よりみち

川谷パルテノン

粕汁

 あの人に会いに行くはずが、途中で鮭の粕汁に出会ってしまう。それももう二日目だ。

「また、会いましたね」

「汝、鳥になるべし」

 粕汁はこれしか言わない。汝、鳥になるべし。私は鳥になれるはずもなく人間をやっている。それが嫌になるときもあり、鳥になりたいよと思ったりもするけれどなれないことだけはわかっていた。

「なれないよ」

「汝、鳥になるべし」

「なれないってば」

「汝、鳥になるべし」

「鳥立ちて粕汁メイドインチャイナ」

「汝、鳥になるべし」

 私の渾身の俳句も粕汁には響かない。私はこんなことしている場合じゃないのに俳句を詠んでしまう。あの人はもう二日待っているのに。待って、本当に待ってるかしら。私があの人なら二日経っても来ない人間のことなんて待てないと思うのにどうしてあの人なら待ってくれるなんて思えたの私。ああ、なんだか悲しくなってきた。

「粕汁や目から涙がよだれ鶏」

「汝、鳥になるべし」

 もう粕汁と言っておけば俳句になる。俳句からは逃がれられないのだ。川柳に辿り着くことは絶たれた。かといって七七を足せる創意が私にはない。短歌もダメ。ところでこの粕汁はずっと湯気が出ている。ずっとあったかいのだ。ずっとあったかいってすごい。二日も経っているのに。

「ずっとあったかいってすごい」

「汝、鳥になるべし」

「今のは句じゃないよ」

「汝、鳥になるべし」

「汝、鳥になるべし」

「……」

 いわんのかーい、とは言わなかった。言えばまた鳥になれと返されるだけ。でも今のは発見だ。粕汁に粕汁のセリフをぶつければ対消滅する。私はもう粕汁に夢中だ。いいにおいもするし。そうだ、粕汁の材料をスーパーで買って帰ろう。で今日食べよう。余ったら残りは明日またここに来て粕汁に食べさせてあげよう。共食いだ。わーい。私はなんだか背中に羽が生えた気分だった。今日も無事あの人を忘れられるから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

よりみち 川谷パルテノン @pefnk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る