5-9.「権力とはいざという時、道理を引っ込ませるためにある」


「雷帝様。最初に申し上げますが、全ての育児を私達に任せて欲しい、と言うつもりはありません。私にもチヒロにも職務があり、帝国の事情も理解しています。……ですから、少しで構いません。私達にも手伝わせて欲しいのです」


 ハタノとチヒロは帝国の命に従い、業務上の結婚を行った。

 その目的は“才”の遺伝であり、子に対する愛情が必要とされないことは、婚姻前から理解していた。


 ハタノは今でも耳に残っている。

 初めて妻を抱いたとき、彼女に告げられた台詞――



 『躊躇うことはございません。――これは、仕事です』



 ハタノとチヒロの間に、愛はなく。

 理屈として、二人の子がどうなるかは理解していた。


 ……けど、今は違う。


「私は、妻チヒロを幸せにしたい。そしてチヒロは最近、未来について語ることが多くなりました。自らの子について、語ることも」


 サクラとの共同生活が、自分達の意識を変えるきっかけになったと思う。

 妻と、そして子とともに生活をすることで得られる、日常の充足感。

 どんなに仕事がキツくても、帰宅して、妻と子の顔を見られる喜びは何にも勝る人生の幸福なのだと――凡庸な感想であると知りながら、ハタノはそれを、強く望みたい。


 一人の夫として。

 旦那として。


「ハタノ。貴様は自分が口にしていることを、理解しているな?」

「はい」

「……仮の話だ。仮に、自身の子が敵国の人質に取られたとして。それでもなお、帝国のために働けるか? 帝国が”才”ある者を別途教育するのは、親子の愛情という、強固な絆を断つ意味もある。帝国に忠実なる兵を作り、国をより強固に繁栄させる。その意味において、親への愛情という感情は、好ましくない」


 雷帝様の瞳が尖り、ハタノを咎めるように見下ろした。

 火花が弾け、黄金の髪に雷が舞う。彼女が人を試すときの仕草だ。


 昔はそれを、ハタノは酷く恐れていたが。


「……雷帝様は、どう思われますか?」

「何?」

「私とチヒロが、業務に強い私情を挟むと、お考えですか?」


 どんなに強い言葉を重ねようとも、ハタノが重視するのは事実と結果。

 治癒師も勇者も、結果無くして仕事を成したとは、言えない。


 そしてその答えは、雷帝様が今まで見てこられた通りだ。


 死にかけのチヒロを放置し、雷帝様を助けた治癒師。

 自身が刺されてもなお、院長として”宝玉”事件の治癒に当たった治癒師。

 異世界から破格の報酬を示されてもなお、仕事だから、と戻ってきた治癒師が――私情をはさみ、仕事を放棄するか? と。


 その問いへの答えを最も知る人物は、今、ハタノの目の前にいる。


「……確かに。貴様はたった一度、チヒロを妻にしたいと述べた時を除いて、私情を挟んだ覚えはない」

「それが私の答えです」

「とはいえ、我が子となるなら話は別だ。親は子に対し、極めて特別な感情を抱く。違うか?」

「……そうですね。私も人間である以上、確約はできません。しかし医療に絶対がないように、人間関係にも絶対はありません。その上で、あとは雷帝様のご判断にお任せいたします」

「断ったら?」

「特には。何でも願いを叶えてやると仰ったにも関わらず、ずいぶんな二枚舌だな、とは思いますが」

「クク。言うではないか、ハタノ」


 雷帝様がちいさく笑い――

 いいだろう、と小さく手を叩いた。


「認めよう。まあ貴様とチヒロが親なら、子もある意味、優秀な仕事人になりそうではあるしな」

「ありがとうございます。……とはいえ、雷帝様の一存で決めて良いのでしょうか。”才”ある子の育成は帝国の根幹。特例を設けることは、いくら雷帝様といえど難しいのでは……」

「次の会議で、余がゴリ押しておく」

「え」

「権力とはいざという時、道理を引っ込ませるためにある。このような時にワガママひとつ通せずして、何が雷帝か?」


 足を組み直し、ふん、と自慢げに鼻を鳴らされる。

 ――結局、この人はどこまで行っても雷帝様なのだ、とハタノは再認識しながら、感謝の代わりに頭を下げた。


「代わりに、今後もキリキリと働けよ、ハタノ。余は働かざる者には容赦せんぞ。……と言いたいが、貴様については心配ないか」

「それは、まあ。仕事は好きではありませんが」

「貴様も大概だな、本当」


 はぁ、と雷帝様が呆れたような溜息をついたのを見て、ハタノは一礼を行った。

 話は十分だろう。

 後のことは雷帝様に任せ、チヒロに朗報をもたらすのみ――


「ああ、それと。引き続き、サクラの治癒を続けるように。叶うのであれば”異界の穴”についての研究も行え」

「サクラの、ですか?」

「先日の一件で、サクラ本人が”才”を扱いにくくなったと聞く。とくに、異世界へ再び人を送るのは無理だと話しているらしい。将来のためにも、貴様ら夫婦で上手く説得せよ」

「……しかし、向こうの世界に手出しをするのは危険で――」

「侵略はせぬ。が、余も一度はあちらの世界を見てみたい」


 ハタノはつい足を止め、……冗談だよな?

 と、雷帝様を伺ったら本気で目をギラギラさせ舌なめずりをしている。


「異なる世界を体験することは、今後、帝国が発展する足がかりになる。新たな知識と技術を用い、版図を広げるのは帝国の定め。その技術力を頂けるだけで、今後数年は他国に優位を取れる。その価値が分からぬ貴様ではあるまい?」


 ――ああ。結局、どこまで行っても雷帝様は、雷帝様。


 が、その後のことはハタノの領分ではない。

 帝国の未来や世界の変化について語るには、一治癒師に過ぎないハタノには、荷が重すぎるというもの。


 それより今日は家に帰り、チヒロやサクラと、ゆっくり食卓を囲みたい。

 そう思いながらハタノは丁寧に一礼し、雷帝様の執務室を後にしたのだった。





――――――――――――――――――――

次から最終話に入ります。残り四話。

夫婦の物語も、もう少しで終わります。

お楽しみください。

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