1-2.「旦那様は不器用なところもありますが、世界で一番お優しい方ですから」

 いきなり増えた我が娘(?)との、三人での生活。

 当然、人が増えれば考えるべきことも増える。


 お借りしている帝都魔城の一室については、既に子供部屋つきのものに変更して貰った。

 元々、ハタノもチヒロも経済的な不足はない。

 日用品の手配や身の回りのお世話については、帝都魔城の召使いに依頼すれば問題無い。が、


「そういえば、食事はどうしましょう。サクラさん、普段の食事はどうされていましたか?」


 好きなものを食べていいよ、と言いたい所だが、治癒師としては好き嫌いされて栄養が偏るのも困る。

 ハタノも噂で聞いた限りだが、子供の偏食に悩まされるご家庭は少なくないらしいし、サクラさんが偏食でないとは限らない――いや待てよ。

 偏食と言えば……?


「お父様。私のご飯は、お父様とお母様と、同じもので構いません」

「え」

「大丈夫です。お父様とお母様の好きなものを、私も好きになりますので」

「でも、サクラさん。うちの妻、草食ですけれど」

「え???」


 うちの妻がある意味、一番の偏食家であった。


 ぱちくり、と、サクラが戸惑ったように瞬きをする。

 年相応のあどけない顔が見れて、ハタノはついくすっと笑ってしまう。


「……お母様は、ベジタリアン、なんですか?」

「それとはちょっと違うんですが、まあ、具体的に見て貰った方が早いかもしれません」


 という訳でテーブルにつくと、愛しの妻が「お先に失礼します」と両手を合わせ、机に置かれた草を手に取った。


 魔噛草。

 妻曰く噛めば噛むほど味が出るらしく、本日ももぐもぐし始めたその様に、サクラはやっぱりぽかんと口を開けて。


「……お、お母様? お父様?? これは、こちらのご家庭の作法なのですか?」

「いえ。うちの妻限定の食事です」

「???」


 懐かしいなあ、サクラさんの反応。

 結婚した当初のハタノも、最初は驚いたものだ。


 夫婦になりたての頃を思い出しながら、ハタノはふふっとつい笑みを零してしまう。


「うちの妻は、勇者でして。勇者というのは、いつどんな時でも緊急出動できるよう、魔力の補給が大切なのです。……と同時に、お腹いっぱい食べてしまうと魔力供給用のポーション等を一気飲みできなくなるので、注意しているそうですよ」


 またチヒロ曰く、食事を取り過ぎると身体の動きが鈍る、というのもあるらしい。

 最近は空中戦もこなすようになり、胃の中にあまりため込むと感覚的に良くないのだとか。


「……えっと。お父様は?」

「私は普通に、パンとスープを頂きます。サンドイッチ等も好きですけどね。……ですので、サクラさんもお好きな食事を取っていいですよ」

「え?」

「家族だからといって、必ず同じ食事を取る必要はありませんから」


 ハタノとチヒロは夫婦として仲睦まじく過ごしているが、全ての生活を同じにしている訳ではない。

 そもそも二人揃って激務だ、生活が合わない時も多い。


 それを認め合うのも夫婦だと思うし、だからこそ、ハタノはチヒロと気が合う、とも言える。


「サクラさん。確かに私達は夫婦ですが、お互い違うところは違う、と言い合える間柄だと思っています。私もチヒロさんも、お互いの仕事にはあまり深く関わりませんし。……ですよね、チヒロさん」

「ええ。私達は夫婦ではありますが、同時に他人でもあります。家族だから、夫婦だからと同じことを強要するのは、相手を束縛することになりますから」


 彼女が愛おしいのは、紛れもない事実。

 それでも、自分と彼女は違う人間。

 自分の妻だから、夫だから一緒に何かをしてくれて当然、という強要は、高慢というものだろう。


 妻チヒロが胸元に手を当て、やんわりと唇に笑みを浮かべ。


「私は旦那様を愛しています。正直、心配な時もあります。ですが、だからといって旦那様の生活や仕事を邪魔するようでは、妻として失格だとも考えています」

「ええ。……まあ、世の中の一般的な家族から見たら、私達は冷たい夫婦に見えるかもしれませんが」


 そう告げると、サクラは困ったように俯いてしまった。

 怖々とこちらを伺う眼差しに――ハタノは何となく、親に抑圧された子供特有の遠慮を感じ、にこりと笑う。


「大丈夫ですよ。サクラさんの希望を言って」

「……いい、んですか?」

「ええ。ご自由に。……といっても、困ったことがあったら相談してくださいね。私も妻も不器用な人間なので、言葉にしないとわからない所がありますので。……というわけで、食事はお好きなものを頼んでください――と言いたい所ですが、好きなものだけ食べますと栄養が偏りますので、野菜も取りましょうね」

「お父様。お母様の栄養も偏ってると思いますが」

「チヒロさんは勇者なので、魔力で栄養価も補え……」


 待てよ?

 サクラさんの才“異界の穴”。

 その力は雷帝様曰く、極才級――すなわち、今のチヒロさんをも超える魔力を所持している、とも言える。


 そして”才”の高い者は普通の食事を取らずとも、魔力補給さえ行えれば栄養に困ることもない。

 とすると……


「サクラさん。今まで、サクラさんはどういう食事を取ってこられましたか?」

「え。……あの、ママに言われて、普通の、パンとか、えっと……パン、とか」

「試しに食べてみます? 魔噛草。理屈的には、魔力補給さえすれば大丈夫なはずですが……」

「旦那様、宜しいのですか?」

「ものは試しと言いますか、可能性としてはまあ」


 ハタノが眉を寄せ、チヒロも「苦いですけど」と戸惑ったが。

 サクラが「じゃあ一口……」と言うので、一応用意してみた。


 ……うちの娘も草食系だったら、どうしよう。

 一家の三分の二が草食動物になってしまう。

 と、若干気を揉むハタノの前で、サクラさんは独特な形状の草を手に持ち、しげしげと眺めて。


 ドキドキしながら、小さな口を開いて……


 パクッ


「!?!?」


 目を白黒してバタバタし始めた。

 でも一度口にくわえた手前、吐き出すのはダメと思ったのか、んーんー、言いながら食べようとして――って、


「ああ、む、無理しなくていいですからね、サクラさん!?」

「ぺっぺしていいんですよ、サクラさん!?」

「でも、ご飯は残しちゃダメって……」

「苦手なものやアレルギーっぽいものまで食べなくていいですから!」


 大丈夫大丈夫、と夫婦そろってヨシヨシと背中を撫でてあげたところで、サクラはようやく魔噛草を吐き出した。


「ご、ごめんなさい……」

「いえ。普通はそうなります。私も食べれませんでしたし、うちの妻が特別なので気にしないでください」

「そうですよ、サクラさん。母が普通でないので気にしないでください」


 ひいひいと舌を出し、目を滲ませるサクラさんに、夫婦揃って慌てて水を出す。

 さらに、「大丈夫ですよ」とハタノとチヒロで背中をさすったり撫でたりしてる間に、サクラはようやく苦みから解放されたように、ほっと息をついて落ち着いてきた。


「……びっくりしました……」

「まあ、子供の味覚には遭いませんでしたね。よく考えたら分かることですが……とにかく献立については、帝都魔城の料理人に頼んで、程よく健康バランスのいいご飯にして貰いましょう」

「……いいんですか?」

「ええ。もし、サクラさんにとって美味しいご飯が分からないなら、色々食べてから考えて見ても良いですし」


 ハタノもチヒロも食事に拘らないが、サクラまで同じとは限らない。

 新しい家族が現れたなら、新しい習慣を取り入れなければならないと思うし、何なら教育上、ハタノももう少しマシなご飯を取らないと、彼女に示しがつかないかもしれない。


 ……そう考えて、ハタノはふと。

 妻チヒロと一緒に居ただけでは気づかない意識の変化だな、と気づく。


 人が増える。家族が増える。子供が増える。

 その変化は、もちろんサクラ自身にとっても大きなものであろうけれど。

 同時に、ハタノ達にとっても大きな変化の兆しとなるかもしれない……なんて考えながら、ハタノはサクラをそっと撫でた。


「私達もまだサクラさんとの会話に不慣れですが、まあ、一つずつ相談させてくださいね」

「……は、はい」

「安心してください、サクラさん。旦那様は不器用なところもありますが、世界で一番お優しい方ですから」


 チヒロが囁き、それは褒めすぎでは、とハタノは密かに照れながら。


 妻の前では、夫としてつい緩んでしまう時もあるけれど……

 子供の前ではもう少し、きちんと”お父様”をしないといけないかもしれない、と気を引き締めるハタノであった。


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