第13話 思いきった話し。

『ちょっと仲良くなってみるとか、してみたら?』


 昨日の夜、従姉の景子に言われたことを反芻しながら出勤してきた。

 いつものように、社員さんたちとあいさつを交わしながら、席に着く。この数カ月でほとんどの現場の調査が済んだようで、今週はメールの件数も少ない。

 しばらくは各所で工事が行われ、そのデータや報告書が上がってくるまでは、業務量も落ち着くようだ。

 そのせいか、安本さんから魔王が出ている時間は短くなっている。

 オレも手が空く時間が増えてきて、間野課長に頼まれて安本さんの製本を手伝った。

 部署に届く報告書のすべてが最後にここへ集まるんだと、手伝ってみて改めて気づく。


「やってみると、すごい量ですね……取引先が多いと部数も増えるし」

「いつもは、こんなに多くないんですけどね。今回、イレギュラーなことがあったから仕方がないんですけど」


 現地調査が全然進んでいなかったのを、まとめて消化したんだから仕方ないですよね、と言って安本さんは笑った。

 明るめのクリアなオレンジが視えるから、この作業自体は嫌いじゃあないんだろう。それでも、あまり大量にあると、それこそトイレに行く時間も惜しいと言った。

 そんなに忙しければ、そりゃあ誰にも話しかけられたくはないだろう。魔王が威嚇してくるのもわかる。


 最初はただ黙々と作業をしていたけれど、慣れてくると少しずつ雑談もできるようになっていった。

 話す内容も、最初こそ仕事の作業についてや図面の引き方だったのが、だんだんと漫画や小説、映画の話しやテレビのお笑い番組のことと、仕事以外の話しに変わっていった。

 アメコミ映画のシリーズを一から観ているというだけあって、そのあたりの趣味は似ているようで、幸いにも会話は弾んで途切れることはなかった。


「そういえば、あのシリーズのキャラでスピンオフやってるじゃないですか。もう観ました?」

「私、ずっと忙しかったから疲れちゃっていて。まだ観てないんです。でも、早く行かないと終わっちゃいますよね」

「そうなんですよね。オレもまだ行けてなくて。早く行かないと、次のシリーズ始まっちゃうじゃないですか」

「ええっ!」


 安本さんは驚きの声を上げると、手もとに向いていた視線を上げてオレをみた。


「新シリーズってもうやるんでしたっけ?」

「このあいだ、ネットニュースになってましたよ?」

「え~……それは見逃してました……それじゃあ、早く観にいかないとですよね」

「明日、金曜じゃないですか。次の日は休みですし、良かったら仕事あがりに一緒に行きませんか?」


 オレは思いきったよ。清水の舞台から、まさに飛び降りたかのように。

 このまま、落下するだけかもしれないけれど、言ってみなければ始まらないからね。もしかすると、これが仲良くなれるきっかけ? になるかもしれないわけだしさ。

 ジッと安本さんの色を視た。オレンジがもっと明るくなって、レモンのような黄色になった。嫌がられてはいないようでホッとした。


「そうですねぇ……じゃあ、ちょうどいい時間があれば行きましょうか」

「じゃあオレ、あとで時間を調べてみます。安本さん、チャットアプリなにか入れてます?」

「あ、はい。一応」

「そうしたら、お昼のときにでも連絡先登録してもらっていいですか?」

「わかりました」


 やった。またちょっと近づけた。

 オレは心の中でガッツポーズしたよ。こんなこと、初めてかも。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る