その推理は『装丁』を超える

✿くろの✿

プロローグ 物語が終わる時……

【読後感】

 どくご-かん。

 本などを読んだ感想。


 辞書ではそう書かれてあるが間違いだ。

 それは読んだ後に心に宿る「感覚」であって、言語化可能な「感想」ではない。

 

 読後感はどこから生まれ、何を沸き起こし、そしてどう浄化されるのか。


 絶望の涙で終わる小説もあれば、驚きに満ちた結末に愕然とする小説も存在する。終わった直後に主人公たちのその後を想像させる小説もあれば、慌てて一から読み返させる小説もある。


 恐らくは多くの、腕のいい小説家は、それを意図的に狙うに違いない。

 冒頭に死体が転がろうが、おっぱいのおおきな妹が出てこようが、ツンデレエルフが出てこようが、関係ない。

 最後に読者の想像力を掻き立てる読後感を作ることこそ、腕の良い小説家の証明だろう。何もかもを綺麗に終わらすようでは、逆に没入感の搾取でしかない。小説が終わった後にも、書かれていない小説の世界に、読者が漂い続ける。


 それが良い小説の条件の一つだ。


 少なくとも、椎名恵、いやシーナ先生は、命が止まるその直前まで、そう考える筈だ。

 

 地下鉄のホームに女性の叫び声が響いた。すぐ近くで叫んでいるのに、何か、遠い出来事のように聞こえている。


 何もかもがゆっくりと動いて見える。

 駆け出した足が、空を掻き、思うように前に進まない。


 スマホをかざして先頭車両を撮影する大人たち。

 先頭車両は、いつも彼女が乗る場所だ。この地下鉄は、彼女が乗ると言っていた電車だったか。もう一本、後ではなかったのか。


 大人たちの叫び声が聞こえる。

 生きているのか。動かないぞ。早く救急車を。誰か医者はいないか。

 怒号に似た大人たちの叫び声。

 そして悪意のある者たちの小声が突き刺さる。

 事故らしいぜ。自殺だよ。飛び込んだ。女子高生だって。うわ、見たくねぇな。

 にやにやと笑う者もいれば、わざわざ見に来て目を背けるものもいる。電車が遅れると苛立つ声や大きな舌打ち。


 全てがどこか遠い場所のゆっくりとした時間だった。

 粘性の高い空気の中、僕はその人混みを掻き分け、半ば転びながら、半ばその重い空気の中を泳ぐように、喘ぐように、ようやくそこにたどり着く。


 電車を降りた運転手が、ホームから電車の先の線路を覗き込んでいる。

 目に飛び込んできたのは、ホームに残された見覚えのある学生カバン。

 そしてその周辺には数冊の本が散らばり、その持ち主を教えていた。

 間違いない。この小説のラインナップは──。


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