1-6.「私の知らないうちに、二人で楽しそうなことしてる……」
目を覚まして、自分がどこに居るのか分からなくなる。
ぐちゃっとした記憶に心臓をバクバクさせ、けど、サクラはすぐに深呼吸をはさみ、ここが帝国と呼ばれる国の一室だと思い出す。
……私は昨日、帝国の偉い人に、命令されて。
そう。新しいお父様と、お母様を紹介されて。
ベッドから降りて胸に手を当て、昨晩のことを思い出す。
新しい家。新しい両親。ご飯とけん玉。
夜中にちょっと目を覚まして、お父様とお母様が口づけをしていたところ……。。
ほんのりと昨晩のことを思い出し、サクラはちょっと恥ずかしく思いながら、頂いた長袖の貴族服に袖を通す。
いまは、何時だろう?
もしかしたら、寝坊してしまっただろうか?
……怒られる、だろうか。
サクラにとって大人とは、恐ろしくて怖い存在だった。
図体が大きくていつも自分を見下してきて、でもお願い事をする時だけは、ニヤニヤしながら気持ち悪いくらいに猫なで声をあげてくる――嘘の仮面をたっぷり張り付けながら、言うことを聞かせようとしてくる存在。
だから、きちんと挨拶をして、返事をしないと怒られる。
……返事をしなくても、怒られるけど……。
サクラは心の底でびくつきながら、でも部屋を出ないわけにもいかないので、リビングに顔を出すと――
お父様がのんびり本を詠みながら、くつろいでいるのが見えて、少し、ほっとした。
「……おはようございます、お父様」
「ええ、おはようございます。サクラさん。……ああ、チヒロさんは朝からお仕事です」
本を閉じ、有休とは何でしょうか、と苦笑する父親……役のハタノと一緒に、朝ご飯を頂くことにした。
注文は父と同じ、簡素なパンとスープ。
合わせた、というより、サクラも元々朝はそんなに食べないタイプだ。
……でも、昨日の今日だし、きちんとご飯は食べた方がいいんだろうか?
と、父親のご機嫌を伺っていると、当人であるハタノが困ったように本を置いて、語りかけてきた。
「サクラさん。参考までにお聞きしたいのですが、サクラさんには父親との記憶や経験は、ありますか?」
「……父、ですか」
「申し訳ありませんが、私の中にある父親像は参考にならない気がして」
ハタノが苦笑いしているのを見ると、本当に困っているようだけれど……。
父親像と言われても、ぴんと来ない。
物心ついた頃には母と二人暮らしだったし、たまに訪れる男に対しても、良い印象はなかった。
粗暴であったり、ニタニタとした嫌らしい笑みを浮かべたりと、生理的な嫌悪感を持つ男の大人ばかりで……こちらの世界に来てからも、男の大人にいい印象はない。
と、口にしてしまうとまた心配されるので、サクラは「よく分かりません」と濁した。
「そうですか。難しいですね……」
うーん、と天井を見上げて考えるハタノは、でも、サクラにとっては新鮮だ。
乱暴だったり、上辺でイイコトを言う大人は沢山いたけれど、真正面から「どうやって接しよう?」と考えてくれる人は、少なくともサクラの周りにはいなかった。
と、不思議がるサクラの前で、ハタノは、よし、と軽く手を叩いた。
「サクラさん。私はあまり器用な人間ではないので、今のうちに話しておきます。……私達はただ、里親のいないあなたのために、両親として選ばれたわけではありません」
それは分かる。
治癒師というのはお医者様の仕事だろうし、母チヒロの勇者というお仕事も、国防のためだと聞いた。
その上で、サクラに対してなにか特別な意味があることも、何となく……。
「その理由はおそらく、サクラさんの”才”にあることは、頭のよいサクラさんならご理解していると思います」
「……はい」
「ただ、その理由については、私もきちんと分かっている訳ではありません。なのでお互い大変だと思いますが、これから一緒に頑張っていきましょう」
と、――ハタノが頭を下げ、サクラは目を丸くした。
大人が、頭を下げるなんて、見たことがなかったから。
「え。あ、あの。お父様……?」
「私は人心を理解できないタイプなので、優しい父親のように、子供を抱きしめるのには向いてないかもしれません」
「いえ、そんなの、大丈夫です、けど……」
「でも代わりに、自分なりに言葉を尽くすつもりです。それに、愛情についてはチヒロさんが頑張ってくれるはずです。あの人は、とても優しい方ですから」
と、顔を上げたハタノが柔らかく微笑んだのを見て、ああ、この人は本当にお母様のことが好きなのだな――と、昨晩の光景を思い出し、サクラはほんのり恥ずかしくなって顔を背ける。
いや、まあ。
よくわかんないけど、夫婦仲がいいのは、良いこと……だと、思う。うん。
「その上で、サクラさん。私は父親としてと同時に、治癒師としても、サクラさんに接しなければいけません。――具体的に言いますと、サクラさんの”才”について」
「……はい」
「決して、悪いようにはしないよう心がけます。ただ、将来のために、この話から逃げることは出来ません」
申し訳ございません、と、もう一度頭を下げたハタノを見て、サクラは思う。
この人は……自分を、一人の人間として、扱おうとしてるのかもしれない、と。
大人として、子供を無理やり抑えつけるような姿勢でもなく。
かといって、甘やかしたり見下したりする子供扱いでも、なく。
お父様的に言えば、一患者……きちんと向き合うべき、一人の人として、挨拶をしている。
その姿勢は、普通の子供には、厳しい大人に見えるかもしれないけれど。
何かと大人のワガママに振り回されてきたサクラとしては、新鮮で……あと何となくだけど、この人は嘘をつかなさそう、というのを感じる態度に見える。
――変わってる、と思うけど。
こういう人もいるんだなあ……と、ぽかんとしてしまうような。
「サクラさん? やはり、まずかったのでしょうか。すみません、子供の相手は慣れてなくて」
「い、いえ。大丈夫です。私も、その方が助かります」
「本当の親でしたらもっと、優しく抱き留めてあげるのでしょうけど、どうも私がやると演技臭くなる気がして」
まあ、お互い初対面の大人と子供だ。
いきなり愛情など向けられても困るのは、サクラとしても分かる。――にしても。
「お父様って……すこし、変わっていますね」
「自分でもそう思います。まあ、そんな私だからこそ愛してくれた妻もいるので、後悔はありませんけれど」
否定するどころか、苦笑で返すハタノ。
子供の私がいうのもヘンだけど、世渡りが苦手そうな大人だ。
でも。そうやって包み隠さず話してくれるのは、サクラとしては嫌いじゃないし――
多分そんなお父様だから、お母様も好きになったのだろうな、って思う
「その上で、サクラさん。早速ですが、チヒロさんが帰ってくるまでの間に、幾つか診察と検証をさせてください。……すこし大変かと思いますが、先日お話されてた自動防御についても、ぜひ」
「……えっと」
「でも、チヒロさんの前で、いきなり自分にナイフを突き立てたりはしないでくださいね。もちろん、私の前ででも、です。……安全を確保した上で、ちゃんと、実験ですよと理解したうえでやらないといけません」
でないと、自分の身体を大切にできなくなる。
自分の心を大切にできなくなる、と言われ、サクラは何故かドキリとした。
別に、自分なんか傷ついてもいいのに――と、普段から思っていたはずなのに。
妙に、心が痛んで、染みるような……。
「少しずつ、怪我をしないように、やっていきましょう。もし痛かったり辛かったら、すぐに言ってください。サクラさんの身体が、一番大切ですから」
ハタノが告げて席を立ち、まずは心の準備をしましょう、と深呼吸。
サクラも習って深呼吸をするも、なんだか逆に緊張してきた。
実験。実験。
前は何とも思ってなかったけど、いざ、お父様に「身体が大切」といわれ、自分が大事に思われてるのだと、感じると。
やっぱりドキドキするし、自分の”才”が暴発したら、どうなるかなって思うと……。
「緊張しますか?」
「……い、いえ、大丈夫で――あ、えと」
サクラは一瞬声を引きつらせ、でも、……。
「はい。……少し」
「そうですね。まあ、怖くて緊張すると思います。……ええと、そうですね。緊張をほぐすには……すみません、私はどうも性格的に、やらなきゃいけないことはやるしかない、と割り切ってしまう方でして。でも、考えないといけませんね……」
父、ハタノがない知恵を絞り、うーんと腕組み。
で、緊張をほぐす方法を聞かれたので。
「何かありませんか? こう、軽い運動をして気持ちをリラックスさせるとか。サクラさんの世界で、有名なものとかあります?」
「……ラジオ体操?」
「何でしょうか、それは」
折角なので、父ハタノにラジオ体操を伝授した。
ハタノは「よく分かりませんが」と言いつつ、サクラと二人揃って、のびのびと背伸びの運動を始めた。
――して、十分後。
母チヒロがたまたま仕事から戻ると、自宅でなぜか父と娘が揃って両腕をあげ腰を大回転させていた。
チヒロは、目を丸くし。
「私の知らないうちに、二人で楽しそうなことしてる……」と、ちょっと羨ましそうにふて腐れたので、サクラが誘って三人でラジオ体操をすることにした。
何だこれ。へんなの。
と、サクラは思ったけれど、なんだか一緒にやってるうちに楽しくなって。
家族って本当はこういうものなのかな、と、ぼんやり考えながら、三人でぴょんぴょんとジャンプしたのであった。
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