3-1.「お父様。お母様。……間違っても余所の家で――」

 それから一月が過ぎ、サクラとの生活にも少しずつ慣れてきた。


「お父様、お母様」と呼ぶのは相変わらずだけれど、彼女も前より距離が近づいてきたと思う。


 例えば食事時、サクラはよくチヒロの隣に座るようになった。

 本人が気づいているか分からないけれど、ハタノとしては良い変化だと思う。

 先日、業務上の理由で治癒院に一泊したときは、チヒロとサクラさんが一緒のベッドで寝たとも聞いた。


 まあ、サクラさんの話によると「お父様が帰ってこなくて、お母様がさみしがってたから一緒に寝てあげた」らしいけれど。

 なんて、ほのぼのとした話を聞きつつ、――ハタノは、頃合いかな、と判断した。




「サクラさん。本日は、大切なお話があります」


 サクラさんを席につかせ、不安にならないようチヒロを隣に座らせながら、ハタノは丁寧に切り出した。


「以前にもお話しましたが、私はただサクラさんの両親役を請け負ったわけではありません。治癒師として、サクラさんの身体についても診ていくことも、頼まれました」

「……私、どこか悪いんですか?」

「以前、魔力を使うと胸が痛む、と仰っていましたよね。それは、普通の人には起きない現象です。……と言いましても、それが本当に病気なのかは分かりません。そもそも、病気の定義というのはとても難しいものです」

「そうなのですか?」

「ええ。私の個人的な見解を述べますと、病気とはあくまで、その人の生命活動にとって宜しくない状態、と考えています。……そうですね、例えば、生まれた時に内臓が左右逆になっている人がいたとします」


 内臓逆位。

 出生時に体内の臓器が、常人に比べて左右逆についている症状のこと。

 一見すると病気に見えるが、内臓逆位そのものに病的な意義がある訳ではなく、異常所見も発生しない。


 ただし内臓逆位で生まれた者の多くは、同時に血管や心疾患を持つ者が多く、五歳まで生存できる率はおよそ10%程度と言われている。


「つまり”才”そのものは病気ではありませんが、サクラさんの”才”が、あなたの身体に負荷をかけている恐れはある、ということです。……その上で、私の目的はふたつ。一つはサクラさんの治療。もう一つは、政治的な意味合いです」

「……私の力が強すぎる、ですか?」

「ええ。もしサクラさんが雷帝様のように、最初から帝国に生まれ、生粋の帝国育ちであれば信頼もあったとは思いますが……サクラさんの出自は元々、帝国に仇成すアングラウスという組織、と、見ているのが大半です」


 とはいえ、実際の事実は違うだろう。

 サクラさんは好んでテロを行う性格には見えない。おそらく彼女の母親が何らかの方法でテロ組織の元に現れ、母親に命じられるままに魔法を使わされてきた、辺りが事実だろうか。


 それでも、帝国の”柱”として幼少期より育てられた者と、今のサクラでは信頼の度合いが異なる。

 その上、彼女の持ち出した”銃”は雷帝様暗殺事件にも用いられているし、更には”宝玉事件”もあった。

 サクラの立ち位置は、非常に悪い……と見て良いだろう。


「先日確認したのですが、いま現在、サクラさんの存在は雷帝様によりある程度伏せられています。が、将来的に隠し通すことは不可能になるでしょう。……そうなる前に、サクラさんご自身が帝国に仇成さず、かつ、有用であることを示さねばなりません」

「有用……」

「帝国は厳しい国ですが、有益な者の首を取るほど愚かではありません。そして、サクラさんは非常に強力な”才”をお持ちです。その安全性を客観的に示すことができれば、帝国内で普通の生活を営むこともできるはずです」


 丁寧に語りながら、ハタノは歯がゆさを覚える。

 幼い子に対し、力がありすぎるから制限する治療を行う――胸痛の件は別としても、その意図にサクラの身体とは異なる、政治的な理由が含まれているのは事実だ。

 彼女の視点で見れば、理不尽にも思えるだろう。


 が、ハタノの見立てでは、サクラさんは理知的であり理性的。

 納得すれば、分かってくれる。

 なら嘘をついて誤魔化すより、誠実に伝えた方が良い――チヒロとも相談して決めたこと。


 サクラがほんの少し、俯いた。

 困惑したように瞼を伏せ、じっと自分の髪をいじり……けどすぐに、顎をあげて。


「それで。私は、何をすればいいんでしょう」


 そのまっすぐな眼差しに、ハタノは、強い子だなと思う。

 ……少しだけチヒロさんに似てきたかな、と、ハタノは表情を和らげる。


「実はまだ、治癒の方針は決まっていません。大まかな推測は立てていますが、まずは検査ですね。サクラさんの才には未知の部分が多いですから、きちんと検査をして、一番いい方法を探しましょう」


 今回の治癒は、チヒロさんの竜核移植と異なり猶予がある。

 彼女の持つ”極才”――極命核が、どのように魔力を生成し蓄積し、消費しているかを診断する所から、始めなければ。


「お父様。具体的には、どうすれば?」

「まずは色々な形で、力を使って頂きます。そうですね、負荷心電図検査の魔力版だと思って貰えれば。測定については、私の知人に解析に詳しい人がいますので、そちらにお願いしようかと」


 丁寧に告げると、サクラはまた少し考えた。

 ……まあ、不安になるのも分かる。

 病気の治療と聞いて、いい顔をする子はいないだろう――


「お父様。私、張り付けにされて解剖されたり……?」

「しません」

「でも映画や漫画で実験台になる人って、手術室にくくりつけられて改造されたり」

「お父さんを勝手にマッドサイエンティストにしないでくださいね?」


 自分はどんな人間に思われてるのだろう。娘の教育を間違えたか。

 あと映画や漫画って何だろう?

 密かに傷つくハタノの前で、チヒロがくすくすと、サクラさんの手を取る。


「大丈夫ですよ。旦那様は、治癒に対してとても誠実です。必ず、サクラさんが望む最善のことをしてくれますから」

「お母様……」

「ただ、そのためには検査が必要です。まずはそれを頑張りましょう」


 と、母チヒロがにこっと笑い、


「ということで、サクラさん。まずは、母と勝負をいたしましょう」

「へ!?」

「旦那様が仰るには、負荷を与えた状態――つまり、サクラさんの魔力を振り絞りきった状態を測定したいそうです。そこで、母を相手に実践勝負をしてみませんか?」

「え。で、でも……わ、私の力って、本当に危くて……」


 サクラが驚くのも、わからなくもない。

 彼女の才”異界の穴”は、下手したら相手を別次元に送り込んでしまう即死級魔法。――ではあるが、


「大丈夫です」


 チヒロさんが袖をまくり、ぐっと肘を曲げて自慢する。


「私、自分でいうのも何ですが、結構強いのです。少なくとも、娘に負けるほど修行を怠った覚えありません。それに母、こう見えて半分竜ですし」

「え。お母様、またご冗談を……」

「ガチドラゴン母です」

「えぇ……? あの、お父様? お母様がヘンなことを」

「あ、私が妻を竜にしました」

「お父様!? お母様に何したんですか!?!?」


 色々あったんです。

 ……本当に色々と。


「まあ、身体が半分竜でも、チヒロさんはチヒロさんです。愛らしい妻であることに何も変わりはありませんので、遠慮なく体当たりしてください」

「……うちのお父様とお母様って、やっぱりヘンです」

「そうかもしれませんね。でも、今さらの話ですよ」


 否定しきれないなぁ、と苦笑しつつ。

 それでも、彼女に竜を取り込んだおかげでチヒロは命を救われ、間接的にハタノも救われ、今こうして愛し合えることが出来るようになったのです――


 と伝えたら、サクラさんはなぜかドン引きしたような顔をしつつ、溜息をついた。


「お父様。お母様。……間違っても余所の家で、相手を竜にしたから愛し合えました、とか言わないでくださいね?」

「はい。よくわかりませんが、自重します」

「わかってくださいっ」


 サクラが声を荒げるのが珍しくて、ハタノはつい、くすりと笑ってしまった。


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