第30話 人生で二度目の面接の話し。

 土曜日。

 オレはお昼すぎに電車に乗り、景子の職場の最寄り駅まできた。乗り換えが一度あったけれど、短時間でこられるのはありがたい。

 休日の人の多さに辟易させられる。時計を見ると、約束の時間四十分前だ。


(早すぎたな……)


 大通り沿いに歩き、景子の職場近くのカフェへ向かって時間をつぶすことにした。

 いろいろと考えたいことはあるけれど、日々の忙しさやタイミングもあって、なにもかもが中途半端になっている気がしている。

 来週いっぱいで安本さんはいなくなってしまうのに、結局ろくに話しもできないままだ。

 仕事の邪魔をするわけにもいかないし、このまま特に話すこともなくはなれてしまうんだろうか。

 いつものことなのに、今回は寂しい気持ちが湧いて気が滅入る。


 スマホのアプリを起動して安本さんとのトーク画面を開いた。日時と場所のやり取りと、いくつかのスタンプ。

 たったそれだけだ。日常的な会話も、冗談の一つも、なにもない。会話でさえもオレは空っぽか。

 以前、安本さんの好きだった人と会ったときには、あまりにも酷い物言いに反論した上に余計なことを言ってしまったけれど、そもそもオレは本当に安本さんを好きなんだろうか?

 単に一緒に映画を観て、他愛のない話しができる相手がほしいだけじゃないのか?


(それでも……)


 休みの日にはついこのトーク画面を開いてしまう。

 なんとなく一緒にいたいと思ってしまうし、あの色を視るのも好きだ。

 そろそろ約束の時間だ。立ち上がって店を出る。景子の職場まで歩きながら考えた。


(色を視るのが好き……って、それは恋とか愛とかじゃないんじゃあ……)


 中学や高校のころ、それで痛い目にあったのを思い出す。あのころは、単純に色が奇麗だとか顔がかわいいとか、そんなところしかみていなかった。

 それとは絶対に違う気がするのに、じゃあなにが違うのかというと明確に答えが出ない。


「弘樹! こっち!」


 景子が手を振っているのがみえ、オレは小走りで向かった。


「ごめん、またせちゃったのかな? もう少し早いほうが良かった?」

「ううん。ちょうどいいよ。ついさっき、所長がお昼から戻ったところだから」


 景子に促されて事務所の玄関を入った。パンフレットに載っていた写真と同じ建物だ。

 緊張で手に汗がにじみ出てくる。

 内装のほとんどが木で、書棚がパーテーションになっているところもある。

 観葉植物があちこちに置かれて落ち着いた雰囲気だ。窓際にはカウンターの座席もあって驚いた。

 土曜日だけれど数名が出社していて作業をしている。

 突然の訪問者に興味があるのか、みんながこっちを見る。オレは軽く頭を下げた。

 応接室に通されると、奥の席にいた男性が立ち上がった。


「所長、先日お話しした従弟の木村弘樹です」

「……木村弘樹です。本日はお時間をいただきありがとうございます」


 一応、面接のときになにを言えばいいのかは、ネットで調べてきた。とはいえ、初めての面接を思い出すと倒れそうなほど緊張する。目の前に立つ人の顔すらろくに見られない。

 派遣でも一応、面接はあるけれど、担当さんと一緒だし打ち合わせのような雰囲気だから、こんなには緊張しない。


「所長の天ヶ谷あまがやです。まあ、そんなに緊張しなくていいから。とりあえず座ってもらって……あと履歴書をいただこうかな」

「すみません……失礼します」


 景子に背中をたたかれ、椅子に腰をおろすとカバンから履歴書を出した。

 天ヶ谷さんは学歴や職歴の欄には目もくれず、折りたたんだ履歴書をひっくり返した。


「すごいね、資格。佐良さがらくんから聞いていたけれど、こんなにいろいろと取っているとは思っていなかったな」

「うちにきてもらえると、助かる資格もあるのよね」

「そうだね。役立てることができるし、さらにスキルアップもできるんじゃあないかな」

「でしょ? 私はいいと思うんだけど」


 二人が話すのを黙って聞いていた。

 けど、景子ちゃん……タメ口ってどういうこと?


「うちとしては、是非とも来てもらいたいところだけれど、木村くんはどう考えているのかな?」

「あの……もうご存じだと思うのですが、社員として働ける自信がないんです。きっとご迷惑をおかけすることしかできないと思います」


 組んだ手に顎を乗せ、オレをジッとみつめていた天ヶ谷さんが、フッと小さく笑った。


「生きにくそうだね」

「……えっ?」

「佐良くん、話しはしていないの?」

「話すより見たほうが早いと思ったんだけど……やっぱり気づかないものなのかな?」

「キミだって気づかなかったじゃあないか」

「そうなんだけど」


 天ヶ谷さんと景子が失笑している。なにか不気味な感じだ。

 そういえば景子がパンフレットを手に話しを持ってきたとき、来ればわかるとか良くわからないことを言っていた。


「あの……」

「木村くん、僕の色は何色に視える?」


 唐突にそう聞かれ、オレは思わず天ヶ谷さんをジッと視た。


(なにも視えない……?)


 隣に座る景子を視る。いつもは明るい紫をしているのに、こっちも色がない。

 サッと室内を見渡しても、どこからともなく漏れてくる色もない。誰もいないわけじゃあないのに。


「えっと……すみません、視えないです」


 ウソをついてもなんの意味もなさないんだから、オレはそのまま正直に答えた。天ヶ谷さんはずっとにこやかな表情のままだ。


「……だろうね。とりあえず最初は試用期間ということで、試しに来てみてくれないか? もちろん、今の就業先の期限が終わってからで」

「でもそれは……」

「働いてみないとわからないことってあるよ。いろいろと心配事が絶えないみたいだけれど、ここではみんな、同じだからね」


 天ヶ谷さんは景子に指示を出し、たくさんの書類を封筒に詰めてオレに持たせた。

 ハッキリと断り切れないまま、入社する方向に流れるように乗ってしまったみたいだ。


「じゃあ、佐良くんはこのまま昼休憩に入って、直帰してくれて構わないから、木村くんにいろいろと説明よろしく」


 玄関先で所長自ら見送ってくれるなんて……。

 なにも視えなくて人となりもよくわからない。不安だ……不安しかないよ……。

 恐縮したまま挨拶をし、オレは景子に引っ張られるようにその場を後にした。

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