第24話 昇進の話。
結局、この件はかなりの問題になった。
チェックの戻りがなく、納期が近づいても製本が届かないと、各支社がしびれを切らして連絡をしてきたそうだ。
千堂副部長のチェックの遅れはともかく、コピー機を丸一日使えなかったのがまずかった。
オレたちの部署だけでなく、当然のことながらほかの部署でも業務に差し支えたらしい。
今までになにがあったのか、オレにはよくわからないけれど、多くの派遣さんが憤懣やるかたない様子だ。
平林さんと千堂副部長を見る目がどこまでも冷たい。
揉め事になったというのが事業部長の耳まで届いたらしく、急遽、間野課長が面談にやってきた。
フロア奥の部署にいる派遣さんたちから呼ばれはじめ、よほど不満が溜まっていたのか、結構な時間が費やされ、オレたちが呼ばれたのはお昼を過ぎてからだった。
「大体の話しは聞いたんだけど、えらい目にあったねぇ」
間野課長に促されて湊さんが説明をはじめ、それを安本さんが補足していった。
正直、オレはそこまで被害を被っていないし、平林さんのことも昨日知ったくらいだから、ただ黙って話しを聞いていた。
「――なので、コピーできないのも困るんですけど、チェックされないのが一番の問題です」
「うちが提出している報告書も、件数は多くないけど戻ってこないんです。これが戻ってこないと設計書の作成にも影響出るし。それに、物件が少ないうちが遅れているってことは、支社はもっとですよね?」
「そうね。特に九州とか北海道は、配送にも時間がかかるから、書類が間に合わないんじゃないか気が気じゃないみたい」
「そうですよね……本当にすみません。千堂さんにもチェックを急いでくれるように言っているんですけど……」
「あー、もうね、いいの。安本さんにはなんの責任もないんだから。湊さんも木村くんも、三人ともなにも悪くないのよ」
間野課長の色は落ち着いた明るい緑色をしている。仕事の進行状況を考えると、そう落ち着いてもいられないきがするんだけれど……。
「今日からチェックは森村くんに回していいから」
「えっ……森村課長にですか?」
「副部長よ。森村副部長。この間ね昇進したの。仕事のできる人だから任せちゃって大丈夫よ」
「でも千堂副部長は……」
「仕事しない人に回しても進まないでしょう? 金森事業部長からの指示だから、このことは森村くんも知っているし、安心して仕事をすすめてくれる? 湊さんも、このあとはいつも通り進めてくれて構わないから。木村くんは、申し訳ないけど手が空いたら安本さんを手伝ってあげて。浅川くんにも木村くんが安本さんを手伝うこと、伝えておくから」
「わかりました」
「間野課長、じゃあ私、このあとコピー機堂々と使っていいの?」
間野課長は湊さんの言葉にニヤリと笑って頷いた。
「部長よ。私は部長に昇進したの。それなりに権限もあるわ。コピー機のことは心配しなくていいから。明日にはもう一台増やすからね。忙しくなって大変だと思うけど、急いで進めてくれる? 支社もやきもきして待っているだろうから」
オレたちはそれ以上、言葉が継げなかった。あまりにも急な変化に戸惑いながら会議室を出ようとしたところで、間野部長が安本さんを引き留めた。
「安本さん、ちょっとまだあるんだけど、いいかしら?」
「あ、はい」
もう一度、安本さんが椅子に腰をおろしたのを尻目に、オレと湊さんは自席に戻った。
「なんか……突然の進展でしたね。森村課長だけじゃなくて、間野課長も昇進したなんて全然知りませんでした」
「う~ん……でもなんとなくわかったかも。まあ、私には関係ないけど。コピー機が増えるのは助かるよね」
「もう揉めなくてすみますもんね」
「ホントだよ。平林にガタガタ言われなくて済むわ~」
「ところで、なんとなく、なにがわかったんですか?」
そう聞いたオレに、湊さんは少しだけ身を寄せてくると、小声で言った。
「派閥でしょ。竹林統括部長と金森事業部長、事業部長が勝ったってことだよ。千堂さんは統括部長派で、間野さんと森村さんは事業部長派なの」
でたよ……。
派閥……。
この職場は派閥争いとは無縁だと思っていたけど、違ったのか……。
なにか思惑があっての、今度の揉め事だったのだろうか。仕事の進捗状況に影響がでるなんて嫌な感じだ。
自制心の強い人が多くて、穏やかな職場だと思っていたし、実際、嫌な雰囲気を感じることもほとんどなかったのに。
そう思ってみると、妙にフロア内が濁って視えた。
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