3-2.「うちの妻、普段から可愛いのですが、さらに格好よくなってしまいました」
「お母様。本当に、大丈夫なのでしょうか……」
「ええ。と言いましても、母と実際に戦う訳ではありませんけれどね」
帝都から外れた平原。
雷帝様の私有地にて、サクラは妻チヒロを見上げながら不安そうに口をもごもごしていた。
サクラの力を見るための、チヒロとの実践勝負――
といっても、実際に戦う訳ではない。
サクラの才”異界の穴”は、異世界より物資を出すのみならず、自身を傷つける攻撃に対し、自動で身を守る力がある。
その力を意図的に発動して貰い、チヒロがそれを払いつつ様子を観察するだけだ。
「サクラさん。では少しずつ、力を使ってみてください」
チヒロがサクラに寄り添い、力の使用を促す。
その間、ハタノは同伴した特級治癒師”研究者”ネイ教授と共に、遠くから魔力精査を行った。
ネイ教授の持つ固有能力”解析”は、その名の通り、視認したものの魔力を分析する力を持つ。
エリザベラ教授やガイレス教授のような直接的な効果はないが、基礎研究や病気そのものの診断において、極めて高い有用性を発揮する、サポート向けの力だ。
もちろん雷帝様の許可を貰い、守秘義務契約を交わしている。
なお、肝心のネイ教授は――
竜魔力と極才の魔力に、先程からはぁはぁと興奮し、眼鏡の奥の瞳をキラキラ輝かせていた。
「院長。後で二人とも直接触ってみたい……」
「却下です。うちの妻と娘にヘンなことをしないように」
この子、素質は有能なのに、研究気質すぎるのがなあ……。
と、嘆いている間にサクラの実験が始まった。
サクラが指先に魔力を込め、直後、何もない空間に灰色の渦が出現する。
サイズは、手をパーに広げた程度か。
チヒロさんが彼女を支え、少しずつ出力を上げてください、と横から支え――
「あっ」
緊張から、だろうか。
サクラの手がパチンと火傷したように弾かれ、灰色の渦がバチバチと火花を散らし――ボン、と爆発した。
「ネイ教授。今のは?」
「魔力暴走。魔力を"才”に合った力に変換できず、暴発する現象」
「確かに、子供がよくやるミスではありますが……」
それでも、爆発する程強くはないはずだ。
そして爆発に巻き込まれたサクラ自身は、自動防御により無傷だが、チヒロさんは……。
「っ、お母様! ごめんなさいごめんなさい、あの……」
「どうかしましたか?」
もちろんニコニコ笑顔で、姿を見せた。
刀一つ抜かず、いつもの和服姿でしれっとそこに立っている。
チヒロがサクラに向かい、優しく肩を叩く。
「大丈夫ですよ。母はこの程度では倒されません」
「で、でも今の、普通の人なら大怪我で……」
「前にもお話しましたが、私は半分竜の身です。ご覧の通り最強ですので、チヒロさんも恐れず実践してください。むしろ、失敗した方が良い測定結果を得られるかもしれませんし」
「でも……」
「ああ。せっかくですので、母の強さをお見せしましょうか?」
と、チヒロさんが足を開き、深呼吸をした。
翼を見せるのだろう。妻が竜だと理解してもらうには、一番分かりやすい方法だ、とハタノが頷き。
チヒロさんは、すーっ……と胸いっぱいに息を吸い込んで、
「ドラゴン・ブレス!」
一歩踏み込み、チヒロさんが大きく口を開け。
ぼおおおおおっ! と、空に向けて青い炎を吹きあらした。
…………は????
え?
えええええっ!?
「……え!? え、えええええっ」
「「!?!?」」
え、何ですかその特技。旦那も知らなかったんですけど!?
というか、火を吹けるってどういう身体構造を……?
サクラに続きハタノも、ネイ教授もなんじゃそりゃあーと目を丸くする中で、チヒロさんは口元にちろちろと小さな炎を残したまま、照れくさそうに後ろ髪を掻いた。
「すみません。竜核移植の後から、何となく出来そうだなとは思っていたので、お披露目を。……まあ、実践向きではありませんけれど」
「そうなんですか?」
「はい。魔力の溜めが長く、相手に狙いがバレてしまいます。私は速度で敵を圧倒するタイプですし、大技が必要なときは普通に勇者の魔法を使ったほうが火力が出ますしね」
でも相手を驚かせる手品には丁度いい、と、チヒロさんが口元の炎をハンカチで拭い去る。
へええ、実践向きではない技なのか。
でも、それはそれとして――口から火を吹く妻。それは……
「ネイ教授。どうしましょう。うちの妻、普段から可愛いのですが、さらに格好よくなってしまいました」
「……院長。いまの普通、怖がる所では?」
「怖がる……? 驚きはしましたが、また一つチヒロさんのことを知れて嬉しくは思いましたけれど」
ハタノが首を傾げ、ネイ教授が珍しく呆れた眼を浮かべるなか。
肝心のサクラはぽかんとし、チヒロは「ですので」と笑いながら、
「サクラさん。ご覧の通り、私は並大抵の人間ではありません。人によっては怪物の類にすら見えるでしょう。それ程に強い母は、何があっても早々にやられたりはいたしません」
語るチヒロさんの声には、確たる自信が窺える。
事実、チヒロさんは雷帝様暗殺事件で銃撃されて以降、目立った手傷を負ったことがない。
ハタノの知らない所で、テロ組織と刃を交えたこともあっただろうに、だ。
まさに、母は強し(物理)だ。
「では検査を続けましょう、サクラさん」
「は、はい」
サクラが慌てて、自身の魔力出力を上げていく。
今のブレスで緊張がほぐれたのか、或いは、チヒロ相手なら大丈夫という安心感を得たからか。
サクラが初めて両手を前に突き出し、じんわりと額に汗を浮かべながら”異界の穴”を広げ始めた。
先程よりサイズが大きいゲートを見ながら、ハタノはこれも親子のコミュニケーション方法の一つかと感心しつつ、妻の期待に応えるため測定メモをとり続ける。
「院長。やっぱり竜魔力の解析……」
「却下」
「でも院長、奥様が火を噴いたらキスの時困る。私が責任持って解析――」
「いいから仕事してください、ネイ教授。そもそもうちの妻は、口づけする時いつも火がついたように頬を染めます。今さら火を吹いたところで、大した違いはありませんので問題ありません」
ハタノの真顔による説明し、ネイ教授は成る程と納得――しかけて、
「……火を噴いたところで、大したことがない???」
首を傾げながら、仕方なく仕事に戻るのだった。
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