第29話 従姉ふたたび、の話し。

 翌週、派遣会社の担当さんを含めて間野部長と三人で話しをした。

 期間終了のタイミングは、ちょうど三カ月目に当たる来月末までと、湊さんと同じタイミングだ。

 担当さんは、せめて三年の期限までは……と言ったけれど、どう考えてもこれ以上続けることは難しく、オレは担当さんに平謝りでそれを断った。


 あれから、竹林統括部長も千堂副部長もずっと静かだ。特に誰と話すわけでもなく、淡々と仕事をこなしている。

 平林さんも大人しいけれど、通路を通るときやコピー機のそばですれ違うときなど、ものすごい目でオレや安本さん、湊さんを睨んでくる。

 今となってはどうでもいいことだけれど、なにかしら気に入らないことがあるんだろう。


 オレは今日もいつも通りに設計書を作成して図面を描いた。

 新しく来た楠瀬さんの机に置かれた受付ボックスに書類を置く。


「お願いします」


 安本さんに流れを教わりながらで、まだ余裕がないのか「はい」と小さく返事をして画面とにらめっこをしている。

 席に戻る前に、楠瀬さんの向こう側にいる安本さんをみた。

 ほとんどの業務を教えながらやっていて忙しいだろうはずなのに、今日も魔王がいないのは、新しい人に気遣っているからなんだろう。

 ひょっとすると、このまま最終日まで出ないのかもしれない。

 最後に視たのが、一番怖い魔王だったというのも貴重な体験なのか。

 この日は仕事が終わる前に、スマホのアプリに従姉の景子から連絡が入った。話しがあるから、これからうちに来るという。

 なんだかよくわからないけれど、終業後、オレは急いで家に帰った。


「ただいま。景子ちゃんもう来てる?」

「弘樹、お帰り」


 居間から景子が顔を出す。


「話しがあるってなに? 純也じゅんやになにかあった?」


 純也は景子の弟で、オレの一つ年下だ。今は隣県で一人暮らしをしている。


「そうじゃあないよ。弘樹、また仕事辞めるって聞いてさ」

「ああ……その話し」

「次の派遣先はまだ決まっていないんでしょう?」

「まだだけど……なんで?」


 景子はテーブルの上にカバンから出したパンフレットを置いた。

 手に取ると、それは建築士事務所のパンフレットだった。


「うちの職場、来月で一人辞めちゃうの。弘樹、次がまだ決まっていないなら、うちに来なよ」

「だって景子ちゃんのところ、募集は社員じゃないの?」

「まあね。でも所長に弘樹のことを話したら、一度、面接に来てみないかっていうのよ」

「話した? 話したってなにを?」

「弘樹が視えるもののことに決まっているでしょう」

「社員とかオレには無理だっていうの、なんでかってことくらい、景子ちゃんも知ってるよね?」

「わかっているに決まっているじゃないの。私だって同じようなものだったんだから」

「じゃあ、どうしてそんなこと話しちゃうんだよ……そんなの話されて、面接なんか行けっこないだろ……」


 オレは天井を見上げて目を閉じた。なんとも言えない感情が湧いてため息がでる。

 景子はそんなオレを真顔でジッとみつめた。その視線がわずかにオレの肩越しから後ろへ移る。


「大丈夫だよ。うちでなら、ちゃんと社員で働けるから。それに弘樹、二級建築士持ってるよね? うちに来て実務経験積めば、一級建築士も目指せるじゃない」

「簡単に言わないでよ。オレ、こんなだから全然実務積めてないんだからさ」

「とにかくね、一度来てみなよ。来たらわかるから」

「けどオレ、平日はまだ仕事があるし……」

「土日でも大丈夫だよ。事務所の場所はここと私の家の中間ぐらいだから近いでしょ? 駅からも遠くないし」


 パンフレットを裏返してアクセスマップを指さした。見ると確かに近い。

 景子が心配して気にかけてくれるのもわかるけれど、社員で働けるとか、来てみればわかるとか、曖昧ないい方が変に気になる。

 それに、さっきなにを視ていた?


「一カ月なんてすぐに過ぎちゃうんだから、とりあえず今週の土曜日においでよ。私も出勤しているから」

「景子ちゃんがこう言ってくれているんだから、見にいくだけ行ってみたら?」


 それまで黙って聞いていた母親が、唐突にそう言った。

 両親ともにうるさいことは言ってこないけれど、派遣で次々と職場を移っているオレを心配してくれているのはわかっていた。

 いい加減オレも、親に心配ばかりかけていい年齢じゃあない。

 今は父親も兄もまだ帰ってきていないけれど、きっと二人とも母親と同じことを言うと思う。


「わかったよ……」

「よし! そうしたら、所長と相談して時間を決めるね。あとで連絡入れるから、一応、履歴書は用意しておいて」

「職務経歴書は?」

「要らない。私がわかっているから。あ、パンフレットには目を通しておきなさいよね」


 カバンを持って立ち上がった景子は、腰をかがめるとパンフレットに手を置いた。またオレの肩の向こうを視ている。

 だから……なにを視ているんだって!


「あら? 景子ちゃんもう帰っちゃうの? もうすぐご飯できるし、お父さんも帰ってくるけど」

「うん。今日はこれで。また今度、顔をだすから。おじさんにもよろしく伝えておいて。じゃあね、弘樹」


 パンフレットを手に取り、マップをみた。いつからここで働いていたんだか。

 これだけ近いところまで来ていたなら、ちょくちょくうちに顔を出していたのもわかる。

 裏に返して表紙をみた。おしゃれな家の外観だ。

 パラパラと中をめくる。いろいろな部屋の空間を切り取った写真や、少し変わった外観をした家の写真がたくさん載っている。

 ちょうど景子と入れ替わりに帰ってきた兄と一緒に、パンフレットを眺めた。

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