第9話 幼馴染の話し。

 学生のころと違ってほとんど毎日一緒、というわけにはいかなくなったけれど、匡史と萌美とは変わらず付き合いは続いている。

 お互いの休みが合うときには、出かけることもある。

 この日は久しぶりに茂田や岩下とも休みが合い、匡史と四人で飲みに出ようという話しになった。

 いつもなら車を出すけれど、今日は飲みに行くのだからと、匡史と二人、電車に乗った。

 休日の夕方とは言え、都心に近いと車内は混む。帰りのことも考えるとチョットだけ不安も過るけれど、久しぶりに友だちに会えるのは楽しみで、浮かれていたのかもしれない。


 店内も混んでいたけれど、賑やかしい色がほとんどでホッとした。

 互いの近況を伝え合い、昔ばなしに花を咲かせるのが楽しくてたまらなかった。

 茂田は今でも萌美とつき合っていて、最近は結婚も意識しているらしいと知った。


「萌美が結婚かぁ~、想像つかね~なぁ」


 茂田の話しを聞きながら匡史がそういうのに、オレも同意した。

 小さなころから一緒に遊び、多くの時間を共に過ごしてきた友だちが結婚する……。

 感慨深いというのはこういう気持ちか。

 いずれは匡史も結婚するんだろう。オレにはきっと縁はないだろうし、そうなると二人との関りかたも、もしかすると変わってくるだろうか。

 そう思うと少しだけ寂しさも感じる。

 ひとしきり話しをしたあと店を出ると駅で茂田と岩下と別れ、匡史と電車に乗った。


「やっぱり混んでるな。弘樹、大丈夫か?」

「乗ってる時間はそう長くないし、最近は昔みたいに倒れるまでいかないから大丈夫だよ」

「そっか。ちょっとは慣れたって感じか?」

「そうかも。オレもいつまでも、匡史と萌美に頼ってばっかいられないからさ」


 混雑した電車の中は、いろいろな色が入り混じっている。休日のせいか、出かけた帰りの楽しい感情が多くみえるけれど、疲れた色もそこそこ多い。

 気にして目を向けてしまうと、オレ自身も疲れたような気持になる。実際、疲れているのかもしれないけれど。


「萌美も茂田と結婚したら、家を出るだろうしなぁ。まあ、オレは家を出たとしても近くに住むけどな」

「なんで?」

「和樹さんと同じ職場だから近いんだよ。通勤が楽なのに、わざわざ遠くに住むわけないじゃん」

「それもそうか。兄貴も家から通ってるしな」


 吊革につかまる匡史の後ろに、気持ちの悪い色が視えた。

 ピンクや赤、黄色がマーブル模様のように入り混じっている。通路の真ん中で、どこにも捕まることなく目を閉じて体を揺らしている年配の男から漂っていた。

 匡史の隣からは、漆黒と深い灰色がモザイク模様のように固まっているのが視えた。女子高生だろうか。若い女の子だ。


(あー……もうこれ絶対アレだよな……)


 オレは匡史に耳打ちした。匡史はかすかに首を横に向けて女の子を見ると、吊革を支点に体ごとオレのほうを向き、コソッとオレにつぶやいた。

 電車が次の駅に着き、何人かが降りていく。発車メロディが流れ始めたとき、オレと匡史は年配の男を両脇から挟むようにしてドアに向かった。匡史はさりげなく、女の子の腕を引っ張り、車内の中ほどへ押しやった。


「すいませーん、降ります、降りまーす」


 言いながらグイグイ男を押す。男のほうは、必死に女の子の後ろに戻ろうとしてもがいた。

 途中、男の振り回したヒジがオレの頬に当たったけれど、構わず押し続け、ドアの前まで行くと匡史と二人で男を突き飛ばすようにして車内から降ろした。

 プシューと音がして、ホームドアが閉まり、電車のドアが閉じた。ホームドアの向こう側で、男がこちらに向かってなにか喚いている。


「あーあ、降り損ねちまったな」

「おっさんだけ降ろしちゃったよ。ヤバいな」


 わざとらしく二人で笑いあった。女の子のほうをみると、呆気にとられたような顔でこちらを見ている。

 それでも、あの男がいなくなってホッとしたんだろう。柔らかい緑色が女の子を包んでいた。

 助けたと言えるような行為じゃなかったし、もしかすると良くない行為だったのかもしれない。

 本当なら駅員さんに突き出してやるのが正解だっただろう。

 けど、オレたちこんな場面に遭遇したのは初めてだったから、とりあえずあの男を、女の子から離すことしか思いつかなかった。

 男のヒジが当たった頬に痛みを感じて、そっと撫でた。腫れてはいないようだ。


「なに? 弘樹、あのおっさんに殴られた?」

「あ~、暴れてたヒジが当たった」

「マジか。そんなもん、避けろよ」

「いやいや、無理だろ。それに、あんな必死に戻ろうとするなんて思わないじゃんか」

「弘樹と一緒にいると、昔から本当にいろいろあって飽きねーな」


 ケラケラと笑う匡史は、相変わらず明るいオレンジ色をまとっている。

 最寄りの駅に着いた。匡史はさっきの女の子に「気をつけて帰りなよ」と声をかけてから降りた。

 ホームを歩きながら、去っていく電車に目を向けると、女の子がこちらに軽く頭を下げたのがみえた。わずかにピンク色が視えた気がした。

 これが少女漫画だったら、このあと、あの女の子は匡史と恋に落ちるんだろう。

 オレの幼馴染さまときたら、昔から、なんかさり気なくカッコイイことをしている気がするよ。

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