第21話【10/4発売】発売記念SS「フェリクスは学習する」

【10/4明日発売!】

「腹黒次期宰相フェリクス・シュミットはほんわか令嬢の策に嵌まる」

発売記念SSです。


また、小説家になろうでは同タイトルで長編版の連載もしております。

「マクセンって誰!?」と思った方はぜひ書籍か連載版をご覧ください。

こちらもお楽しみいただけたら嬉しいです!


────────────────────


 メアリとともに王都へと向かう日の前日。

 フェリクスがノリス家で過ごす最後の夜、ダイニングには甘い香りが漂っていた。


 借りていた本を返すため、近くを通りがかったフェリクスは従者のマクセンとともに香りに誘われてダイニングへと立ち寄る。


 ドアを開けるとより甘い香りが鼻腔をくすぐり、フェリクスはつい微笑んだ。

 その場にいたのが予想通りの人物であったことも笑んでしまった理由の一つだろう。


「メアリ、最後の夜だというのにお菓子作りですか?」

「こんばんは、フェリクス様、マクセン様。見つかってしまいましたか」

「これだけ甘い香りが漂っていたら、僕たちでなくても誰かが気づいたでしょう」

「それもそうですね。せっかくです、少しいかがですか?」

「深夜のお茶会ですか。ずいぶんと罪深い誘惑ですね。いただきましょう」


 いたずらっぽく微笑むメアリと軽い冗談を言い合う。

 やはりメアリとの会話はちょっとしたことでも楽しいとフェリクスは感じた。


 フェリクスがダイニングテーブルの席につくと、目の前に小皿に乗ったクッキーとお茶が差し出される。

 続けてメアリは、フェリクスの背後に控えるマクセン用にも小皿とお茶を並べた。


 従者のためにお茶を用意する令嬢はめったにいない。

 当然、マクセンも出されるとは思わず目を丸くして驚いた。


「えっ、これは……俺もいただいていい感じですか?」

「ええ。ここで一人おあずけになどさせられませんよ」

「マクセンはおあずけにしたって問題ありませんよ、メアリ」

「ひでぇ。俺だって食いたいっ!」


 マクセンは従者としての立場をわきまえており、能力も高くかなり優秀だが、フェリクスとは幼い頃からの仲ということもあって少々遠慮のない部分がある。


 ノリス家での滞在中、すでにメアリには本性もバレているため、今も思い切り素が出てしまっていた。


 メアリとしても、かしこまられるよりずっと良いと感じているようだ。

 人差し指を立て、ヒソヒソと内緒話をするように少し悪い提案を口にする。


「深夜のお茶会だなんて、見つかったら母に叱られてしまいます。この時間はなかったことになる予定ですので、どんな態度であろうと大丈夫ですよ」

「あはっ、メアリ様わかってるー! いっただっきまーす! ……うまぁっ!!」

「マクセン……調子にのりすぎだ」


 マクセンの切り替えの早さには呆れてしまうが、フェリクスとて気軽に過ごせる時間は好ましい。 

 呆れたように小さくため息を吐きながらも、さっそくメアリお手製のクッキーを一つ口に運んだ。


 食欲をそそるバターの香り、サクッとした歯ごたえとほのかな甘みが口の中いっぱいに広がっていく。


「とてもおいしいですね」

「ありがとうございます。時々こういうシンプルなクッキーが食べたくなるのですよね。手軽すぎてとても危険なのです。時間帯を気にすることなくうっかり作ってしまいます」

「素朴な味わいがとても良いですね。確かにいくらでも食べてしまいそうだ。罪深いことをしましたね、メアリ」

「お二人が黙っていてくだされば許されます」

「すでに共犯ですからね。証拠隠滅に協力いたしましょう」


 静かなダイニングに小さく響く、クスクス笑うメアリの声が耳に心地好い。


 王都に帰ればまた忙しい日々が待っている。

 婚約を発表するため、いつも以上に周囲は騒がしくなる上、やることも山積みになることだろう。


(僕は慣れているから良いが……メアリには大変かもしれない。よく見ていてやらないとな)


 婚約者としてメアリを選んだことは今でも最良だと思ってはいるが、その分彼女にかかる負担は大きい。

 メアリに気を遣う分も考えると、フェリクスの負担はさらに増えるのだがそれは覚悟の上。


 だからこそ今、このゆったりとした時間を堪能しておきたいとフェリクスは思った。


 お茶を飲みながら、他愛もない会話が続く。


「フェリクス様は、昔から甘いものがお好きなのですか?」

「昔から嫌いではありませんでしたよ。頭を使うと糖分を欲しますからね。定期的にいただいていますよ」


 フェリクスからの答えを聞いて、メアリが急に黙り込む。

 不思議に思って顔を上げると、メアリは心底不思議そうな顔で小首を傾げた。


「それを、好きと言うのでは?」

「……はい?」

「フェリクス様はよく『嫌いではない』ですとか『好んでいる』といった言い方をしますよね。なぜ、ストレートに『好き』と言わないのですか?」


 それはフェリクスにとって思いもよらぬ角度からの質問だった。

 一方で、マクセンは思わず「ブフッ」と噴き出して肩を震わせている。


 マクセンの失礼な態度はいつものこと。

 フェリクスは従者を無視してふむ、と顎に手を当てた。


「考えたことがありませんでしたね……」

「好きなものは好きと、はっきり言ったほうが伝わると思いますよ。ちなみに、私は甘いものが大好きです」


 一切悪気のないメアリの言葉は、絶妙な角度から容赦なくフェリクスを刺してくる。


 言い返せず困惑した表情を浮かべるフェリクスが珍しいのか、マクセンはツボにはまったようだ。すでに隠す気がないほど大笑いしている。


 フェリクスは目を細めてマクセンを睨んだ。


「……マクセン」

「ひひっ、ひぃ、ごめ、ぶふっ……! お、俺、片づけしてきまーす! ……ふひっ」


 笑いながらも食べ終えた皿やティーポットなどをトレーに載せ、あっという間にテーブルを綺麗にしたマクセンはそのままキッチンの方へと姿を消していく。


 悪いとも思っていないマクセンの態度にため息を吐いたフェリクスは、気を取り直してメアリに向き直った。


「メアリの言うことは正しいですね。見習うことにします。……僕も、甘いものが好きです」

「ふふっ、そうだと思っていました」


 嬉しそうに、そしてどこか微笑ましげに笑うメアリを見ていると、フェリクスはなんだか妙な気分になる。


 メアリにこちらをからかう意図はないとわかっているため、不快な感情ではない。

 ただ、胸の奥がやたらとくすぐったいのだ。


「どうしました?」


 なんとも言えない様子のフェリクスに気づいたメアリは、再び不思議そうに問いかけてくる。

 彼女の言動はやはりフェリクスの調子を狂わせるようだ。


「いえ。ただ、妙に気恥ずかしいですね。真っ直ぐ伝えるというのは」

「フェリクス様は照れ屋さんでしたか。意外な一面を見られましたね」

「……大人をあまりからかわないでください」

「ごめんなさい。でも、私はフェリクス様とまた少し親しくなれた気がして嬉しいです」


 そこに恋愛感情はなくとも、婚約者なのだから好ましいと思えるほうが良いに決まっている。

 それはメアリとフェリクスが共通して思っていることだ。


「なるほど。確かに良い面も悪い面も知っておいてほうがお互い……」


 途中まで言いかけて、言葉を止める。


 数秒ほど顎に手を当てて考えたフェリクスは、こほんとひとつ咳をしてから言い直した。


「メアリと親しくなれて……僕も嬉しいです」


 目を逸らしながら少々恥ずかしそうに告げるフェリクスの様子に、メアリは驚いて目を丸くする。

 しかしすぐに嬉しそうにふわりと微笑んだ。


 そんな二人の甘酸っぱい雰囲気を邪魔しないように、マクセンがニヤニヤしながらダイニングの入り口で見守っている。


「フェリクスに良い相手が見つかってほんと良かったわ。少しは俺にも優しくなるかもしれないし」


 二人に聞こえないように呟いたマクセンは、そのまま静かに立ち去った。


 婚約したばかりの、初々しい二人の邪魔をしないように。


────────────────────


近況ノートに詳しい情報が記載してありますので、ご興味を持たれましたら覗いてみてください!

表紙イラストも素晴らしいので!


どうか皆さまに物語の続きを楽しんでいただけますように。

※今後も番外編を更新する時はこちらにアップします。



阿井りいあ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

「頭の悪い女を妻にする気はない」と人を見下す次期宰相様は、ニコニコしてるだけのほんわか令嬢がなぜか気になる 阿井 りいあ @airia

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ