第31話 突き付けられた話し。
駅に着くと景子は「ちょっと付き合ってよ」と言って都心へ向かう電車に乗った。
来月で退職する人への贈り物を探しにいくという。
まだ少しだけ先なので、何点か選定してみんなで決めるらしい。
「弘樹、お昼は食べたの?」
「まだだけど」
「じゃあ、先にお昼にしよう」
目的の駅に着くと、景子はそういって先に歩きだす。昼どきも終わりに近いのに、土曜日の街なかは人がすごい。
道すがら、すれ違う人を横目でみた。誰もかれもがカラフルでにぎやかだ。
(やっぱり視えなくなったわけじゃあないらしい……か)
『木村くんにいろいろと説明よろしく』
別れ際に天ヶ谷さんがそう言っていたのが気になる。
景子に促されてイタリアンの食堂へ入った。お昼を過ぎていたおかげで席はまばらだ。
注文を済ませると早速、景子はオレに聞いてきた。
「実際、来てみてどうだった?」
「どう……っていわれても良くわからないよ。内装とか目に見える部分はすごくお洒落だと思ったけど、社員さん? は何人か出社していたし、所長さんもいたけどさ、オレ、なにも視えなかったから……雰囲気がまるでつかめなくて、正直、ちょっと怖いかも」
景子はなにかを思い出すように「う~ん」と考え込んだあと、オレをみた。
「確かに、つかめないのは怖いよね。でもさ、言われるまで気づかなかったでしょう?」
「なにが?」
「視えない、ってこと」
そういわれると確かにそうだ。天ヶ谷さんが自分の色が何色かと聞いてきたときまで、景子の色さえ視えていなかったと気づかなかった。
「うちの職場はさ、お客さまありきだから、割と土日出勤なんかもあるんだけど、ちゃんと振替休日もあるよ。そういうのは平気?」
「ねえ、ちょっと待ってよ。それってやっぱり、オレが入社する流れになってる?」
「そりゃあそうでしょう。所長、乗り気だったし……嫌なの?」
嫌かと聞かれると、嫌というほどではない。単に不安なだけで……。
というか、こういうところだよな。優柔不断過ぎだよ、オレ……。
「不安なんだよ。今の会社を辞めるのだって、結局は当てられて倒れてさ。鼻血まで出して。オレには外で働くの向いてないんじゃないかと思えてきた」
景子が大げさにため息をついたとき、ちょうど料理が運ばれてきて、食べながら話した。
「私もさ、前はそうだったのね。だって、どこに行っても聞いてもいないのに喋ってくるのよ。後ろの人が」
――後ろの人。
そういわれてオレは思わず振り返ってしまった。もちろん、後ろの席の人しかみえない。
「ああしたいだの、こうしたいだのって、うるさいの。あまりにも酷いときなんて、私、どうにもならなくて本人をひっぱたいちゃったりしてね」
「え……それは完全にヤバい人だね……」
「でしょう? そんなだから、弘樹も知っているとおりで職場を転々としていた時期もあったけど……」
オレがまだ学生だったころ、社会人になりたての景子がよく家にきて両親に愚痴をこぼしていたのを思い出す。
「今の職場にきたのは二年半前になるのかな。あそこにいると、そういうのがないのよ」
「それってどうして? あの建物の造りになにかるとか? 観葉植物がたくさんあったけど、それが理由じゃあないよね?」
「どっちも関係ないよ。うちはね、所長が強いの。ただそれだけ」
「強いって……なにそれ?」
景子の話しでは、所長はいわゆる『視える人』らしい。それでずっと苦労をしてきたけれど、歳を重ねるごとにいろいろと覚え、やり過ごし方や避け方を知るようになり、今ではもっとたくさんのことができるようになったという。
「なにそれ……霊能者的なヤツ? それとも宗教みたいなの?」
「そんなわけないでしょう。単に自衛ってヤツみたいよ。除霊とかお祓いみたいなことはできないって言ってたし。そんなことができるって言われたら、違う意味で怖いしね」
「……ごめん、なんか胡散臭い」
オレがそういうと、景子は大爆笑をした。周りの人や店員さんがみんなこちらを向いて、オレはいたたまれなくなってうつむいた。
「私もそう思ったよ。でも、実際にあそこではなにも視えないし、嫌な空気もないの。一歩外へ出たら、いつもと同じなんだけどね」
「……ふうん」
「職場にいるあいだは守ってくれるけど、外に出たら自分のことは自分でどうにかしなさい、ってことみたい」
「どうにか……っていったって、どうにかなるものなの? ましてや自分でなんてさ。そうしたらなんの苦労もいらないじゃないか」
「でもね、私なんかはだいぶ楽になったよ。スルースキルがついたって感じかな」
スルースキル……それがオレにもつくかもしれないってことか?
どうも今一つピンとこない。というか、アヤシイ……。
でもきっと、入社することになるんだろう。こういうの、なんていうんだろう。
虎穴に入らずんば虎子を得ず……?
いや、ちょっと違うか。
気になることは気になるから、思いきってお世話になるのもいいのかもしれない。
「さてと……そろそろ行こうか。プレゼントの選定したら、弘樹の買い物にも付き合うよ」
「オレ? オレは別に買い物なんてないけど……?」
景子の視線がオレの顔をそれて後ろへ向く。
「だって、辞めちゃうんでしょ? 好きな人が。お世話になっているならなにか贈りなさいよ」
「はぁ? なに言ってんの! なんだよ急に! 気にはなるけど好きかどうかなんて……」
「好きだって言ってるし。このあいだからずっと言ってるから。好きな人が辞めちゃうんです~、って」
オレの肩口を指さしてそういう。このあいだ、家にきたときにチラチラ後ろを視ていたのはそれか!
っていうか、どうなっているんだよ! スルースキルとやらは!
できていないじゃないか! スルーが!!!
なんで自覚しきれていない自分の気持ちを、こんなふうに従姉に突き付けられなきゃいけないんだよ……。
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