第14話 金曜日の話。
昼休憩になって安本さんと連絡先を交換してから、すぐに時間を調べた。
十九時二十五分。
仕事が終わってから一番早い回が、この時間だった。オレとしては普通だと思うけど、安本さん的にはどうなんだろう?
前に映画館で出くわしたときは、ロビーに出たのが二十一時……夜の九時ごろだった。
この回だと、終わるのはもっと遅くなる。断られてしまうだろうか……。
とりあえず劇場と時間とスクリーンナンバーの入った画像を安本さんに送った。
斜め後ろにいるんだから、声をかければいいだけの話しなんだけれど、せっかく連絡先を交換したんだから、なにか履歴を残したかった。
直後、オーケーの文字が入ったかわいいキャラクターのスタンプが返ってきてホッとしたのだけれど……。
今朝の通勤電車に乗ってからも、気が気じゃなかった。
今日も昨日に引き続き製本の手伝いをしていたあいだも、ひょっとすると「やっぱり帰りが遅くなりますし、やめておきましょうか」なんてことを言われるんじゃあないかと。
実際はそんな話しにはならず、無事に仕事を終わらせて、一緒に職場を出た。
「始まるまでちょっと時間ありますけど、なにか食べてから行きますか?」
会社から映画館までの緩い坂道を、並んで一緒に歩きながら聞いてみた。
「そうですね。ガードをくぐる手前にカフェがあるんですよね。そのちょっと先にはとんこつラーメン屋さんもあるし……どっちか寄っていきましょうか?」
オレは思わず安本さんの横顔を見た。
カフェはともかく、ラーメン屋……。
オレの記憶だと、ガードをくぐった映画館の手前にはファーストフード店があるんだけれど。ラーメン屋より近いはずなんだけど。
(食べたいのかな? ラーメン……)
「じゃあ、ちょうど夕飯にもなりますし、ラーメン行きますか?」
「そうしましょう。そのお店、出てくるの早いんで、時間には余裕で間に合いますよ」
案内をしてくれるかのように数歩前を歩く安本さんは濃くて明るいオレンジ色をまとっていた。
(やっぱり食べたかったんだな、ラーメン)
後姿を眺めながら、オレはちょっとニヤけてしまった。
カウンターだけのこぢんまりしたお店で、一杯の量もほかの店に比べると少なめだからか、食べ終えるのも早めで、余裕をもって劇場へ入れた。
チケットと飲み物を買い、時間までロビーのソファに腰を下ろしていた。
安本さんは、今、公開中の作品や、これから公開される作品のチラシが並べてある棚を眺めている。
「なにか面白そうなのあります?」
「木村さん、こっちのシリーズは観たことあります?」
そういって安本さんが手に取ったのは、魔法使いの出てくるファンタジー映画だ。
実はそれも全部観ている。最初のほうはレンタルでだけれど。それを伝えると「やっぱり」と言って安本さんは笑った。
「新作、明日からなんですね」
「ですね。なんならこれも、一緒に観ます? 明日とか」
「えぇ……初日って混むじゃないですか……」
確かに。
初日の人の多さは苦痛ではある。しかも土曜日だと、どこも混む。
でもオレは、このチャンスを逃しちゃいけない気がした。
「窓口で前売り買って、席が空いてたら予約しちゃえば大丈夫じゃないですか? 空いてなかったら来週とかどうです?」
「ああ、なるほど……」
すぐに窓口へ行くと、チケット売り場のスタッフさんにあれこれ聞いた。
明日の十四時からの回は、まだ席に余裕があった。安本さんに聞いてみると、その時間なら大丈夫だという。
オレはすぐさまチケットを買った。
そうこうしているうちに開場の時間になり、オレたちは席へと向かった。
楽しみにしていたはずの映画は、内容の半分も頭に入ってこなかった。
勢いで誘ってしまったけれど、明日、どうしたらいいんだろう……?
人づき合いのスキルがなさすぎる自分が情けないと思った。
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