第18話 いい人と面白い人の話し。
あれからも安本さんとは仕事帰りや休みの日に、ときどき映画を観にいっている。最近はアメコミ映画だけじゃあなく、アクションもののシリーズやファンタジー映画なんかも観ている。
どうやら、非現実的な設定の作品を好んでいるようだ。観終わったあと、主人公になりきったみたいに眼光鋭く決め台詞をつぶやいている姿をみたときは、思わず笑ってしまった。
気がつけばいつの間にか、オレがこの職場に派遣されてから一年半が過ぎた。
これまでは長くいられても半年の更新が限界だったことを思うと、とんでもなく長続きしているような気持になる。
ほかのみんなには、至って普通のことなんだろうけれど。
今日も昼休みに、湊さんや千堂副部長と一緒に安本さんのデスク脇の書棚で雑談をしていた。
これだけでも、今までと違うと思える。まず、オレがこんなふうに人の輪に入って雑談すること自体がありえなかったんだから。
「そういやあ、そろそろ次の調査報告書が上がってくるけんね」
「えっ? もうですか?」
「今年は漏れなく全部周りよったらしいけん、木村くんも忙しくなるっとよ」
「オレはいつも浅川さんや門脇さんに助けられているんで大丈夫ですけど……」
「私も、首都圏は物件がそんなになかったから、もう終わるよ」
湊さんがそういうと、千堂副部長は苦笑して答える。
「あんたんとこはスタートなんやから、遅れとったらこっちが困るやろ」
「それもそっか」
「一番忙しくなるのは安本さんやね。また黒いオーラを出しよるんやろ?」
「……なにいってるんですか。黒いオーラなんて出していませんよ。そんなモノが出る訳がないじゃないですか」
安本さんは軽く千堂副部長を睨んで、ニヤリと笑った。
(あ……無意識に出している訳じゃなくて、自分でわかってやっているんだ)
オーラが出る出ないの話しでもなくて、単純に話しかけないでほしいという雰囲気を、わざと出しているのか。
確かにアレが出ているときは本当に忙しそうだから、本気で話しかけてほしくないと思っているんだろう。
自分からそんな雰囲気を醸し出しているなら、それは周りの人たちも『黒いオーラ』くらい感じるに違いない。
だからといって、誰も魔王が出ているとは思いもしないだろうけど。
思わずオレも、プッと吹き出してしまった。
つい、安本さんの頭上に目を向けてしまう。今は忙しくないから、当然アレも出てはいない。
安本さんが怪訝そうな目つきでオレを見た。
「いやいや、あんたいっつも黒いオーラ出しよるよ? やけん、俺が空気を和らげようとしとるんやから」
「千堂さんのはただの邪魔でしょ! ね、安本さん」
「ホントですよ。ただの邪魔ですから」
「ヒドイこといいよるね~。俺のこの細やかな心遣いがわからんと?」
初めてアレを見た日、千堂副部長がやたらと安本さんに話しかけていたのも、空気感が伝わっていないんじゃあなくて、わざとだったんだ。
そりゃあ、魔王も激しく威嚇するだろう。
「心遣いじゃなくて、細やかな嫌がらせでしょ!」
「湊さんのいうとおりですよ。完全に嫌がらせにしかなってませんから」
「ホラ~、安本さんもそう言ってるし。木村くんもそう思うよね?」
おっと。こっちに話しが振られてしまった。
三人ともなんだかんだで楽しそうな雰囲気で、みんな明るい黄色だ。
千堂副部長の目が、味方を欲しているけれど……。
「はい。オレも嫌がらせだと思います」
「でしょー? ね? みんなそう思ってるんだって」
あからさまに落ち込んでいるふうに装って書棚に突っ伏した千堂副部長の肩を、湊さんはポンポンと叩きながらそう言った。
「木村くんまでヒドか。俺はもう、あんたたちのことは嫌いやけん。もう二度と口聞かんけんね」
千堂副部長は、捨て台詞のような言葉をはいて泣きまねをした。
安本さんも湊さんも大爆笑している。
本当にこの人たちは面白い人たちだと思う。良いか悪いかは置いておいて、千堂副部長も和らげようとしているのは本当のようで、いい人なんだなぁ、とつくづく思う。
(とは言え……)
すみません。味方にはなれませんでしたよ。さすがにあんなに魔王を怒らせているのはどうかと思うので。
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