1-4.「いつも通り、お仕事を頑張りましょう。それが、私達にできる唯一のことですから」


「さすがに、まだ緊張しますね」

「ええ。……普通のご家庭では、夫婦とは子供とどのように過ごしているのでしょうか」

「そうですね。まあ、私達はいきなり十歳のお子様が来られたので、事情は違うでしょうが」


 けん玉大会を終えた後、そろそろ疲れてきたであろうサクラを子供部屋に案内した。

 一緒に寝ることも考えたが、見知らぬ夫婦と寝床を共にするのも疲れるだろうし……ハタノ達も気を遣うので、彼女用の部屋は別で用意したのだ。


 そうしてサクラを寝かしつけ、夫婦揃ってリビングで一息ついたところだ。


 ……正直、戸惑いはある。

 ハタノも子供を相手にした経験は医療を除いてなく、どんな風に接すればいいか、手探りの状況だ。

 けど、まあ。


「色々と悩むでしょうが、少しずつ始めていきましょう、チヒロさん」

「はい、旦那様。……しかし、サクラさんは随分と聞き分けの良い子ですね」

「ええ。心配になるくらいに」


 サクラは年頃の子にしては、非常に礼儀正しく、気遣いができる。

 裏を返せば、気遣いが過ぎる。


 ハタノはそれを、必ずしも良いことだとは捉えていない。

 幼少期の頃から抑圧的すぎる性格になるのは大抵、親御さんが苛烈な教育者であるケースが多い。


 幸い、サクラは極度の虐待までは受けていないようだが……。


「チヒロさん。サクラさんの親御さんについては、何かご存じでしょうか?」

「雷帝様から聞いた話では、母親と共にこちらの世界へ来たそうですが、既に母親のほうは亡くなられている、と」

「こちらの世界へ来た、ですか」

「元々サクラさんはこの世界の住人でなく、何らかのトラブルにより異世界から来たらしいのです」


 それも”才”による影響だろうか?


「まあ、今は私達に出来ることを致しましょう、チヒロさん」

「はい。……とはいえ、私にはまだ、雷帝様が彼女の子育てをしろと言い出したのか計りかねます。考えても分からないものかもしれませんが――」

「いえ。多少ですが推測はできます」


 え、と、瞬きをするチヒロ。

 ハタノは、あくまで推測ですと前置きしつつ、声を落とす。


 決して、サクラに聞かれないように。


「――雷帝様は、サクラさんを私達に任せたのではなく、任せざるを得なかったのでは、と推測します」

「と仰いますと?」

「先程サクラさんが話していましたが、才”異界の穴”は、自分自身の身も自動的に防御する……という性質でした」

「ええ。自らに、ナイフを当てようとした時の」

「あの時さらっと、彼女はこう言いました。何でも防げる、と」


 実際にどれ程の防御性能かは、実験してみないと分からない。

 ただ、もしその言葉が本当だとしたら?


「常識的に考えて、あれほどの力を持つ子を、雷帝様が自らのお膝元から手放すはずがありません。……それに、才”異界の穴”は今まで幾度となく帝国を危機に陥れた元凶です。雷帝様ならまず間違いなく利用するか、あるいは始末することを考えたはずかと。……が、それをしなかったということは、答えは、ひとつ」


 雷帝様は、サクラが子供だから慈悲を見せた……等という甘い考えを持つ方でないのは、ハタノもよく理解している。

 そして雷帝様なら、必ず、試みたはずだ。

 サクラの始末を。――そのうえでいま、彼女が生きている、ということは。


「旦那様。もしや……雷帝様は、サクラさんを始末しなかったのではなく、できなかった……?」

「彼女が見せてくれた”異界の穴”は、異世界からあらゆるアイテムを持ち出すことが出来る。逆にいえば、あらゆる攻撃を異世界に受け流すことも、できる」


 ”異界の穴”は、単にアイテムが出し入れできる才ではない。

 もし、狙い澄ました対象すら異世界に飛ばす……あるいは、敵の攻撃すら異次元に消してしまう、と考えれば?


「しかも、サクラさんの才”異界の穴”は、その発動時に殆ど動きがありませんでした。つまり、ノーモーションで次元の穴を開く――雷帝様がどこまで実践されたかは分かりませんが、極めて危険な才だと思います」

「……だとしても、旦那様。ほかに方法はいくらでも……あまり言いたくはありませんが、毒なども可能でしょうし」

「ええ。その点については、まだ何とも言えません。ただ、才持ちを殺すだけであれば”才殺し”も使えます。雷帝様がそれに気づかなかったとは思えません。……が、これももしかしたら、何らかのリスクがある可能性があります」


 あの方は感情屋であると同時に、合理主義者だ。

 利用できるものは利用するが、自分の手に負えないものを放置するほどお人好しではない。


 ――その上で、サクラが今ここで生きているのなら、他の方法にもリスクがある、ということだろう。


「旦那様。お話は理解できました。ただ……」

「ええ。仰りたいことは分かります。――今のは、サクラさんを雷帝様が手にかけられなかった理由」

「はい。サクラさんが、仮に雷帝様の手に余ったとして……それでも、私達に預ける理由にはなりません」


 ハタノはそこで一旦、黙った。

 いくつかの推論を重ねた話だし、実証は後ほど行わねばならないが――可能性として考えられることは、ある。


 雷帝様に、サクラは殺害できなかった。

 物理的に殺害できず、薬物も不可能。他の手段を取るにも、何らかのリスクがある。

 そんな危険因子を、ハタノに預けた理由……。


 答えは、至極簡単。


 方法がないと言うのなら――調べれば良いのだ。

 ……医学的に、彼女を何とかする方法を。


 彼女がどんなに強力な才を持とうとも、その器は人間。

 命ある人なら、必ず殺害する方法がある。

 そして現在、帝国内で人体構造に最も詳しいのは、誰か?


「チヒロさん。私は今まで、いくつかの治癒を成功させてきました。雷帝様の治癒。チヒロさんへの竜核移植。おそらく、ガイレス教授を除いて、帝国内で今もっとも大きな治癒を成功させてきたのが私だと考えられます。……それを見越して、雷帝様は私へと託したのでしょう」


 あの子を、どうにかしろ、と。

 殺せぬ子を、殺す方法を探せ。

 それがお前の、次の仕事だ、と――


「……それは……しかし……」


 チヒロが口ごもったのは、理性と感情がぶつかったからだろう。

 サクラの殺害。

 極才”異界の穴”の力を考えれば合理的な結末であり、チヒロも彼女が敵であれば、子供であろうと容赦なく切り伏せただろう。


 けど。

 けれど、ハタノもチヒロも、職人であると同時に、人の子だ。

 幼い子を預けられ、世話をしろと言われた子をだまし討ちするような行為に、手を出せるはずがない。


 と、雷帝様も理解しているはず――


「……旦那様。だとしても、私達に、育てろ、というのは不自然では?」

「ええ。ですので雷帝様は、もうひとつ意味を持たせたのだと思います」

「え?」

「方法は、じつはもう一つあります。……というより、こちらが本命かと」


 チヒロが驚いたように瞬きをした。

 この人は一体、どこまで考えているのだろう?


 と、言わんばかりの眼差しだったので、ハタノは苦笑する。


「私も、雷帝様とそれなりに付き合いは長くあります。……その上で、私があの方を存じているように、あの方も私達の性格は……甘さは、理解しているはずです」


 雷帝様は、仕事なら仕事だと、きちんと命じる。

 それに以前、人体実験を拒否したハタノが、サクラの殺害など引き受けるはずがないことも、熟知している。


「その上で、私の出した結論は、ひとつ。要は、治してあげれば良いのです」

「へ……?」

「サクラさんの”才”を」

「……”才”を治す」

「具体的に言えば、サクラさんの”極才”が、世界を覆してしまうような力を発揮できないレベルまで弱体化させ、コントロール可能な状態にする。それが可能になれば、雷帝様が彼女に手を下す必要がなくなり――ついでに、帝国にとってサクラさんは大きな戦力になる」


 異世界との交流能力。

 いまの四帝とも、翼の勇者たるチヒロとも異なる、全く新しい知識。

 その力を制御下に置くことができれば、帝国はより大きな繁栄を迎えることが出来るだろう。


 下手をすれば、今後百年の歴史を覆せるほどに――


「帝国は今まで”才”を重視してきました。そのため”才”の質では圧倒的ですが、知識や技術の面で遅れを取っています。その後れを取り戻す意味で、サクラさんの力は、雷帝様としても喉から手が出るほど欲しいものでしょう」


 そこまで語って、ハタノは拳を握る。


 今回のサクラの”才”を、病、と呼んでいいかは分からない。

 それでも世の中には、病気と名のつくものでなくとも、体質として困っている人は無数にいる。

 ならば、ハタノは一介の治癒師として知恵を絞り、全力を尽くすだけだ――と、自分に言い聞かせながら、愛しい妻へ優げに微笑んだ。


「大丈夫ですよ。今回も、いつも通り。……いつも通り、お仕事を頑張りましょう。それが、私達にできる唯一のことですから」


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