第6話 職場の話し。
卒業してから二年のあいだは、数カ月や半年で派遣先を変えていた。どうにもできない派閥争いや恋愛沙汰に巻き込まれたりしたからだ。三年目に入るころ、今の職場に派遣されてきた。
オレの配属された部署は、設備関係の報告書や設計書の作成、それに付随した図面を描くのが仕事だった。
デスクワークが主だからか、この職場は静かで穏やかな人が多い。色もほとんど安定していて、オレにはとても過ごしやすかった。
仕事が忙しすぎてイライラを表す色や、個人的になにかあってか嫌な色を発していても、劇的に変わるようなことはない。それにそんな色を発していても、対面している相手にはまるで普通の態度だ。逆もしかりで、態度では苛立ちや怒りを爆発させているように見せても、色は緩く怒っているだけだったり、平常心の色だったり。
オレからすると、後者のほうはありがたい対応なんだけれど。
(自制心の強い人が多いのかな?)
入って数カ月のあいだは、そんなふうに思っていた。
派遣を取りまとめている課長の
デスクの島にいる社員さんたちも緑や明るい青で、係長の
こんな職場ならずっと働いていたいとも思えた。
そんな中、一人だけ気になる人がいた。その人は
同じ部署ではあるけれど、安本さんの仕事は、オレたちや支社の担当者が作成した書類を受付して、それぞれプリントアウトをし、
修正されてきた書類を再度受付してチェックへ回し、問題がなければコピーを取って製本するという。部数は本社と担当支社、関係する取引先の数だけ作るそうで、多いときは一案件で十部を超えることもあるらしい。
修正が少ないときには、安本さんがその場で書類や図面までも修正もするという。
(そういえばいつも、すごい量のコピーを取っているっけ)
安本さんの席は島の通路側で、横にある書棚の上に、山のように製本前の報告書や設計書が積まれていることがある。
コピーを取っている間に図面を修正したり、支社の担当者とメールや電話でやり取りしているところも良くみる。
いつも忙しそうなのに、この人の色もとても奇麗だった。ほかの人とは違って、ガラスのような透明感のある空色をしていた。こんなにもクリアな色は、滅多に見ない。
色だけじゃなくて、誰かと話しているときや、オレがわからないことを聞きに行ったときも、常ににこやかに対応してくれて雰囲気も良い。
お世辞にも美人とはいえず、ぽっちゃりというよりは太っている人だけれど、ほんの少しだけ、気になる存在だった。
「あれ? 安本さんじゃないですか」
「あ……木村さん。お疲れさまです」
週末、金曜日の仕事終わりに、オレは職場から駅に向かう途中にある映画館で、シリーズ物のアメコミの映画を観ていた。
暗い場所では色が視え難くなるから、映画館だと人が多くてもまず当てられることはない。
だからこうして時々、気になる映画を観てから帰ることがあった。
この日も仕事が終わってからぶらりと寄り、帰ろうと出口へ向かったところで安本さんを見つけたのだ。
「安本さんもこのシリーズ好きなんですか?」
「ええ。一から全部観ています」
「そうなんですか! これ、面白いですもんね」
駅までの道のりを一緒に歩きながら話しかけた。仕事以外の話しをするのはこれが初めてだ。友だちの少ないオレはほかに映画の話しができる相手もいなかったから、つい調子に乗ってしまったのかもしれない。
ふと安本さんに視線を向けたとき、安本さんの色がクリアではない深い緑色をしていることに気づいた。
(あれ……なんか警戒させちゃったのかも……)
ほとんど話したこともないヤツに、いきなり話しかけられたらそうなるよな……。
オレなら絶対そうなるし。
「あ……私、地下鉄なんで、ここで……それじゃあ、お疲れさまでした」
駅の手前の地下道入り口で、安本さんはそそくさと階段を下りていってしまった。
オレも地下鉄なんだけど……。
逃げるように帰られてしまい、仕方なく別の地下道入り口からホームへ向かうことにした。
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