5-2.(戦のための技術向上が、医療の向上に繋がるのは皮肉なものです)


「昔、チヒロさんもここで治癒を受けたんですよ」

「お母様が、ですか?」

「ええ。トラブルがなかったとは言いませんが、治癒の結果、お陰様で今チヒロさんは元気な竜になりましたからね」


 帝都中央治癒院、地上七階。

 VIP患者専用に設けられた部屋は、以前チヒロの竜核移植を行った治癒室そのものだった。


 ハタノは昔を懐かしみつつ、並ぶチヒロを伺う。

 いつもの和服でなく、治癒用に合わせた簡素なシャツとズボン姿。

 見慣れない姿ではあるが、それでも寝台に横たわるサクラを撫でる目つきは、優しい。


「サクラさん。お父様の治癒は世界一ですから、安心してください」

「……お母様」

「大丈夫。すこし痛いこともあるでしょうが、今日は一緒についていますから」


 サクラに優しく告げたところで、ハタノが目配せ。

 ホルス教授が、失礼、と彼女に声をかけ、部分的な痛覚遮断を行っていく。


「もし痛い時は仰ってください。それと治癒の間、チヒロさんの手を握ってても大丈夫ですからね」


 はい、とサクラが頷いたのを確認し、ハタノはスタッフ全員に改めて目配せし。


「では、始めます」


 挨拶とともに、すぐに手技へと取りかかった。





 IVCフィルター留置術。

 その名の通り、右大腿部よりIVC(下大静脈)にカテーテルを挿入してフィルターを留置するその手技は、ハタノも実際の患者で経験するのは初のこととなる。


 まずは大腿部に触れて魔力精査を行い、対象となる静脈を同定。

 血管中心部を狙うように、シース――平たく言えば、本命となるカテーテルを挿入するための準備用チューブセット――の挿入準備を行う。


「すみません。少し痛いかもしれません」


 サクラに声をかけつつ、ハタノは丁寧に留置針を挿し、続けてシースを挿入。

 指の腹で魔力を確認しつつ、念のため位置をネイ教授にも遠目で確認して貰う。


「問題なし」

「了解」


 作業の確認を終え、カテーテル挿入の準備を終えたところで、ハタノはシィラからガイドワイヤーを受け取り、本命の処置に取りかかった。


 ガイドワイヤーとはその名の通り、手技のガイドを務める細長いワイヤーだ。

 つるつるとした独特の滑り具合を持ち、片方は柔らかくもう片方はすこし堅く、それでいて血管を傷つけないような柔軟さを持つ――この世界にはない高度な技術力で作成された物質である。


(毎回ながら本当に、異世界の技術には驚かされます)


 今回ハタノが用意したのは150cm程度のもの二本だが、サクラが元いた世界では様々な種類、素材のワイヤーがありカテーテルがあり、治癒に応じて様々な使い分けがなされているらしい。

 治癒魔法のない世界での医療現場に改めて感銘を受けながら、ハタノはするすると血管内にワイヤーを挿入していく。


 下肢深部静脈から総腸骨静脈、下大静脈へと、ゆっくりと滝を昇るようにワイヤーを進め、ネイ教授に確認を取る。


「院長。一」

「了解」


 ハタノの”才”では、血管内にあるワイヤー位置の正確な特定はできない。

 通常この処置を行う場合、異世界では手術用に用いるX線透視装置を使って位置を確認するのだが、今回その代わりを務めるのがネイ教授の目だ。

 いまの『一』は、ワイヤーが目的位置よりすこし先――左右の腎静脈分岐部に到達したことの合図である。


 ハタノはすっと手を引き、続けてシースの先端部をワイヤーに沿って挿入。

 ……緊張はない。

 事前に練習した通りだ、とハタノは自分に言い聞かせる。


 ――当然の話だが、今回の手技にあたりハタノは幾度も事前に練習を行った。

 具体的にいえば、チヒロの身体で幾度もシミュレートをした。


 以前シィラに、チヒロの身体を刻ませて実技の練習を積ませたのと、同様の行為だ。

 チヒロは竜魔力の影響により生命力が極めて強く、また治癒魔法の特性もあり、言い方は悪いが練習台として非常に適切だとハタノは思う。

 妻の身体を傷つけることに思わない部分がない訳ではないが、ハタノもチヒロも、本質は生粋の実践派。

 物理的に可能な練習はしておきたいと提案し、妻も快く請け負ってくれた。


 もちろん、練習と実践は異なる。

 サクラの血管はチヒロより細く、些か抵抗が大きい。

 さらに、先程からシースの挿入部位に小さな魔力の火花が散っていること――サクラの持つ自動防御が発動し、それを、サクラ自身そしてチヒロがこちらの邪魔にならないよう、そっと手で払っている。


「チヒロさん。サクラさんは大丈夫ですか」

「ええ。問題なく」


 視界の隅で、ぎゅっと、チヒロがサクラの手を握っているのが見えた。

 声をかけてこないのは、ハタノの邪魔をしないためだろう。


 ――その期待に応えねばと思う一方、特別なイベントは必要ない、とも感じる。

 ハタノの望みは練習通り順当に治癒がすすみ、順当に完了する、それだけだ。


「院長。二」


 ネイ教授の声かけで、ハタノは手を止めた。

 目的部位、およそ腎静脈分岐部より1cm程手前に、シースの先端部が到達した。


 ハタノは再度、サクラ自身のバイタルに問題がないこと。

 エリザベラ教授による定期的な持続治癒により、サクラの反撃が殆どないことを確かめつつ、よし、と構えた時――ぱちん、と肘に何かがぶつかった。


(来たか)


 視線を向けることはないが、小さな痛みの正体はおそらくサクラの自動反撃だろう。


 才”異界の穴”による自動反撃は、些かのランダム性を含む。

 患者の体表より現れる分にはチヒロが弾くが、相手は空間そのもの。場合によってはハタノの側に突然現れ、ハタノを飲み込む可能性もなくはない、と、事前に判明していた。


 その対策として、ハタノが考えた対策は、自らの衣装。

 雷帝様より承った”才殺し”を含んだ布で作られた、特注品だ。

 雷帝様が「ガルア王国に挨拶回りへ行くとき着た」と仰っていた――おそらく帝国の重要機密と思われるものを、貸し出して頂いた。


 ”才殺し”はその性質上あらゆる魔力を阻害するが、その範囲は極めて小さい。

 銃弾として血管内に打ち込まれたり、微粒子が肺を通じて体内に蓄積すれば致命傷になる一方、正しい知識をもって扱うことができれば、医療に革命をもたらすことも可能となる。

 実は今回、サクラに針を刺す際に用いた道具にも、僅かながら”才殺し”を含めている。


(よく聞く話ではありますが……戦のための技術向上が、医療の向上に繋がるのは皮肉なものです)


 毒と薬は、紙一重。

 要は使い方の問題であり、それを理解した上で、ハタノは自身の信念に基づき人を救う。


「っ……」


 ハタノはひとつ、深呼吸を挟む。

 時おりチクチクと、ささくれのようにぶつかる攻撃魔法。そして必要とはいえ”才殺し”を着用していることの不快感に耐えながら、浮かび上がる汗をチヒロにぬぐってもらい、ようやくシースの先端を目的部位に到達させる。



 あと一息だ、と、ハタノは心を引き締め指先にぐっと力を込め始めた。

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