第25話 見守られている話。
翌日の朝イチに本当に新しいコピー機がやってきた。
折り機能つきの大きなコピー機で、ほか部署の案内状やチラシを作っている部署の派遣さんたちは、目を輝かせている。
安本さんと湊さんも、大きいサイズの図面を折る手間が省けると、嬉しそうだ。
一通り操作の説明を受けて、早速コピーを始めている。ほか部署の派遣さんたちと相談して、使う順番も決めたらしい。
滞りがなくなる目処が立ったからか、あたりは穏やかなラベンダー色に包まれて視えた。
受付後のチェックについても、森村副部長は作業が早いうえに修正箇所に貼られた付せんの文字が奇麗で読みやすい。
内容も的確のようで、支社へ差し戻してもすぐに修正されて戻ってきた。
製本がはかどるだけじゃあなく、仕事の流れ自体が滞りなく動いているからなのか、今日は魔王が出ない。
というよりも、今もオレの向かい側から二つとなりの森村副部長の席で、報告書と設計書を手に進捗を確認し合っている安本さんは、以前視た夕焼けのような奇麗なオレンジ色をしている。
森村副部長のほうは濃い目の落ち着いた青色で、重なった部分が本当に夕焼け空のように視えて、オレは思わず目を逸らした。
オレはあまり話しをしたことがないけれど、浅川さんや毛塚さんと話しているときの森村副部長は、さわやかそうで気さくな雰囲気だった。
(そういえばあのときの男も一見さわやかそうだった。そういうタイプが好きなんだろうか?)
モヤモヤした気持ちを切り替えようと席を立ったとき、変なねずみ色のモヤが足もとにまとわりついているのが視えた。両手で足もとを払い、トイレに向かうと顔を洗った。足もとにはまだねずみ色がついてきている。
(なんだこれ……気持ち悪いな……)
もう一度、足もとを払うと早足で自席に戻ろうとした。フロアに入ってすぐ、会議室の前で千堂副部長に呼び止められた。
「木村くん、ちょっとよかと?」
「……はい? なにかありましたか?」
会議室の中には平林さんがいて、机の上には書類が何種類も積まれている。例のカタログとやらの中身だろうか。
「手が空いとったら、製本の手伝いをしてほしいんよ」
「えっ……でもオレ、安本さんの手伝いが……」
「向こうは森村くんも湊さんもおるやろ」
「いや、でもみんな、ほかの手伝いができるほど暇じゃないと……」
「平気平気。こっちは平林さんしかおらんけん、木村くんが手伝ってくれると助かるんよ」
千堂副部長がオレの肩に手を回し、会議室へ押し込もうとする。
「いやいや、オレには無理です。自分の仕事だって――」
「なにしてんの? 木村くん、どうかした?」
抵抗しようとしたちょうどそのとき、浅川さんが外からフロアに入ってきたところだった。
「ちょっとさ、急な案件が入ってきたから。木村くん、悪いんだけど図面の修正頼める?」
「ちょっと待ってや。木村くんにはこっちの仕事を手伝ってもらわんと」
「なに言ってるんですか? それ、うちの仕事じゃあないですよね? 木村くんはうちの部署の派遣さんなんだから、こっちの仕事が優先で当り前じゃあないですか」
「それはそうやろうけども!」
「とにかく、そっちの仕事は平林さんの部署でやってくださいよ。そっちだって社員もパートさんもいるでしょう?」
浅川さんがあまりにも真っ当なことを言ったからか、千堂副部長が黙った。平林さんは会議室の奥でオレたちを睨んでいる。その色がねずみ色で、あのモヤは平林さんかもしれないと思った。
オレは浅川さんに促されて会議室を離れた。
「木村くん、危なかったな。ごめんな~、巻き込んで」
「それはいいんですけど……どういうことですか?」
「安本さんがね、木村くんが巻き込まれるかもって心配して、森村さんに相談していたんだよ。だからみんなで、注意してみてたの」
「あ……派閥……ですか?」
「うん。ホラ、木村くんは今は派遣だけど、直接雇用の可能性もあるでしょ。今のうちに取り込んでおきたかったんじゃあないかな」
浅川さんは申し訳なさそうな表情で苦笑いをした。オレも苦笑するしかなかった。
思った以上に面倒な状況になりそうだ。巻き込まれるのだけはなんとかして避けたいけど、その前に嫌な色に苦しめられそうな気もする。
自席に座ってため息を漏らすと、頭をポンポンと叩かれた。振り返ると、安本さんだ。
「みんな、巻き込まれないようにちゃんと見ていてくれるから、大丈夫ですよ」
そういって笑った。
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