3-4.「言い訳の時間くらい頂けませんか?」
「結論。サクラ氏の極命核は、下腹部後方にある」
ネイ教授の報告に、ハタノは小さく眉をひそめた。
翌日。
仕事を片付けた晩に届いたネイ教授の解析結果、その冒頭の一言だ。
人払いを済ませた会議室にて、ネイ教授はいつもの無表情で淡々と説明する。
「先日の試験にて、サクラ氏の腎臓下部を中心とした膨大な魔力を検知。そこから全身に魔力が行き渡る過程を確認。その際、サクラ氏は胸痛を訴えた。魔力の過負荷によるものと推定される」
「彼女の魔力精査は私も行いましたが、特段、腹部に変わった反応はありませんでしたが……」
「魔法発動時にのみ具現化するものと見られる」
「……それが例の、極命核、の可能性が高いでしょうか」
過度の魔力使用時のみ、腹腔内に出現する臓器――
成る程、と思う一方、ハタノは眉を寄せて考える。
(どうして腹腔内の臓器で、胸痛が……?)
確かに、胸痛、と呼ばれる痛みの範囲は幅広い。
本人が胸痛だと思っていたものが実は心窩部通だったという事例も多々あれば、逆に胸痛だからといって常に胸部に異常がある訳でもないが……。
その上厄介なのは、極命核のもつ、特定の状況だけ現れては消える特性だ。
そんなもの、存在は知れても治療などどうすれば良いのか……
「もう一つ。サクラ氏の発動する自動防御について」
「聞かせてください」
「極才“異界の穴”は、攻撃してきたものに対し自動的に発動する。具体的には、刃や魔法等が触れた時点で自動的に皮膚上に発生、対象物を飲み込む。本人の自覚、意識がなくとも発動」
「それはまた、困りましたね……」
「推定。サクラ氏への傷が深まるほど、防御反応が高くなる」
それは非常に――ハタノの治癒と、相性が悪い。
皮膚に触れた時点で発動し、対象を飲み込む。
しかも意識がない状態ですら自動発動となれば、ハタノのあらゆる外科的治療法が使えない、と言っているに等しい。
メスも治針も、片っ端から無効化されるだろう。
下手をすればハタノ自身が直接巻き込まれ、術中に異世界へ飛ばされてしまう可能性すら考えられる。
(難題というレベルではありません。困りましたね……)
参ったな、と溜息をついていると、ネイ教授が続けてレポートを取り出す。
「院長。検査中、不自然な状況を確認」
「何でしょう」
「先の、腹部に膨大な魔力反応を解析した際、胸部にて線上に広がる複数の魔力塊を確認」
「線……?ネイ教授。実際にどのような魔力線だったか、絵で書けますか?」
ハタノの無茶振りに、ネイ教授はペンを掴み。
さらりと書き上げられたイラストに、ハタノは思わず目を瞬かせた。
「……驚きました」
ネイ教授が描いたのは、まるで生き写しのように見事な――肺動脈の構図だった。
下大静脈から右房右室、そこから肺動脈に至るまでの経路をまるで教科書のように、さらりと描かれたのだ。
ネイ教授は、聞く限り現代医学まで把握している訳ではない。
当然、精密な動脈図など知る由もないはずだが……彼女の絵は正確にそのラインを捉えている。
「これ、どのように描いたのですか?」
「私の”解析”は魔力そのものを見る。魔力の強弱を、そのまま表現した」
「通常、これほど綺麗に血管を検査する方法は、かなり限られているのですが……」
仮に異世界の医学を用いたとしても、造影CT等を駆使しなければ出来ない芸当だ。
それを、目視で。
……これが、ネイ教授の”解析”。
エリザベラ教授や、ガイレス教授のように、決して目立つものではない。
しかしながら検査、診断に特化してるという意味においては、最も優れているとも言える技能――
……待てよ?
「ネイ教授。先程、魔力の流れを解析した結果、胸部に広がる魔力塊を確認したと言いましたね。そしてこの絵を書いたということは、肺動脈――ああいえ、この胸部に広がる血管に強い魔力反応があった、と?」
「肯定」
「ほかに異変はありましたか? 腹部の極命核が出現したのち、バイパスのように別の血管が出現したとか」
「否定」
つまり極命核は出現と消失こそするものの、複数の臓器にまたがっている訳ではない。
そして極命核の魔力は、おそらく腎臓下方から下大静脈に流入し、肺を通じて全身に駆け巡る――この構図は。
「見覚えがある……」
「?」
「チヒロさんの竜核に、似ています」
以前ハタノがチヒロに竜核移植をした際、その移植先として選んだのが腎臓下部にあたる部分だった。
そして今回、ネイ教授が示した場所が丁度そこに当たる。
同時に、ハタノにはサクラの痛みの正体がおぼろげに見えてきた。
ネイ教授のいう、胸部の過大な魔力反応。
人間の魔力は血中に最も含まれ、また、ネイ教授が肺動脈の解剖図を描けたということは、その肺動脈に過剰な魔力負荷がかかっているということ。
そして胸痛で肺動脈と言えば、もっとも思いつきやすい病が一つある。
「肺塞栓、でしょうか」
その病名は、帝国ではあまり馴染みがないものの、ハタノの医療知識としては大変有名なものだった。
肺の動脈が、何らかの理由で閉塞し、肺の血管を詰まらせてしまう病気だ。
俗にエコノミー症候群とも呼ばれるこの所見は本来、膝下部等にできた血栓……血の塊がなんらかの理由で静脈内を飛んでいき、血管がもっとも狭くなる肺動脈に到達することで発生しやすい病である。
「ただし通常、サクラさんのような十歳児にこの病気を疑うことはありません。そもそも今回の病は、可能性があるとしても、肺塞栓とは似て非なる病でしょう」
「というと?」
「サクラさんの場合、血栓ではなく魔力が膨大すぎて、おそらく肺動脈で痛みを発している可能性があります」
正直なところ、魔力量が多すぎて痛みが走るという事例は聞いたことがないが――
ネイ教授の話によれば、他に魔力的な異変がない、という点から見ても、疑うべきことだろう。
「まあ、病名の可能性だけでも絞れたなら、追加検査を行うことで鑑別可能です。そして、これなら対処方があるかもしれません」
「……? 出たり消えたりする臓器に、どうするの、院長」
「極命核そのものに手を出すのは、私にも難しい。ですが――臓器そのものに手を触れないなら……?」
ハタノの目的は、サクラの魔力が暴走しない程度に抑制すること。
チヒロの時のように魔力を供給する必要がある場合、魔力核そのものを足さねばならないが……逆なら。
必ずしも、極命核そのものに手を出す必要はない。
つまり――
「……ネイ教授。申し訳ありませんがしばらくの間、あなたの”解析”の力を実験させてもらっても、宜しいでしょうか」
「治癒法は?」
「最善の策かは分かりませんが、ひとつ、シンプルなものを閃きました」
ハタノは口にするか迷い、けれど、今後ネイ教授に活躍して貰うためにも。
その意味も込めて、遠慮せず、続けた。
「先程も言いましたが、極命核そのものの制御は、不可能です。しかし極命核そのものではなく、その臓器から送られる魔力を減少させることは、可能かもしれません。具体的にいいますと、魔力の流出先である下大静脈に、少々細工をしたフィルターを設置し、魔力を減少させ、肺や全身への負荷を軽減する。平たく言えば――IVCフィルター、ですね」
そして、チヒロの時のように身体を切開する手術でなく、IVCフィルターであるなら、もしかしたら自動防御も……
と、ハタノが次なる展開に思考を巡らせていると、ネイ教授がぼそっと。
「……院長は、奥様といちゃついてるだけの恋愛馬鹿ではないのですね」
「ネイ教授。最近、私へのアタリがきつくないですか?」
「真実を述べただけ」
「いや待ってください、それは真実では……」
と思ったが、よく考えればネイ教授の前で、妻と空気を読まず手を出していたのは自分だったような気もする。
サクラさんにも突っ込まれたし。
「…………」
「沈黙は肯定と同義」
「言い訳の時間くらい頂けませんか?」
ハタノは額に手をあてて項垂れつつ、でも否定しきれない自分が悪いか、と一つ大きな溜息をつくのだった。
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