2-1.「人の基本は信頼関係。とはいえ、そのあり方は愛情や親密さだけではない」
「しばらくお休み頂き、ありがとうございました。ご迷惑をおかけし、申し訳ございません。……それで、今日集まっていただいた理由ですが、特別な患者の治療のための医療チームを立ち上げたいと考えています」
二週間後。ハタノはチヒロともども充分に静養したのち、帝都中央治癒院の会議に出席していた。
目的は、ひとつ。
サクラの”才”の研究および治癒について、ご協力頂くためだ。
二週間の育休中に実験を行ったことで、サクラの容体について分かったことがある。
彼女の”才”は、危険だ。
単純な力という意味でも別だが、他にも――
とはいえ流石のハタノも、彼女の治癒を一人で出来るとは考えていない。
「というわけで、お仕事の最中すみません。今回ばかりは特級治癒師のお力を借りたい……と、思ったのですが……?」
ハタノは眉を寄せる。
会議室にいるのは、そっと眼鏡を押し上げながら黙る”研究者”ネイ教授。
それと、相変わらず腕を組み考え事をしている大柄な”日和見”ホルス教授。
グリーグ教授は先日の一件で更迭され、いないのは分かるが……。
「ホルス教授。エリザベラ教授は?」
「拙者は止めたのだが、武者修行に出るといってな。先日の一件で、魔力切れを起こしたのが堪えたらしい。私より強い魔力保持者に会いに行く、と」
「えぇ……?」
何その格闘家みたいな発想は。あの子は本当にもう……。
まあ特級治癒師が勝手に帝都外に出るのは犯罪なので、帝都内にいるとは思うが。
「ところで、ガイレス教授は? まだ魔力は戻らないものの、退院したと聞きましたが」
「ハタノ院長殿。それは聞かない方がいいかと」
「え?」
「院長殿がお休みされていた間、ガイレス教授が院長業務の代行を行っていてな」
え。
「あれだけ忠告したのに、グリーグのヤツに腹を刺されて休暇だの、知らない間に院長外来だの行った挙げ句、突然の休暇とは……と大変お冠でありましたが……」
本当にすみませんでした。
後でちゃんと謝っておかないと……いやまあ、自分はそこまで悪くない気もするけれど。
ま、まあガイレス教授には別口で話をしよう。合わせる顔がないし。
と、ハタノは冷や汗を流しつつ改めて説明を行った。
現在ハタノが抱えている問題について。
雷帝様からは”異界の穴”という才そのものについては伏せた上でなら、他者への相談も良い、と許可を得ている。
「極才の治癒……というか、魔力コントロールの手法について、でござるか?」
「はい。ホルス教授、ネイ教授。なにか心当たりはありませんか」
特級治癒師は”極才”程ではないにしろ、才の高い部類に入る。
また最高峰の治癒師という仕事柄、極才の治癒に関わることもあるはずだ。
この二人なら何かを知っているのでは? と、期待したが……。
「拙者は残念ながら、とんと心得がありませぬな。ネイ殿は?」
「ない。……でも、極才の研究、興味深い」
「ありがとうございます。ただ、推測でもよいので、何かしら方針を立てねばなりませんが……」
「成程。しかし十歳で極才治癒とは。拙者にも今年で十歳になる愛娘がおりますが、その歳で治癒が必要とは酷ですな」
溜息をつくホルス教授に、そういえば彼も妻子持ちなのだと思い出す。
父親の経験という意味では、彼の方が上かもしれない――
「ところで。ハタノ院長は子育ての経験はおありか?」
「え。……いえ、全く」
「であれば魔力コントロールも大切ではござるが、その前に、まずは対象患者と信頼関係を築くことが先かもしれませぬな」
ハタノは耳を傾ける。
”日和見”と呼ばれるホルス教授だが、彼の助言は大体有益であると、ハタノは経験則から理解していた。
「院長にはいまさら語るまでもなかろうが、当人の魔力は、正しき睡眠と食事そして精神状態に影響される。――その度合いは、極才レベルとなればより強くなるであろう」
「ええ。存じています」
「その上で、”極才”級の才持ちとなれば、その気になれば姿形すら変えられる――であれば、その対象患者の精神状態が安定していることは、より良き治癒に繋がるであろう、と愚考する次第」
確かに、そうか。
極才の持ち主は、その気になれば姿形を変えられる――その事実は雷帝様や城帝様を見れば、明らかだ。
応用すれば、サクラに対し、自分の治癒に適した姿に変わって貰う……という発想もあり、なのか?
そして、サクラにそれを頼む上で、彼女との信頼関係はとても重要になる……かもしれない。
「まあ、今さら院長殿にこのような話は必要ないであろう。治癒師にとって患者の信頼を得るのは、基本でもありますしな」
「確かに。……ああ、だから雷帝様は、私に子育てをするように、と……?」
つまり子育てを通じて、互いの信頼関係を構築せよ、と――
ハタノが思考を更新するなか、続けて、ネイ教授が手をあげる。
「院長。現時点で提供できる情報はない。ただ、私が直接、該当患者を見られれば、私の才で詳細を確認することが出来るかもしれない」
「そうなのですか?」
こくり、と頷くネイ教授。
彼女の特級治癒師としての固有魔法は“解析”。
その力を目の当たりにしたことはないが、きちんと分析して貰えれば、治癒のヒントが得られる可能性は高い。
(となると雷帝様に、ネイ教授とサクラの面会を許して貰う必要があるが……?)
と、ハタノがじっと考えを巡らせた、その時。
ガン!
と、会議室の扉が強引に開かれ、鬼が飛び込んできた。
「おいハタノ。貴様、院長の身でありながら帰宅早々のんびり会議とは、随分といいご身分のようだな」
「っ……ガ、ガイレス教授。すみません。ただこちらにも事情が、その」
「ほう。貴様が私の立場だったら同じ台詞が言えるか?」
しかめ面どころでなく眉をつり上げ、ギラついた眼差しを向けるのはハタノの天敵、ガイレス教授だ。
まあ最近は公聴会といい院長代理といい、お世話になってばかりなので頭が上がらないのだが……。
「ほ、本当に申し訳ございません、ガイレス教授。謹んでお詫びを」
「貴様の詫びなどいらん。それに私とて、雷帝様より命じられただけだ。これも仕事だからな。が、それはそれとして貴様に一言文句を言わねば気がすまん」
ふん、と鼻息荒く悪態をつくガイレス教授。
気持ちは分かるが、ハタノとしては相変わらず苦手だな……。
と、顔を引きつらせていると、教授が抱えていた資料をテーブルに放り投げた。
「ついでに、極才に関する資料だ。といっても数は多くない。そもそも極才の治癒経験など、片手で余る程度にしか実例がないからな。――もっとも、その治癒に一番多く携わったのが私だが」
「え。……もしかして、資料を用意してくださったのですか?」
「貴様のためではない。何度も言わせるな!」
……いやまあ、雷帝様の命令だろうけど。
それでも。
「あの。ありがとうございます、教授――」
「それと貴様が行っていた治癒師への勉強会は、貴様の子飼いであるシィラとかいう二級治癒師に全部放り投げてある。半泣きでわめいていたから一声かけてやれ。でないと、あのミカとかいう下級治癒師が口煩くてかなわん。耳が痛い。何とかしろ」
「す、すみません、何からなにまで」
「残りは貴様に引き継ぐ資料だ。目を通しておけ。まったく」
クソが。
全くもって不愉快だ。
なんで私がこんなことを。
と、ぶつぶつ言いながら、ガイレス教授はさっさと会議室を後にしてしまった。
その背中を見つつ、ハタノは大変な申し訳なさと……
やっぱり、ガイレス教授は教授だなあと思っていると、ホルス教授がおずおずと。
「ハタノ院長。お言葉ですが、ガイレス教授と仲が良いのでありますか……?」
「え? いえ。見ての通り、仲が良いには程遠い関係ですが」
「……いま、拙者の知らぬガイレス教授を見たような気がしたのだが」
「え?」
「ふぅむ。人の基本は信頼関係。とはいえ、そのあり方は愛情や親密さだけではない、ということであろうか」
むっつりと腕組みをする、ホルス教授。
その言葉の意味が、ハタノには最後までよく分からなかった。
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