5-5.「向こうの世界に――」

「まずは突然のご連絡をお詫びいたします。私、田島旬と申します。こちら名刺になります」


 田島さん曰く、都内某所。

 高級ホテルの一角のような室内にて、男が手渡してきたのは『異世界安全管理部門長 田島旬』と書かれた名刺であった。


 彼等の話と、サクラから聞いていた話を合わせてみると……

 ここは日本国の東京という町で、先方は国のお偉い官僚様だという。


「田島さんは、私達のことを、ご存じなのでしょうか?」

「一般的にはもちろん秘匿されています。が、私達の世界と異なる別世界のことは、多くの国々が秘密裏に存じています。もちろん、魔法や魔力につきましても」

「そうなのですか?」

「ええ。こちらの世界にも、表沙汰にはできない被害が幾つか出ていますので。……とはいえ、私達もまだ知らぬことも多くありますので、宜しければすこしお話頂ければ、と」


 成程、とハタノが頷きながら、相手の思惑は――

 自分達の引き込みだろうか?


「今後の生活につきましても、ご心配でしょうし」

「……そうですね。そうして頂けると助かります」


 さて、どこまで名乗るか。

 とはいえ、魔法を使うという点まで知られているなら……先に、こちらの手札を見せた方がいいかもしれない。


 失礼、とハタノは先の手術中に用いていた治針を取り出し、自らの手の甲をなぞるように滑らせる。

 薄い血が零れたのを見せた後、ハタノは指を当て、治癒魔法を輝かせた。


 傷がきれいに回復し、彼らが一様に驚いたのを観察しながら、ハタノは改めて自己紹介を行った。


「私は、ハタノ=レイと申します。治癒の魔法を扱えます。隣にいるのは、私の妻チヒロ。彼女は特別な力を持たない一般人ですので、優しく接して頂けると助かります」


 自身の有用性を示しつつ、切り札は隠しつつ。

 ハタノはそっと頭を下げた。





 ――結論から言えば、彼等は比較的親切だった。


「なるほど。そちらの魔法による転移事故に巻き込まれ、こちらの世界へ」

「はい。それにしても、驚きました。……正直なところ、普通に会話が成立するとは思っていなかったので」

「ごく稀ではありますが、そちらの世界からの渡航者がおりまして。そこで言語の解析を行いました。魔法という極めて有用性の高い力をお持ちであることから、各国でひそかに異世界人は保護すべきという方針も立てられています」


 その際、友好的に接するのも(一部を除いて)万国共通の意見らしい。

 なんでも以前、某国が異世界人に対し強引な手を取ったところ、建物ごとぶっ飛ばされる大事件が起きたのだとか。


 そういった事件は世界各地でごく稀に発生しており、その度に隕石の落下やガス爆発事故を装って処理している……と、わかりやすく説明してくれた。

 そして相手が表向き友好的である以上、ハタノとしても友好的に接して損はないだろう。


「田島さん。私達に害意はありません。むしろ突然こちらの世界に放り込まれ、困惑しているのが実情です。可能であればしばらくの間、私達の生活の手助けをして頂けませんでしょうか」

「畏まりました。――良ければ私達のお話にも、耳を傾けて頂けませんでしょうか?」

「もちろんです」


 理知的な相手とは会話がしやすい。

 互いの利益が合致さえしていれば、意思疎通がスムーズに進む。


 まあ仮に、相手が力技に出たとしてもチヒロなら切り抜けれるし、彼女が無理ならハタノにも無理だろう。


「ありがとうございます、ハタノさん。……そして今のお話にありました通り、こちらの世界に魔法というものはありません。宜しければ、私達の世界にて、魔法の研究のお手伝い。それと治癒魔法ということでしたら必要に応じて、我が国の医療へのご協力をお願い出来ませんでしょうか」

「構いません。ただ、可能であれば荒事に巻き込まないで頂けると、助かります」

「近隣諸国の情勢次第ではありますが、善処いたします」


 そこで一通りの話が終了し、ハタノはほっと息をついた。

 子細は後に詰めるが、すぐさま自分達が追い詰められる気配はなさそうだ。


 もちろん近隣諸国の情勢にもよるだろうが……


「その上で、ハタノさん。私達からもう一つ、ご提案がございます」

「何でしょう」

「早い話になりますが、我が国に永住して頂けませんでしょうか?」


 破格の保障はいたしますと言われ、ハタノはほんの一瞬だけ思索を巡らせ――


「すみません、それはお断りさせて頂きます。私達は別世界の国……帝国ヴェールの民であり、帝国の民はすべて神たる皇帝陛下のお膝元にございますので」


 帝国は裏切り者を許さない。

 長年、帝国民として育ってきたハタノは、いかに帝国が強大であるか。

 雷帝様を初めとした四柱の存在と、その背後にある強大な軍事力をよく理解している。


 付け加えて、チヒロも生粋の”勇者”。

 本人の気質としても、帝国を離れるようなことはないだろう。それに――


「しかし、ハタノさん。安全は保障いたします。……それに、手段は不明ではありますが、ハタノさん達には帰らないという選択肢もあるのでは?」

「と、言いますと?」

「ここは、あなた方の住んでいた世界とは異なる場所。帝国による支配も、届かない場所になるでしょう。それに本国は、どちらかといえば個人の人権が重視される国です。さらに、あなた方には特別な力がある。必要とあれば幾らでも収入を得ることができ、夫婦揃って自由に過ごすことも可能かと考えます」


 もちろん国の監視はつきますが、と言われ、ハタノは気づく。


 長らく帝都民として過ごしてきたハタノは、……この世界にいる限り、自分達は誰にも命令されない。

 雷帝様の無茶振りも。

 上級貴族による嫌がらせも。

 帝都中央治癒院の院長という、自身に似合わない重責もない。


 さらに、ハタノはこの世界に数多とある近代的な医療技術を学べ――

 ハタノの持つ”治癒魔法”は、この世界では特級治癒師を越えた唯一無二の価値を持つことになる。


 チヒロも同じ。

 ”血染めのチヒロ”と呼ばれる悪評もなければ、常に死地に赴く”勇者”という仕事もおそらく軽減される。

 もちろん有事や政治問題に巻き込まれる可能性はあるだろうが、それでも、帝国に在籍している時より危険性は少ないと見て良いだろう。


「いかがでしょう。決して、悪い提案だとは思いませんが」


 田島に言われ、ハタノは成程、と理解こそしたものの――


「……すみません。お誘いは有難いのですが、将来的にはやはり向こうに戻りたいと思います」

「何故、でしょうか」


 チヒロに問うまでもない。

 ハタノの答えは、聞くまでもなく決まっていた。


「向こうの世界に、私の医療を手伝ってくれた仲間が待っているから、です」

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