1-3.「今は楽しい楽しい、けん玉王国の時間ですので」

 そうして少々不思議な、家族の団らんを迎えた後――

 ハタノは本題を切り出すことにした。


「サクラさん。早速で申し訳ないのですが……サクラさんご自身の”才”について、教えてくれませんか?」


 サクラがびくっと肩をふるわせたのを見て、宜しくない話題だとは理解する。

 が、聞かない訳にはいかない。


 ハタノにとってこの子育ては、雷帝様から頂いた立派な仕事。

 ハタノは父親役を務めると同時に、雷帝様の忠実な兵として、彼女に向き合う必要がある。


「無理はしなくていいので。……と言いたいところですが、やっぱりきちんと聞きたい、という気持ちもあります」

「……はい」

「雷帝様を怒らせると怖い、というのもありますが……サクラさんの”才”について知ることは、私達にとって、とても大切なことだと思うので」


 極才”異界の穴”。

 聞きかじりの知識によれば、異世界とこの世界を繋ぐ次元の穴を出現させるもの。

 実際なにが出来るのか見てみたかったし、同時にその”才”にこそ、雷帝様がハタノ夫婦にサクラを預けられた理由があるはずだ。


 彼女も理解してるらしく、こくりと頷いた。


「私の”才”は、私が元々いた世界と繋ぐこと、です」

「実際にどういったことが出来るのでしょう。いきなり、他の世界からアイテムを持ってこれるのですか?」


 穴のサイズは、どの程度か。数の制限は?

 さすがに無制限ということは無いと思うが……


「制限はありません、けど」

「え? ない?」

「実践します、ね」


 サクラが席を立ち、右手を伸ばす。


 直後。みし、と。

 何もなかったはずの空間に突然、深い灰色の渦が生じ――ハタノ夫妻が反射的に身構えた。


 まず目を見張ったのは、その初速だ。

 事前準備もなく、魔力集中もなく、ノーモーションからの魔法発動。


 驚くハタノの前で、灰色のきしみが広がる。

 その形状は海に出現する渦のように、ぐるりとうねりを伴いながら空中に漂い。


 少女サクラがそこに手を入れ……ずず、と、何かを取り出した。


 手のひらサイズの、四角い……金属板?


「サクラさん。それは何でしょうか」

「スマホ」

「すまほ?」

「えっと。ゲームしたり、電話したり、お金を払ったり……」


 彼女がぽちっと脇にある突起を押すと、板のなかに新しい絵が浮かんだ。


 金属板の中に、絵をうつす魔導具なのだろうか?

 が、サクラは板を指先で操りながら「ネットに繋がってないから、いろいろはできないけど……」と、あれこれ機能を見せてくれたが正直意味がわからなかった。


「計算もできて、時間も計れて、どうが……? どうがをとれる、とは? チヒロさん、わかりますか」

「過去の出来事を記録できるようです。……待ってください。こんな小型なもので現実の記録をそのまま再現? それだけで軍事的に大いに価値がありますね」

「しかし、一体これのどこにそんな機能が」


 金属板の後ろを覗いたり、つついてみたが何も分からないし魔力も感じない。

 しかも、サクラさんの説明によると、この金属板一枚で、世界と繋がれる? らしい。


「よく分かりませんが、末恐ろしいアイテムだというのは分かりました。……で、サクラさんはこういう道具を、異世界から持ち込める、ということでしょうか」

「はい」

「際限なく?」


 サクラの話を素直に受け取るなら、とんでもない話だ。

 さすがに魔力的な制限はあるだろうが、極論、膨大なリソースを無から取り出せると言ってるようなもの。


「あと、お父様。もうひとつ、特徴があります」

「何でしょう」

「この才ですが、私を自動的に守ってくれるみたいです。どんな攻撃からも、です」


 と、サクラが再び異空間を出現させ――小形のナイフを取り出した。

 え?

 と、戸惑う前で、サクラがすっとナイフを反転させ。


 自分の肘に振り下ろそうとして、


「いけませんよ。そういうことをしては」


 チヒロが、彼女の手首を掴んだ。

 サクラは困った様子もなく、冷たく返す。


「大丈夫です、お母様。私の才は、私を攻撃しようとしても、勝手に守ってくれるので」

「だからといって、自分を平気で傷つけようとしてはなりません」

「でも、大丈夫で……」

「物理的に大丈夫かどうかの問題ではありません。これは、心の問題です。……自分が怪我をしたり、攻撃しようとしても平気だ、と思っている間に、心が麻痺してしまいますから」


 チヒロが叱り、先に台詞を取られてしまったか、とハタノも同意する。


 ……実際、サクラに傷はつかないのだろう。

 が、身体が傷つかないことと心が傷つかないことは別物だし、そういう行為に対して平気になって欲しいとは思わない。


 ハタノとチヒロは職業柄、傷や死に接しやすい立場にいる。

 だからこそ彼女には、傷を負う感覚に慣れて欲しくない――と思うのは、夫婦のワガママだろうか?


「……よく分かりませんが、お母様がそう仰るなら」

「ええ。今は分からなくても構いませんので、できるだけ避けてください。……とはいえ、”才”の実験は行いたいので、あとで調べてみましょうね」


 チヒロがゆるりと告げ、彼女のナイフを回収する。

 自動防御に関する検証は、後で行ってもいいだろう。……それより、今は。


「サクラさん。ひとつお聞きしたいのですが、その異世界から、玩具を取り出したりはできるのでしょうか?」

「……玩具?」

「簡単なもので構いません。こう、異世界での遊び道具というか」


 戦事に疎いハタノでも、この”才”ひとつで世界を一変させられそうなことは、わかる。

 だからこそ一息つく意味でも、サクラ本人が好きそうなものを取り出してみたいな、とも思った。


 その気になれば、彼女が楽しめるものだって呼び出すことが出来るんですよ、と、知ってほしい。

 君の才能は……危険なものではあるが、同時にとても素敵なものなのだ、と――


 サクラは少し考えて、


「……けん玉?」

「?」

「子供のころ、前のお母様が見せてくれて……」


 実物を出してくれた。


「ずいぶん不思議な形ですね。ヒモのついた玉と、……尖った棒に、器のような……?」

「ぽん、と玉を引っ張って、この広いところに乗せるんです」


 と、サクラが右手に取ってを構え、ひゅっ、と手首を振る。

 赤い玉が飛びあがり――大きい器にかつんと弾かれ、零れてしまった。


「なるほど。ヒモをうまく引っ張って、器に乗せるんですね。サクラさん、私も試して宜しいでしょうか?」


 サクラからお借りし、早速試すハタノであったが、これが中々難しい。

 おそらく手首を安定させつつ、玉だけ飛び上がらせたほうが狙いを定めやすいと思うが……一番簡単そうな穴にも上手く乗らず、かつん、と弾かれてしまう。


 と、数回試したところでふと隣を見れば、


「…………」


 じーっ、と。

 妻チヒロが無表情ながら、物欲しそうにハタノのけん玉と旦那を交互にちらちら見つめていた。


 そわそわと、若干、犬の尻尾みたいに好奇心を露わにしている愛しの妻。


 ……チヒロさん……。

 やりたいなら言えばいいのに、とハタノは苦笑しつつ。


「チヒロさんも遊びますか?」

「あ、いえ。まず旦那様優先で。私は勇者ですし、子供を置いて遊ぶなど言語道断――」

「三つ出せますけど……お母様も、やりますか?」


 帝都魔城の一室にて、家族によるけん玉大会が始まった。





 結果はもちろん、圧倒的な身体能力の差を見せたチヒロの大勝だった。

 けん玉の”才”でも持ってるかの如く、ほいほい玉を自在に浮かせて器に乗せ、最後にすぽんっ、と細長い棒に収める妻。

 サクラも目をキラキラと輝かせて、


「お母様、すごい……けん玉の天才……?」

「ふふ。帝国を守る勇者は、けん玉王国を守る勇者でもあるのです」


 どこにあるんだろう、けん玉王国って。

 まあチヒロとサクラさんが楽しそうならいいか、とハタノがほっこりしていると、チヒロは「しかしですね」とけん玉を回しながら、サクラさんに笑いかける。


「サクラさん。旦那様も、けん玉は得意ではありませんでしたが、じつは私より凄い方なのですよ」

「そうなのですか?」

「ええ。旦那様は普段、治癒師というお仕事をされてるのですが、患者さんの傷をとても丁寧に直してくださる器用な方なのです」

「へええ……!」

「それに心も優しく、ときに勇ましいのが、私の旦那様なのです。あと、ベッドでの手つきも優し――むぐっ」

「チヒロさん。今は楽しい楽しい、けん玉王国の時間ですので。大人のけん玉(意味深)の話はまた後に致しましょうか……」


 情操教育上その話はよくありません。

 チヒロも最近、旦那が好きすぎて口が緩くなってるなあと思いつつ、ハタノが顔を赤くしてしまった妻の口を塞いでいると。


 サクラが面白そうにハタノ夫婦を見上げ、


「お父様と、お母様は……」

「はい」

「とても、仲良しなのですね」


 と、微笑まれ、夫婦揃ってつい赤面してしまった。

 ――いかん。初日の子供にバレてしまうようでは、夫婦として脇が甘すぎるかもしれない。が、


「はい。仲良しです。とても」

「チヒロさん……」

「でも、事実ですから」


 にっこりと妻に愛しく微笑まれ、まあ、否定するものでもないか――と、愛しの妻の笑顔を見ながら、ハタノは照れくささを隠すように息をつくのだった。


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