第11話 ざわついた話。
それから数カ月のあいだは、案件の絶対数が激増したことで、オレたち派遣も含めてみんなが忙しかった。
安本さんは、ほぼ毎日、魔王を漂わせている。
以前より少しだけ話しができるようになって、勝手に距離が近くなったような気分になっていたせいか、魔王もそれほど怖さを感じなくなっていた。
ある朝、オレはいつものように出勤してきてメールをチェックしていた。
出勤してくる皆の挨拶が聞こえてきた。添付のデータを印刷しながら挨拶を返していると、湊さんが急に立ち上がって、早足で入り口へ向かっていった。
「おはようこざいますー! えー! なんで? どうしたのー?」
入り口近くがざわつき始め、なにがあったのかと振り返った。
湊さんやほかの派遣さんたちと、通路をやってきたのは安本さんで、今朝は久々にクリアな水色をまとっていた。
(わ……アレがいなくなってる……)
灰色のホラーなヤツは、かなり長いあいだいたけれど、ついに消えたようだ。
「思いきったね~、ビックリした~」
「もったいない気もするけど、似合ってるよねー!」
「ホントですか? ありがとうございます」
チャイムが鳴って、席についた安本さんの背中が見えた。
(あっ……!)
腰のあたりまであった長い髪が、ショートカットになっていた。
これは湊さんもビックリするはずだし、思いきったと言うだろう。バッサリどころの話しじゃないと思った。
社員さんたちもあまりの変わりように驚いたようで、一体なにがあったのかと、わざわざ安本さんに聞きにいったりしている。
「別になにもないですよ。単に夏になるからっていうだけです。あと、伸ばしすぎて髪の痛みがひどくなっちゃったからです」
「え~。ホントのところはどうなの? なにかあったんでしょ?」
などと食い下がっている人もいる。聞いているほうは悪意があるわけじゃなく、単純に好奇心のようで、変に明るい黄色をしているけれど、悪意がなければいいってもんじゃないと、オレは思う。
「なんね! 安本さん、失恋でもしたと?」
「そんなわけないじゃないですか。暑くなったら邪魔になるからですよ」
千堂副部長に至っては、ストレートに聞きすぎだろう。
ほんの一瞬だけ安本さんの頭上に、ノイズのようにアレが視えた。否定していたけれど、千堂副部長の言ったことが当たっていたのかもしれない。
数時間も経つと、もうずっとショートカットだったかのように、誰も気にしなくなったようだ。
いつまでも他人のプライベートに首を突っ込むような人は、そうそういないよな。仕事も忙しいんだから当然のことだろう。
ただ、実はオレはちょっとだけ気になっている。
なにがあると、あんなモノが出るのか。元気になったのなら良いんだけれど、楽しいときにはまた別のモノが出るのか。
(安定して出てくるのが魔王っていうのも、どうなの? って思うんだよなぁ……)
受付をお願いしようと手にした報告書を持って立ちあがった。今日も睨んでくる魔王を前に、小さくため息をついた。
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