5-1.(医療に絶対はありませんが、出来る限りのことは、やりましたから)
「では改めて、明日行う治癒について説明を致します。手法としましては、IVCフィルター留置術と呼ばれるものになります」
サクラの治癒前日。
改めてブリーフィングを行ったハタノは、今回の手技について皆に説明を行った。
出席者は治癒師シィラ、ミカ両名、及び特級治癒師エリザベラ教授、ホルス教授、ネイ教授の三名。
ほか物品出しや外回り、トラブル時の対応として宮廷治癒師三名が参加している。
いずれも極才“異界の穴”の機密情報を守れると約束した上での参加だ。
本来シィラやミカはその立場として地位が低すぎるが、ハタノが依頼したことで参加の方針とした。
「今回はカテーテルを用いた治癒になります。簡単に言いますと、血管の中に管を通して、目的の場所にフィルターという特殊な網のようなものを仕掛けます。このフィルターを経過する際、一部の魔力をカットする仕組みを作りました」
「ねえハタノ、アタシ詳しくはわかんないんだけどさ、そのカテーテルって必要なの? 普段みたいに切った張ったすればいいんじゃないの?」
質問してきたのは、偉そうに腕組みしてるエリザベラ教授。
確かに、そういう方法も無くはない。が――
「今回の患者ですが、皆さんご存じの通り、非常に特殊な才を持っています。この才は、攻撃してきた相手に対しカウンターで魔法を発動してくるもの。それは患者当人に意識がなくとも発動し、また侵襲性が高いほど強力なものだというのが判明しています」
「うえぇ……で、それとカテーテルがどう関係すんの?」
「侵襲性が低い、というのが最大の特徴です」
あくまで外科的な手術に比べれば、と前置きをした上で考えるなら、IVCフィルター留置は普段ハタノが行っている手技より段違いに侵襲性が低い。
具体的にいえば大腿付近の静脈を太めに穿刺するだけ。
「それに伴い、痛覚遮断は局所的なもののみ。さらに、催眠魔法は無しで行います」
「え、催眠しないんですか? ……何か、メリットはあるのでしょうか」
続けて声をあげたのは、シィラ。
手術において痛覚遮断と催眠魔法は基本中の基本だ。が、それをあえて外す理由が、今回はある。
「はい。先程ご説明した通り、今回の患者の才には、傷つけた時にカウンター魔法が飛んでくる恐れがあります。が、それを患者さんご本人の意思で、ある程度抑えることが可能だとわかりました」
「本人に……?」
「意識がない時は自動発動ですが、本人が意図して、これは攻撃ではないと念じることで、かなり抑圧できます」
これはハタノにとって、完全な幸運だった。
サクラにはかなり頑張ってもらう必要があるものの、術中の反撃リスクを抑えられるのはハタノに限らず、術者全員の安全を確保する意味でとても大きい。
「さらに今回の手技中ですが、今回は私の妻、勇者チヒロにも治癒に立ち会って頂く予定です」
ハタノの発言に、へ? と驚いたのはエリザベラ教授とミカ。
他は既に聞いてた、というかこの二人が聞いてなかったのが問題だが、打ち合わせは既に済ませてある。
「チヒロさんの目的は、患者当人を安心させること。もう一つは、私達の身の安全を図ること。仮に反撃を受けたとしても、チヒロさんが即座に打ち消せるよう、実践訓練を行いました」
ハタノとて、意味もなく半年を過ごした訳ではない。
サクラの魔力コントロール。実際のカウンター反応。チヒロがそれに問題無く対応できるかの実験。
自分の中で確証が持てるまで実験を繰り返し、これなら、と確信したのが先日のこと。
そう、予定通りにいけば問題無い――
「ちょちょ、院長?」
「何でしょう、ミカさん」
「え、チヒロさんが参加するってことはさ。あたしたちつまり…………術中に夫婦のいちゃこら見せつけられる……ってこと?」
「ぶほっ」
ホルス教授がお茶を吹き、妙な沈黙がブリーフィングルームに落ちた。
……。
ハタノは軽く喉を鳴らし、仕切り直す。
「……そんなこと、あるはずないでしょう。私は帝都中央治癒院の院長ですよ」
じゃあ今の間は何だよ、という周囲の無言の圧をハタノは院長の貫禄でスルーした。
まあ、冗談はさておき。
「では、より具体的に説明します。まず手技にあたるのが私。後方にシィラさんとミカさんを置き、私の手技のサポートを。次に、持続回復役として、エリザベラ教授。彼女の治癒魔法を飛ばせるという利点を生かし、安全な位置から回復をしてもらいます」
「うーわ、あたし脇役じゃん。まあいいけどぉ」
「そして、ネイ教授――彼女は今回の主力です。ネイ教授の”解析”魔法をリアルタイムで行い、カテ先の位置確認を行いつつ治癒を進行。最後にホルス教授は、私の魔力切れをフォローするバックアップ、兼、トラブル時の対処役です」
ハタノの経験として、今まで幾度となくトラブルに遭遇し、その度に魔力切れの壁に阻まれてきた。
魔力付与は非効率な手段ではあるが、手は打っておきたい。
また想定外のトラブル時には、ホルス教授の持つ固有能力”偽りの治癒”を使うことも一考する。
「まあ、拙者の出番はないに越したことはありませんがな。大した特技でもありませんし」
「いや、ホルス教授も大概だと思いますが……」
”偽りの治癒”。
あらゆる傷を完治させ延命させる、究極の治癒魔法。
ただし、治癒後24時間が経過すると傷が復元してしまう、文字通り”偽り”の治癒でしかない欠点がある。
が、この魔法の真価は、延命という点において凄まじく有用なことだ。
現場で対応しきれない患者や、致命傷で手が間に合わない患者。
そういう事例に対し、24時間の猶予を強制的に確保できるこの魔法は、いざという時のバックアップを含め極めて有効に働く。
”才殺し”で刺されるような状況でなければ、ハタノもお世話になっていたかもしれない。
「以上で説明は終わりですが、何か質問はありますか?」
「ふむ。先日から気にはなっていたが、魔力を制限するフィルターとは、どのような物質だ? 拙者は聞いたこともござらんが」
最期に手をあげたのは、ホルス教授。
仰る通り、ハタノ最大の懸念は魔力制限フィルターの構造そのもの。
異世界には魔法も魔力も存在しないため、フィルターは取り出せても魔力を捕獲する素材を取り寄せることは出来ない。
そもそも魔力を削る物質など、この世界に存在しなかった――つい、先日までは。
「……医学の発展は、科学や技術の発達に比例します。そして昔では考えつきもしなかった治癒法が、五年後には当たり前になっていたりします」
テーブルに、治療器具を並べる。
カテーテル本体やシースセットといった器具一覧が並ぶなか、ハタノが取り出したのは今回の治癒の根幹を担うフィルター。
その周囲に、小さくきらめいた白い粉のようなもの。
触れる人が触れれば分かるだろう、魔力を著しく遮られる存在――
「近年、帝国を苦しめた”才殺し”。その極小物質を合わせることで、魔力の制限を行います。……ちなみにこの極小物質は、半年ほど前”宝玉”と呼ばれる爆発物に含まれていた微量物質を、帝国が研究したことにより開発したものです」
将来的に、”才殺し”の微量物質は帝国の新兵器としてお披露目されることになるだろうが――それは今、ハタノが考えるべきではない。
軍事技術の向上により福次的に開発された医療機器。
帝国の最新技術と、異世界の知識によるハイブリット。
それが、ハタノの選択だ。
「以上が、一通りの説明となります。……最後に。今回の治癒は、通常あり得ないことですが、術者や治癒者に患者から反撃が飛んでくる恐れがあります。チヒロさんがついているので万が一はないと思いますが、もし、身の危険を覚える方がおりましたら今のうちに辞退を申し出て頂ければと思います」
テーブルに手をつき、皆に問う。
全員の覚悟を理解したところで、ハタノはありがとうございます、と頭を垂れた。
「それでは明日、よろしくお願いいたします。皆さん」
*
そうして帰宅し、妻といつもの抱擁を交わしたハタノは、サクラに改めて向き合った。
サクラが整った黒髪を揺らし、こくん、と頷く。
その指先がちいさく震えていたので、彼女の手をそっと握り、頷く。
「サクラさん。明日は頑張ってくださいね」
「……ごめんなさい、お父様。ご迷惑ばかりかけて」
「人は誰だって迷惑をかけるものですよ。……それよりも、明日の手術が怖いでしょう。今のうちに、怖い、という気持ちを素直に出してもいいのですよ」
この世に手術を怖がらない人間など、そう居ない。
彼女ほどに幼い年頃の子なら、なおさらだ。
だから、と代わりに彼女の手をぎゅっと握り、治癒師であり父親役でもあるハタノは笑う。
「私には、サクラさんの不安を肩代わりすることは出来ません。……ですが、チヒロさんと共にその恐怖を和らげたり、受け止めたりすることは、出来ると思います」
ハタノに続き、寄り添っていたチヒロがよしよしと彼女の頭を撫でた。
サクラが瞳を潤ませ、それでもぐっと堪えたのは、我慢強い性格の表れだろう。
強い子だ、と思う。
「今日は、眠れないかもしれません。けどあまり緊張しすぎず、自分を安心させてあげてください。私達もついていますし、必要なら軽い催眠魔法も行いましょう」
サクラに囁きながら、ハタノは自身にも言い聞かせる。
……ハタノだって、本当は怖い。
未知の治癒法。
“異界の穴”の持つ圧倒的な力。
最悪の想定も済ませてはいる。
もしサクラの”才”が暴走し、歯止めが効かないと判断した場合は、チヒロに彼女を――してもらう手はずも、考えてはいる。
(けど、そうはさせません。……医療に絶対はありませんが、出来る限りのことは、やりましたから)
余計な不安も、極端な楽観視も、必要ない。
興奮も感動もなく、ただただ、目の前にいる患者の治癒に最善を尽くす。
ハタノが淡々と繰り返してきた仕事を、こなせばいい――そう自身に言い聞かせながら、ハタノはもう一度優しく、サクラの手のひらをきゅっと握る。
そうして、治癒日当日がやってきた。
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