放された時、春人は前世の記憶を取り戻していた。転生しても霊力が足りず、神の力が扱えなかった春人は、私の体を乗っ取る為に〝捕縛者〟を使役して多くの人の魂を喰らい霊力を蓄えていた。
そうしている内に、彼女が転生していることを知った春人は、彼女の霊力を奪う為に〝捕縛者〟を使って襲撃させた。もしもあの夜、ショットバーで私が彼女と出会っていなければ、彼女は春人に魂を喰われていただろう。
私が前世の記憶を取り戻し、私の護符で彼女が護られるようになると、春人は計画を変えた。彼女の友人を〝捕縛者〟に乗っ取らせ、人として彼女と生きていくと誓った私の決意を変えさせた。
彼女と私が〝捕縛者〟を集める中、春人は自作自演で彼女を助け、その存在を彼女の心へ鮮烈に刷り込んだ。朝木との殴り合い後の傷心も、彼女に憐憫をもたらすための演技でしかなかった。
春人は彼女が昔のままだと信じていた。ところが前世での死後、あいつに騙されたと知った彼女の魂は学習し、転生した現代で様々な本を読み知識を蓄えていた。支配する為の強い言葉や話術はその効力を失い、極限状況に追い詰めれば彼女を思いのままに操ることができると思っていた春人の思惑は外れた。
彼女の魂の美しい輝きは昔と同じでも、確実に成長を遂げていることにどうして気が付かなかったのか。それは昔も今も彼女を道具として扱い、表面しか見ていなかったからだろう。
……春人が再び彼女を騙して私を殺そうとしなければ、多少の不自由があっても良いと思っていた。前世は前世という割り切りと、二十数年間、一つの体を使っていた思い出が私の心にあった。
「冬登さん、どうかしましたか?」
「蓮乃と共に生きていることが嬉しいと感じている。……ありがとう」
「……」
私の言葉に返答することなく、彼女の視線が揺れている。いつも明るい彼女の表情に時折現れる憂いの陰は、春人を殺してしまったという罪悪感からだろう。もしも春人の計画を知っていたなら、彼女の手を煩わせることなく始末していたのに。
彼女の心を護れなかった後悔はあるが、輝く魂の光が内包する微量の闇が彼女の魂に複雑な彩りを与えていて、壮絶と感じる程美しい。完成され過ぎた完全な魂よりも興味が惹かれる。
「……あの……私……冬登さんの隣にいてもいいですか?」
「ああ。永遠に私の隣にいて欲しい。二度と離れることのないように、星彩の糸で縁を結んでもいいだろうか?」
「はい! もう離れません」
そうして彼女の魂は星彩の糸によって私と結ばれた。彼女が今世の寿命を全うして転生したとしても、星彩の糸に導かれ、必ず私と出会うことになる。
星彩の糸で魂を縛るという斬新な手法を編み出した春人は消滅し、その手法は魂を結ぶという形に進化して、彼女と私を永遠に結びつけることに役立った。
嬉しそうに笑う彼女を見ていると、心が和らぐ。昔のように彼女が幸せであればいいと見守り願うのではなく、私が彼女を幸せにしたいと強く思う。
最後は、生き残った者が
本当に、その通りだ。
星彩の糸 ―前世で引き裂かれた龍神と巫女の転生後の再会と顛末 ヴィルヘルミナ @Wilhelmina
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