第19話 言葉遣いの話。
土曜の夕方、都内の大通りに面したガラス張りのお店にオレはいた。
この日も安本さんと映画を観た帰りで――。
「ずっと前から行ってみたいお店があったんですけど、一人じゃあ入りづらくて……」
そう言った安本さんにつき合って来たのだけれど……。
「あの……オレ、場違いすぎませんか?」
ちょっと居たたまれない気持ちになっていた。
おしゃれというのか、かわいいというのか……。
星座をモチーフにしたメニューが豊富なお店で、店内は女性と子ども連れが多い。もちろん、男性もいるにはいるけれど……。
「大丈夫、私のほうが場違い感あふれていますから。思っていた以上にかわいらしいお店でした。ちょっと急いで飲んじゃって、場所を変えましょうか」
安本さんはそう言いながら、星形のグラスに入ったドリンクの写真を撮り、焦った様子で飲み始めた。
水滴のような形をした水色が、アニメに出てくるラッコのキャラクターのように、頭上で散っている。
(こんな出方もするんだ……)
吹き出しそうになるのを必死に堪えた。
こんなお店にきたのはオレも初めてのことで、ほんの数十分しかいなかったけれど、なかなかできない経験だと思った。
そこからほんの一分程度の距離にある、落ち着いた雰囲気の喫茶店に入り、ホッと一息ついた。
「すみませんでした。なんとなく雰囲気はわかっていたんですけど、あんなに自分が浮いちゃうとは思いもしなくて……ただ、昔からずっと気になっていて。一人で入るには勇気がいるし……変なところにつき合わせちゃって、本当にすみません」
「いやいや、全然かまわないですよ。オレもああいった場所は初めてで、長くはいられないですけど、ちょっと面白かったです」
「そうですか? そう言ってもらえると助かります」
安本さんがそう言うのを聞いてふと思った。
「安本さんて、いつも敬語というか丁寧語? みたいな話しかたですよね。タメ口でもいいんじゃないですか?」
安本さんは目を見開いてオレをみた。
「みんなそうですし……湊さんもタメ口ですよね。オレのほうが年下ですし職場でも下っぱなのに、なんでなのかなって思ってて……」
「う~ん……古い友だちなんかにはそうしてますけど、仕事やちょっとしたことで知り合った人には、ついこの話しかたになっちゃうんですよね」
「名前も、千堂副部長はともかく、湊さんやほかの人も『くん』付けなのに、安本さんはオレのこと『さん』付けじゃないですか」
「もう、完全に慣れですかね。ずっとそうやってきましたから。それに、木村さんは下っぱじゃないです。同僚ですよ」
駅に面した大きなガラスの窓から夕陽が差し込んで、安本さんをオレンジに染めている。
ニコニコと笑っている安本さんは、うつむき加減にコーヒーを飲んだ。
決して美人というわけではないし、ぽっちゃりというより太っている人だけれど、オレはこの人を奇麗だと思った。
そう思ったと気づいた瞬間、店内をオレンジ色が染めていることにも気づく。
ガラスの向こうは夕焼けに間違いはないけれど、今この店内に広がっている温かな色は安本さんの色だ。
一緒にいるほどに視えるものが増える。
感情的になっているようにもみえないのに、こんなに広範囲に色があふれるなんて。
知るほどにわからなくなる。わからないから知りたくなる。
矛盾する感情を持て余し、オレは手もとのコーヒーをジッとみつめた。
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