第16話 クリアな話し。

 カフェを出て駅へと向かって歩きだす。

 隣で人気のあるアメコミ原作の映画についていろいろと話している安本さんに返事をしながら、人波をみつめた。

 誰にもなんの色も視えない。


「あれを観ていると、私も人の気持ちが読めたらいいのに、って思うことがありますよ」

「人の気持ち……ですか?」

「ええ。だってそれがわかれば、防衛策が浮かぶというか……嫌な目に遭わなくて済みそうじゃあないですか」

「そうかもしれないですね……」


 実際はそうでもない。視えてたってどうしようもないことばかりだ。

 ハッキリとした気持ちや考えていることが読めるのは、また別なのかもしれないけれど、防衛策は浮かんでも、避けようはない気がする。

 安本さんがそう思うのは、思いたくなるような目に遭ったからか。そういえばホラーなアレが出ていたっけ。

 けれど……読めないほうが、いいことが多いんじゃあないだろうか?

 と思いながらも、今、この、なんの色も視えない世界が少しだけ怖い。

 視えなきゃいいのに、っていつも思っていたはずなのに、いざ視えなくなると人の悪意がわからないから、なにか起こる前に逃げられなくなって困る。

 例えば、人混みに紛れて正面から変質者が来ているとして、気持ちの悪い色が視えていたら脇道に逸れることができるけれど、今はなにも視えないから避けようがない。

 駅へと続く地下道の階段を下りながら、安本さんはとめどなく話しを続けている。


「来月、ハリウッドの新作で……」

「スパイのやつですか?」

「そうそう。それも実はずっと観ていて好きなんですよ」

「じゃあまた行きましょうよ。仕事の帰りでもいいですし、休みの日でも構いませんから」

「……じゃあまた仕事帰りにでも。いい時間があれば」


 ホームに着くと、ちょうど上りも下りも電車が着いたところだった。


「それじゃあ、今日はありがとうございました。気をつけて帰ってください。また、月曜日に」

「はい。こちらこそ、ありがとうございました。木村さんも気をつけて」


 それぞれ電車に乗り、そのまま別れた。

 電車内をみても、乗客に色は視えない。

 スマホを取り出すと、チャットアプリで匡史にメッセージを送った。


≪今日、出かけてる?≫


 すぐに返事がきた。


≪いや? なんかあったか?≫

≪夕飯いかないか?≫


 オーケーのスタンプが届く。


≪じゃあ、駅前で十八時半で≫


 ラジャーのスタンプが返ってきたのを確認して、オレはスマホをしまった。

 色が視えなくなった。これまで散々、心配や迷惑をかけてきた匡史と萌美には早く知らせたかった。

 駅に着くと、小走りで階段を下りて改札を出る。匡史はもう駅前に来ていた。いつもの色はやっぱり視えない。


「よー、どうした? そんなに急いで」

「いやさ、オレ、色が視えなくなったみたいだ!」

「えっ! マジか! やったな、もう振り回されなくて済むじゃんか!」


 驚きの声とともにパッと明るく笑った匡史の周りにひまわりのような濃い黄色が広がった。


 ――え?


 視えてる……。

 ウソだろ……?

 そのまま視線だけを動かして周囲をみた。人出の多い駅前は、色とりどりのいつもの景色だった。

 オレは泣きそうになったよ。わざわざ匡史を駅前まで呼び出して、喜ばせちゃったのに。


「……ウソ。悪い、やっぱ視えてた」

「はあ? なに? どういうこと?」


 そりゃあ、そう言うよな。オレも思うよ。どういうこと?

 とりあえず駅前の定食屋さんに入った。

 今日、映画を観にいったあとから今まで、色が視えなくなっていたことを話した。

 帰ってくる電車の中でも、誰の色も視えなかったのに……。

 匡史は嫌な顔一つせず、オレの話しを笑い飛ばすと


「まあ、そんなこともあるんじゃね? 気にすんな」


 と言った。

 友よ……。すまん。ここはオレが奢る。

 期待したぶん、がっかり度が高すぎで、ため息しか出なかった。

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