第10話 違うモノの話。
月曜日。
いつものように出勤してきてフロアに……。
入り口を入る前に気づいた。今朝はオレよりも安本さんのほうが早く出勤してきていた。
(今度のアレはなんなんだ……)
長い髪を垂らしているらしい、顔も見えないソレは、前かがみでうつむいている。ホラー映画のキャラクターのような姿だ。
落ち込んでいるのか悲しんでいるのか、魔王のときとは違って、薄い灰色と濃い灰色が混じって形を成している。
「おはようございます……」
安本さんの後ろを通り自分の席に着くとき、もう一度ソレを視た。魔王のときのように、こっちを睨んでいたらどうしようかと思ったけれど、ソレはただジッと佇んでいるだけで、ピクリとも動かない。
少しだけホッとした。
仕事の合間にも気になって目を向けてみると、忙しいときにはやっぱり魔王がいる。
(あ……そこは変わらないんだ)
そう思った。
手が空いたらしいときや昼休みのときなどは、いつもなら隣の部署の派遣さんたちと楽しそうに話し、奇麗な色をまとっているけれど、今日は楽しそうにしながらも、色はホラーだ。
なにがあったのかオレには知る由もないけれど、いつもと変わらない様子のわりに、色はまるで違うというのは結構すごいと思う。以前、何度かクリアじゃない色をまとっているところは視た。形になっていないことのほうが多かった気がするのに、二体も視えたということは、ほかのバージョンもあるんだろうか?
「なに話しているんですか?」
ある日の昼休み、オレは思いきって安本さんと隣の部署の派遣さんである湊さんに声をかけてみた。
ほんの少しでも話しができるようになれれば、ただ視えるだけじゃなく、視える理由がわかるかも……と思ったから。
「今、うちの部署の社員さんたち、現場に行ってるじゃないですか」
そういって、湊さんは書棚の上に置いてあった、お菓子の箱を差し出してきた。あちこちの地方で買ってきたらしい、限定品のお菓子が数種類ある。
その中から見覚えのあるものを一ついただいた。オレが手にした瞬間、安本さんが笑った。
「やっぱり、それ取りますよね」
「え?」
「おみやげ。買ってきてくれるのはありがたいんですけど、変な味のものばかり買ってくる人がいて」
「ああ、ジンギスカンのやつとか」
何日か前にも数種類のお菓子が置いてあり、ジンギスカン味のお菓子を口に入れた千堂副部長が、一瞬で吐き出していたのをみていた。その前には、ポテトチップス味の飴を食べた事業部長が、流しに駆け込んだのもみている。
ポテトチップス味なら、普通にポテトチップスを買ってきたらいいんじゃないかとオレは思うけれど。
「いやげものを食べたときの、みんなの顔を見るのが楽しみだっていうの」
「それはひどいですね」
「当の本人は現場だから、食べているみんなの顔なんて見れやしないのに」
安本さんも湊さんも、馴染みのあるお菓子だけしか手をつけていないらしい。
「なんしよっと? あんたたち、木村くんイジメとるんじゃなかろうね?」
昼ご飯から戻ってきた千堂副部長が、書棚の前で話していたオレたちの輪にまざってきた。
「木村くん。気をつけないと、このオバサンらは変なものを食べさせようとしてくるけんね」
「ちょっと! オバサンなんて失礼な! それにあれは、千堂さんが自分で選んで食べたんじゃないの」
「いやいや、二人とも俺とそんなに歳変わらんやろ? それに俺は、渡されたから食べたんよ」
「なに言ってるんですか。私と千堂さんじゃ、十一歳も違うじゃないですか。湊さんとはもっと違いますよね?」
三人は言い合いながら笑っている。きっといつも、こんな砕けた感じで話しているんだろう。
というか、年齢のことを言われても、オレにはよくわからない。
「千堂副部長って、いくつなんですか?」
「俺は四十六よ」
千堂副部長が四十六で、安本さんと十一歳違うってことは……。
「木村くん、俺の歳からさかのぼって安本さんの歳考えよる」
「あっ! いや、そういうつもりは……女性に年齢聞くのもどうかと思って……」
「あはは。三十五、三十五ですよ。私、そういうの気にしないんで、普通に聞いてくれて大丈夫ですよ」
オレより十歳年上だったのか。
湊さんと千堂副部長と一緒に笑い合っている安本さんをみた。
こんなに笑っているのに、やっぱり色は灰色で形を成している。最初に視たときから数日たっているのに、変わらないままというのは、余程のことがあったんだろう。
気にはなるし、オレになにか気分転換できるようなことがあれば、なんとかしてあげたい気持ちになる。
とはいえ、そこまで親しくないから、なにもできないのが現状だ。しかも感情を表に出しているわけじゃないから、下手なことも言えない。
これまで、人の多いところへ行っても、色が形を成しているのは視たことがなかった。この人だけが、変な視えかたをする。本当に不思議な人だ。
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