第15話 土曜日の話し。

 緊張のせいで早めに目が覚めた。

 支度をしながら、早く家を出て映画館の近くでゆっくりするか、時間ギリギリで出て極力周りと接触しないようにするか考えて、オレはギリギリに出ることに決めた。

 早く出かけていって、もしも変な色と遭遇して具合が悪くなったら……。


「すみません、やっぱり行かれません」


 なんて口が裂けても言えないから。

 十四時の回だから、少しゆとりをもって十三時半にロビーで待ち合わせている。そこから逆算して家を出た。

 電車はやっぱり混んでいた。降りてから映画館までの道も人混みで目眩がしそうだ。今は昼間だし、みんな遊びに来ているからか、比較的明るい色が広がっていて、具合が悪くならずに済んだ。

 エスカレーターを上がってロビーに入ると、安本さんはもう来ていた。


「待たせちゃってすみません」

「いえいえ、まだ時間の前ですよ。それに、私もつい今しがた来たところなんです。結構人が多いんで、先に飲み物を買っておこうかと……」

「あ、それじゃあオレも一緒にいきます」


 ポップコーンやホットドックもあるからか、長めの列ができている。十分以上待って、買い終わったときにはちょうど開場の時間だった。

 このシリーズは子どもにも人気があるからか、家族連れがたくさんいた。ざわざわと賑やかで人が多い割りに、妙な色がなくてホッとする。

 オレは安心して映画に集中できた。


「今回も面白かったですね」


 映画が終わり、ロビーをエスカレーターに向かって歩きながら、安本さんは満足そうに笑った。


「ですね。エンドロールの最後、あれ次回もありますね」

「ね。あれがあるから、ついエンドロールの最後まで見ちゃうんですよねぇ。絶対に途中で立てませんよ」

「オレもです」


 映画館の入っているビルをでると、夕方の時間でもまだ人が多い。

 帰るにはまだ早い気がして、近くのカフェに誘ってみた。もう少し映画の話しもしたかったし、安本さんのこともいろいろと聞いてみたかったからだ。


「いつもって、一人で観にいくんですか?」

「そうですね……だいたい、一人です」

「へえ……でも、終わった後に映画の内容とか話したくなったりしません?」


 オレがそう聞くと、安本さんは少し困ったようにうつむいて、ためらいがちにオレをみた。


「うーん……そうは思うんですけど、私の周りって考察が好きな人とか難しい映画の見方をする人が多くて……」


 この監督は、あのシーンをこう見せたくて撮ったに違いない。あのシーンのあれは、次のシリーズの伏線で、こうなるに違いない。諸々……。


「私、そんなに頭が良くないんで、そういう見方じゃあなくて、単純にしか見てないんですよ。映画の世界観を楽しみたいっていうか……こう、呪文を唱えたらあの魔法が使える、みたいな……うまく言えないんですけど、こうしたら蜘蛛の糸が出る、とかって」


 そういって安本さんは、軽く握った手を上向きにして手首を突き出すように腕を伸ばした。


「まあ、出ないんですけど。でも、出ないとは限らないって思っているっていうか……前提として蜘蛛に噛まれなきゃいけないんで、それは嫌なんですけど。そんなふうに、映画の中だけの世界が現実に起こるかもって考えるのが楽しいので、あまり難しく語られちゃうと、ちょっと……」


 余韻をそういうふうに楽しみたいから一人で観ます、と安本さんは言いながら、コーヒーのカップを口につけた。

 言ってることは良くわかる。

 オレは両手の手首をつけて腰のあたりまで引いてから、前方に突き出すしぐさをしてみせた。


「こうやったらエネルギー砲が撃てる、的なやつですよね? オレも頑張ったら撃てると思ってるんですけど」


 安本さんはそれをみて吹き出し、コーヒーが波立ったのか、カップをテーブルに置いた。


「そうです、それなんですよ」


 そういって、あははと笑った。


「オレもどっちかというと、そういう見方です。ヒーロー願望が強いんですかね。きっと戦ったら強いんじゃあないかと」


 安本さんはそれを聞いてもっと笑った。


「いいじゃあないですか。私もきっと強いですよ。とんでもない能力を持ってたりして。無双ですよ、無双」

「じゃあ、オレたちは無敵ですね」


 笑いながらそう言ったとき、ふと気づいた。安本さんの色が完全にクリアだ。なにも視えない。

 店内に視線を走らせる。

 全員が透明だった。

 こんなの初めてだ。


「次回はいつごろなんでしょうね。楽しみですよね。ほかのシリーズもいくつか新作きそうですし」


 安本さんの声にハッと我に返った。


「また行きませんか? 一緒に。なんならほかの作品とかでも。オレ、安本さんの行きやすい劇場でも全然行きますから」


 つい、前のめりに誘ってしまった。安本さんは少しのけ反って腕を組むと


「そうですね……いいですよ。時間が合えば行きましょうか」


 と言った。

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