第1話 君のいない世界にあの日の流星が降る
「なにか用ですか?」
その少女はジロリと僕を見つめる。
「いえ、別に」
いつも彼女は僕の隣の席に座っている。正確には、後から乗った僕が彼女の隣の席に座るのだが。
同い年だろうか。
僕とは違う高校に通う女子高生だ。僕は二年生。来年から受験生だ。
女子の髪型に詳しいわけではないが、同年代の子に比べたら随分と短いショートカットだ。制服が無ければ、男の子だと思っていただろう。
言ってみればボーイッシュなのだが、その少女から活発さは微塵も感じられない。
眼鏡をかけたその姿は、バリバリの文系少女にしか見えない。
もちろん、その顔はマスクで半分隠れて見えないが、一重の鋭い目線は、恐らく目付きの悪い部類に入るのではないか。
だが、その冷たさの宿る顔は、ほんの少し、可愛いと思えた。
「今日は本を読まないのかなって気になっちゃって。ごめんね」
沈黙のバツが悪く、思ったままに声をかけた。
その少女は毎日、電車の中で本を読んでいた。
電子書籍ではない。紙の本だ。
それも今時珍しい話だ。本を読むのならスマホで読めばいい。わざわざかさ張る紙の本を読む。それに紙の本ならカバーをかければいいのに、周りの目も気にせずに、カバーも掛けていない。
だから、いつも気になっていたのだが、今日はその表紙をじっと眺めているだけだった。
「ああ、これですか。先ほど、読み終わったんです」
そういうと、少女は再び、その本の表紙に目を落とした。
その表紙は薄暮時の空の中を、流星が降り注ぐように飛んでいき、それを女子高生が天を仰ぎ見て立っているイラストだ。
随分と美しい色合いだった。
タイトルは『君のいない世界にあの日の流星が降る』。
読後感に浸っていたのだろうか。だとしたら、僕がじろじろと眺めて折角の気分を台無しにしたかもしれない。それなら悪い事をした。
「この絵が気になって、見つめていたんです」
「綺麗な表紙だね」
「カバーに描かれた絵、まあ、カバー表紙とも言いますが、ここに描かれた絵のことを、表紙絵や装画と呼んだりします。ちなみに表紙とは、厳密には、カバーのない状態の本の
「詳しいんだね」
「受け売りです。ネットの情報なんで。でも本が好きでして」
本が好き。って、普通、読書のことを指すのだが、この子が言うと、まるで本自体のことに聞こえる。
「この装画はmochaって方がお描きになったのですが、素晴らしい絵です。物語の世界観を存分に表していますね」
ラノベなんかでは、人気のイラストレーターと組めるかを気にする作家もいるという。お蔭で似たような絵が並び、正直、インパクトを感じないこともある。だいたい構図も同じだ。それに可愛い女の子がドーンと描かれた表紙の本は、書くのにも読むのにも、思春期の僕たちには抵抗がある。
まあ、本当に本が好きな人間には関係ない事だが。
しかし、このイラストは確かに美しい。
人目を惹く何かがある。
「女子高生が流星を見る話ですか?」
「……確かに、そういう話でもありますが。もっと話は複雑なので……まあ、読みたかったら読んだ方がいいのですが、少しだけほの暗い話なんです。その世界観をも上手に表しているなと」
「確かに綺麗なイラストですね」
そういうと少し女子高生はムっとした表情で、
「イラスト……でもあります。カバーイラストという言葉もありますからね。でも、私は装画という言い方のほうが好きかもしれません」
どうも『装画』というのが、彼女のこだわりのようだ。
「今はほとんど、表紙を飾る絵を指します。このmochaという方は、有名な絵師さんですが、夜や星空、光の使い方が絶妙で、それでいてこの小説の世界観を上手に表しています。私、本は、ほとんどジャケ買いなんです。青の本が好きです」
ジャケ買い?
レコードやCDの時代の言葉だろ。
それに、青って。青の本なら何でも買ってしまうのか。
普通、書評やネットの評判や、友人のおススメなんかで買うんじゃないのか? 本って。
てか、この子は本当に、読書が好きなんじゃなくて、本そのものが好きなのだろうか? やたらと詳しい。
「でも、なんか……このイラスト……じゃなかった、装画は、下の方が少し暗いね。これは何か意味があるの」
そういうと、再び少女はコチラをジロリと睨んで、そして再び本に目を落とした。
「いいところに気が付きましたね。ここには本当は帯がくるんです」
「帯?」
「見たことないですか?」
曖昧に頷いた。
もう書店には参考書などを買いに行くくらいだ。
……帯?
……ああっ! 本に巻いてある宣伝文句が書かれてある紙のことか?
知らないタレントとかが「絶賛」とか書いてる奴だ。
「ここは帯に隠されている部分なのです。それが、この話の切なさの余韻も意味しているように勝手に解釈しています。帯を外して初めて気づくところです。少なくとも、この表紙、構図、書かれた内容には意味があると私は勝手に思っています。この女性が片手をあげていることにも」
どうやら少女がジロリと見たのは、嫌な感情で睨みつけたのではなく、よくぞ気付いたという意味で睨んだようだ。表情の分かりにくい子だ。
なるほど。
確かに、帯で隠すとちょうど見えないくらいの高さかもしれない。中央に描かれた女性、これはセーラー服の女子高生なのだが、その女性が見つめる方向に手をあげている。別れを告げているのか、それとも誰かに気付いたのか。この構図からは、その相手は見えない。
「タイトルの文字は、背景に浮かぶように白文字で抜いてあります。読みやすさを重視しているというのもありますが、文字にキラリと光をつけ、流星の流の字のサンズイの一つを星の煌めきにする、さりげないお洒落です」
「へぇ。いろいろ本は読んだけど、そんな風にイラ……装画を見たことがなかったなぁ」
「あなたも、本はお好きなので?」
「よく読んでいる方です。
「ラノベはラノベで独特の装丁思想を持っています。各レーベルによっても、装丁には癖がありますから」
「そもそも、本を装丁という視点で見る人と話すのは初めてだよ」
誉めたわけではないが、少女はマスクの下で笑ったようだ。
気に入られたらしい。
「また一人、装丁に興味を持った人が生まれましたね」
「? ……僕?」
「またいろいろ教えてさしあげますね」
少女は本をカバンにしまうと、地下鉄の扉を確認した。次の駅が表示されている。
「私は降ります。あなたは?」
「あ、僕は、もう少し先です。僕は黒岩。あの、朝日山高校……」
「私は椎名恵。銀上高校の一年生です。シーナ先生って呼んでくださって構いません。ではまた」
僕の言葉に被せ気味に自己紹介をしてきた。
朝日山高校は、県内有数の進学校だが、二回言うのは恥ずかしい。
しかも、僕は二年生だ。先輩なんだが、颯爽と立ち上がった彼女に比べて、口ごもる年上男子高校生の、なんとみっともないことか。
「……ああっと、シーナさんにしておくよ。僕は」
その言葉が届いたかも分からないくらいの速さで、シーナさんは開いた扉から出て行った。
それが椎名恵との最初の会話だ。
☆☆今回の装画はこちら
君のいない世界に、あの日の流星が降る
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