正しい建国記念の日の過ごし方
改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 )
日本の◯◯県△△市在住ウサジロウおじいちゃんの場合
風を切る低い音。飛び散る汗。繰り返し振られる木刀を追うように揺れる耳。
年老いた兎は毎朝の素振りを欠かさない。
休日の今朝も自宅の庭先で、
「ぴょん! ぴょん! ぴょん! ……よーし、百ぴょんじゃ。終了」
顔の前に垂れた耳を手で払い、額の汗を拭う。
「ふー。温まったわい。さーて、今日は旗日じゃからの。日の丸でも揚げるとするかの」
「ウサジロウさん、おはようございます」
「おはようございます。お隣のカメヤマさん」
「寒いのに、今朝も鍛錬ですか。精が出ますなあ」
「いやいや。動かないと体がなまりますからね。カメヤマさんこそ、休日なのに、ご出勤ですか」
「警察官に休日はありませんよ。この国の治安のためです。なんて。では、行って参ります」
「いってらっしゃい。お気を付けて。――何が、この国の治安のためじゃ、まったく。カッコ付けおって」
「あ、ウサジロウさん、おはようございます。今日は天気がいいですね」
「おお、お向かいのサルカワさん。おはようございます。そうですな、日中は少しは暖かくなりますかな」
「だといいですわね。よいっしょっ」
「ん? ゴミ出しですか? 今日は休日ですから、ゴミの収集は休みのはずじゃが……」
「あら。そうでしたの。私としたことが……。ありがとうございます。教えてもらえなければ、普通に出してましたわ。オホホホ。じゃあ、ポリバケツの中にでも仕舞っておきましょうかしら。オホホホ」
「――何が、オホホホじゃ。お前は、いつもゴミ出しのルールを守っとらんじゃろうが。だから猿は信用できん」
「おっはよーございます」
「ああ、裏のイヌカイさん。おはようございます。今朝もジョギング……なんじゃ、行ってしもうた。通りすがりで挨拶すな! 犬め!」
「そう気を悪くしなさんな、ウサジロウさん。彼も張り切っているだけですよ」
「おお、斜向かいのネズミダさん。おはようございます。でも、何で彼が張り切っているんですかな」
「おはようございます。ほら、今日は二月十一日でしょ。11日。ワンワンの日じゃないですか」
「それを言ったら、11日は立ち耳の日でワシら兎の日じゃないですか。あいつらは、毎月1日はワン公の日だとか言って騒いでいるのに、まだ足りないのですかね」
「これこれ、『ワン公』は差別用語ですから、怒られますよ。まあ、どちらの日でも、いいじゃないですか。今月の二十二日よりはマシですよ」
「二十二日……ああ、2月22日、猫の日ですな」
「そう。ニャンニャンニャンですと。まったく、イライラしますよね」
「ははは。そりゃ、ネズミダさんは、気分が良くないですよね」
「そうなんですよ。今日もこれから病院です。胃が痛くて……」
「お大事に。いってらっしゃい。おっと危ない。なんだ、ネコノカワさんところのタマミちゃんじゃないか。よそ見して自転車を走らせたら危ないじゃろうが。それに、朝はあいさつじゃ。おはようございます」
「すみません。お、おはようございます……」
「はい、おはよう。それにしても、急いで何処に行くつもりじゃ。今日は学校は休みじゃろう」
「街までバレンタインチョコを買いに行こうと思って。急がないと売り切れちゃうので」
「なーにがバレンタインチョコじゃ。今日は建国記念日じゃぞ。色事なんぞにかぶれとらんで、学生なら休日は勉強せんか、勉強を」
「別に、かぶれては……」
「どうせマタタビ入りのチョコレートで男をたぶらかすつもりじゃろう」
「そんなことは、しません! せっかくウサジロウさんにも買ってきてあげようと思ってたのに、もう買うのやめますね。それじゃ」
「要らんわい! もう、よそ見すんなよ。――行きよった。なにがバレンタインか。発情期の小娘が」
「どうしたの。朝からそんな怖い顔して」
「ああ、すみません。なんだ、茶釜診療所のタヌキバラ先生か。おはようございます。朝の散歩ですか」
「おはようございます。ええ、まあ。でも、なんだは無いでしょう、なんだは。それに、この寒さの中で袴一枚だと風邪をひきますよ」
「なーに、兎は脚と耳と気合いじゃ。わっははは……はっくぴょん!」
「ほーら、言わんこっちゃない。自慢の耳も真っ赤じゃないの。もう歳なんだから、あまり無理しなさんな」
「なんじゃと、この若ダヌキが。無理などしとらんわい!」
「相変わらず頑固だなあ。薬を出してあげるから、後で診療所に来なさい」
「休日で休みじゃろうが」
「特別に開けますから。病人……病兎に会って、放っておく訳にはいかんでしょ。じゃあ、私は診療所に戻りますからね。ちゃんと来てくださいよ」
「わかった、わかった。行くよ。――まったく、お節介やきめ。ああ、国旗じゃったな。はよ揚げんと……」
ウサジロウおじいちゃんは玄関の横に日の丸の旗を立てた。
国の安寧を願い、平和を希求する。
という顔をして、彼は馴染みのパチンコ店に出掛けていくのだった。
正しい建国記念の日の過ごし方 改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 ) @Hiroshi-Yodokawa
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