3-3.「お父様とお母様も、自分達がどう見られているか勉強した方がいいと思います」

「お疲れ様でした、サクラさん。チヒロさんは強かったでしょう」

「はい。びくともしませんでした……」


 実験が一段落し、サクラがほっと息をついたのを見計らって声をかけた。


 慣れない魔力消費に疲れたのか、じっとりと汗をかき、ちいさく肩で呼吸をしている。

 ハタノは魔力ポーションを渡しつつ、日頃から魔法を使うのに慣れてないのだろうなと推測する。


「定期的に、魔法を使う訓練をしていきましょうか、サクラさん」

「え。……でも、検査は終わったんじゃ……?」

「才の教育でも言われることですが、魔力というのは、使わないと錆び付いてしまいます。それは、サクラさんの身体にとっても宜しくありません」


 人の魔力貯蔵量そのものは”才”の影響が大きいが、それを扱いこなせるかは努力による所が大きい。


 例えるなら、人間の筋肉。

 高い素質を持っていても鍛えなければ痩せ細っていくし、逆に正しく運動すればより強くなる。


「強くなるだけでなく、扱いやすくもなるはずです。サクラさんは今まで、あまり魔法と向き合ったことがないのでしょう。あるいは、自分の魔法を恐れていたか」

「……はい……」

「怖いのは、分かります。ですがその事実から逃げれば、サクラさんの魔法はますますコントロールが効かなくなります。……もちろん、無理のない範囲で、ですけどね」


 彼女の”才”は特別だ。

 前はおそらくテロ組織で強要されるように使わされており、彼女の内側に恐怖意識があるのだろう。けど。


「魔法は。才は、すごい力ではありますが、あくまで便利な手足に過ぎません。正しく身体の使い方を学べば、サクラさんが怖がるようなことは起きませんし、自分の限界を知ることで、いざという時に無茶が効くようにもなります」


 それに、治癒上の意味もある。

 自身の魔力、体調を自己コントロールするのは医学的にも価値が高い。後に訪れるであろう手術の際に、きっと役立つとハタノは見ている。


「……お父様も、そうやって学んだのですか?」

「まあ、私の時はほぼ強制でした。才の操作なんて出来て当たり前、そこから治癒が始まるのだと徹底的に。……とまあ、そこまで強要はしませんが、要するに、勉強をサボると将来困りますよ、という話です」


 サクラなら分かってくれるだろう、と思いつつ。

 ……今の自分は、口煩い父親のように見えるだろうか?


 と、心配になりながら告げると、彼女はこくりと頷いた。


「がんばり、ます」

「無理はしなくていいですからね。勉強だとしても、がむしゃらにやればいい訳ではありませんから。適度にやっていきましょう」


 ではお昼にしましょう、とハタノはアイテム袋からサンドイッチを取り出し、家族皆でゆるりと頂くことにした。


*


「チヒロさん。怪我などはありませんか?」

「心配なさらずとも、大丈夫ですよ。旦那様。……んっ」


 昼食を終えて一休みする最中、ハタノはチヒロの診察を行った。


 いきなり火を吹いたので、喉を痛めたのではと心配したのだ。

 ハタノは妻の、白く美しいうなじを撫でるように触れながら魔力精査を行う。


「喉が痛いとか、胸の奥に痛みがあるとかありませんか? いくら竜とはいえ、いきなり火を噴いたら食道や胃がどうなってるのか心配ですし」

「大丈夫です、旦那様。というより、その……そんなに、首筋を触られると、くすぐったくて」

「診察ですので仕方ありません」

「といいながら旦那様、本当は、触りたいだけでは……?」


 断じて違う。

 と、言いきれなかったりもするが、心配は心配なので、検査を。


「本当に問題ないみたいですね。普通、口から火を噴いたら火傷すると思うのですが」

「じつは仕掛けがありまして。あの炎、口の中から吹いてる訳ではないのです」

「え」

「竜のブレスは唇の先に魔力を集中して放つらしく、喉の奥から放っているわけではないのですよ」


 それは盲点だった。

 一見、火を噴いてるように見えたから、炎が食道を通ったのかと思ったが……実際には口先にエネルギーを集中し、放っているだけらしい。

 ひとつ勉強になっ……


「チヒロさん。それを先に言って頂ければ、首筋をこんなにさわさわして診察する必要はなかったと思いますが」

「……まあ、はい」

「もしかして、私に触られたくて黙ってました……?」

「…………」


 返答は、沈黙。


 相変わらずうちの妻は可愛すぎるな、とハタノは口元をもごもごさせるが、ネイ教授やサクラがいる側で押し倒して口づけしながら首筋をさわさわなでくり回す訳にもいかない。

 我慢ガマン、と、怪しい咳払いをしつつ。


「とにかく、ご協力ありがとうございました。お陰様で、サクラさんの魔力精査も進みました」

「何か、分かりましたか」

「後ほど、ネイ教授の解析結果と合わせて。……それにしても、チヒロさんは良いお母さんになれそうですね」

「……そうですか?」

「ええ。だって、子供のために火を噴いてあげる母親なんて、そう居ないでしょうし」


 チヒロは自分を不器用だと言うが、彼女は十二分に、他人に愛情を注げる人だと再認識する。


「それを言いましたら、旦那様だって良い父親になれると思います」

「そうでしょうか」

「ええ。優しくもあり、けれど、きちんと言うべきことは語る。改めていい人だな、と素直に思います」


 チヒロに返され、ハタノは悩むも……そうかもしれないと考えを改める。


 結局のところ、他人を愛せるかどうかは――自分に余裕があるかどうか、だ。


 以前のハタノは、或いはチヒロも、自身のことで精一杯だった。

 常に仕事に追われ、それ以外のことは意識にも上らない。

 そもそも他者を愛おしいと思う気持ちが薄く、業務上必要だからお付き合いをしていただけで、誰かと心を通わせる経験なんてむしろ拒んですらいたと思う。


 けど、今のハタノには隣に愛しい妻がいて、その妻が自分を大切に想ってくれている。

 ハタノ自身、彼女がいれば大丈夫だと思うことが沢山あるし、困ったら相談すればいい、という気持ちを自然と持てるぶん、心に余裕があるのだろう。

 余裕があるからこそ、サクラを始め、他人と円満な付き合いが出来ている。


 やはり自分は、妻に大いに救われているなと思いつつ……


 父。母。家族。

 ……もし。

 もしもの話だが、自分達に、本物の子供が出来た時。


 帝国では本来、才能ある子は専門の教育部に預けられ、帝国の思想を学ぶことになるが、叶うなら――

 いや。

 それはさすがに、帝国という超大国においてワガママが過ぎる。


 が、ハタノは一瞬だけ考えてしまった。


 ……チヒロさんが無事に、自らの子を産み。

 我が子を胸に抱いた時、きっと、彼女はとても愛おしい笑顔を浮かべるのだろうな、と――


「……旦那様?」

「すみません。考え事を」

「いえ。……ところで、その。あまり触られすぎるのは、ちょっと」

「あ」


 どうやら考え事の最中、ハタノはずっと妻の首筋をなでなでしていたらしい。

 チヒロは困ったように、でも嬉しそうに顔を上気させながらハタノの手を取り……けど、自ら離すのは惜しいのか、そのまま固まったまま、潤んだ瞳でこちらを見上げている。


 とろけるような、疑いのない眼。

 ハタノを心から信頼していることが伝わる、ふわりとした雰囲気。

 百点で評価するなら百億点くらい愛おしいその姿に、ハタノもつい勢い任せで彼女に口づけをしようとして――


「……お父様……」

「院長。私が言える義理はないけれど、情操教育によくないと思う」


 サクラはともかく、あろうことかネイ教授にまで突っ込まれ、ハタノ達は慌てて離れた。




「…………」

「…………」

「お父様。お母様」

「「はい」」

「子供に向かって勉強するようにと言う前に、お父様とお母様も、自分達がどう見られているか勉強した方がいいと思います」

「「申し訳ございませんでした……」」


 社会人としては立派でも、大人としては脇が甘すぎるハタノ夫妻であった。

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