6-5.「次の仕事は――」

 ”異界の穴”。

 こことは異なる世界に繋がる、時空あるいは空間を超越した扉だと、雷帝様は静かに語った。


 最初は”異界の穴”より、生物学にあり得ない能力を持った”魔物”が出現した。

 次に”才”――別名、スキルやアビリティと呼ばれる、力をもった人間が現れた。


「そして此度現れたのが、そうだな。”文明”あるいは”技術”とでも呼ぶべきか。余のいる世界の文化レベルを遙かに超えた存在が、それを通じて現れた。……余談ではあるが、ハタノ。貴様の実家であるレイ家も、どうやら”異界の穴”に関わりがあるようだな」

「――え?」

「まあそれは、今回の本題ではない。親の意向がどうであれ、いまさら貴様を疑う必要もないからな。……問題は、その力の制御にある」


 ハタノの動揺も知らず、雷帝メリアスはこつこつと苛立たしげに机をつつく。


「”異界の穴”。技術のみならず、強大な兵器すら出せる力を帝国として見過ごす訳にはいかん。早急な対処が必要だ。……何が言いたいか、わかるな?」


 ハタノは頷く。当然、理解している。

 帝国に仇成す存在は、神の意向に逆らいし者として必ず処分される。


 そして、その話がチヒロに降ろされたということは。

 ……暗殺指令。

 ハタノは内心じわりとした痛みを覚える。


 極才”異界の穴”。

 場合によっては雷帝様の極才”神の雷”をも越える汎用性と破壊力を持つその存在を、敵が易々と見せるはずもない。

 暗殺には多大な困難が伴うはずだ。


 場合によっては、チヒロの命を脅かす程に――


「雷帝様。その任務、危険度の程は」

「ハタノ。そなたは余と、真正面から力勝負をしたいと思ったことはあるか?」

「……考えたことも、ありません」

「相手は、考えようによっては余を越える傑物だ。それで答えは分かるだろう? まあ少なくとも、貴様がいままで経験してきた事件はすべてお遊びと思える程の相手だろうな」


 ハタノの頬に、ひやり、と冷や汗が零れ落ちていく。


 雷帝銃撃事件。

 帝都中央治癒院テロ事件。

 帝都”宝玉”事件。


 今まで経験したその全てを、お遊び、と断じてしまうほどの脅威とは……?


「言うなれば今回の”宝玉”事件は前哨戦に過ぎぬわけだ。同時に、この脅威を放置すれば帝国の未来、いや、世界の未来に関わると言っても過言ではない。であれば、余が命じる内容は、わかるであろう?」


 珍しく遠回しに告げるのは、ハタノに事情を理解させるためか。


 雷帝様とて、翼の勇者を手放したいとは、つゆ程も思っていないはず。

 ……けど、そのチヒロを利用してでもなお解決しなければ問題と、雷帝様は判断した。


 放置すれば、極才”異界の穴”により、ハタノ達のみならず、ハタノの知人すべてを巻き込んだ事件に発展する。

 チヒロだけではない。

 ミカやシィラ、雷帝様やフィレイヌ様、帝都中央治癒院で知り合った者達全てを巻き込んでしまう可能性が――


(…………)


 チヒロは確実に、引き受けるだろう。

 彼女は”勇者”であり、敵の脅威が帝国に及ぶ――すなわち、ハタノを含む全員に及ぶとなれば、見過ごすはずがない。


 彼女がどれ程死にたくないと望み、共に生きようとハタノと約束しても、なお。

 彼女がそういう女であることを、ハタノは痛いほど知っている。


 ……その場合、チヒロの命はどうなるのだろう。

 生還の可能性は。

 敵の脅威度は。そもそもチヒロが戦に向かう必要があるのか。

 別の手段はないのか。

 そもそも”異界の穴”は本当にそこまでの脅威があるのか――いや。


 違う。

 今のは、ハタノがチヒロに行かないで欲しい理由を探しているだけだ。


 そして雷帝様は、そのような甘い判断はなされない。

 かの君は暴君にして合理的、情熱的でありながらも冷徹な計算を必ず優先する方――


 けど。

 だとしても。

 それでも、ハタノは。


「「あの」」


 声を上げたのは、二人同時だった。

 ハタノとチヒロはお互いを驚いたように見て、互いの意思を理解する。


 ハタノはそっとチヒロに目配せし、夫婦を代表して、雷帝様に異を唱えた。


「その仕事は……どうしても、チヒロが引き受けなければならないのでしょうか」

「ふむ?」

「翼の勇者であるチヒロの有用性は、理解します。しかし全ての作戦において、彼女が有効であるとは限りません。……私は戦の素人ではありますが、せめて、雷帝様がどのようなプランで”異界の穴”に対応しようとしているのか。代替案はないのか、お聞かせ願えればと」

「ない」

「そんな筈はありません。治癒師もそうですが、人間の治癒にはいくつかの手段があります。有用性の是非はありますが、全く検討に上がらないというのは……」

「検討した結果、そなたらに任せるのが最善と判断した。……それとも、ハタノ。貴様は、患者の治癒成功率がもっとも高い方法が目の前にありながら、わざわざ別の方法を取るか?」


 返答に詰まる。

 感情を廃した合理的な選択は、散々、……ハタノ達が歩んできた道だ。

 今になって、個人の命が惜しい、等と言える立場ではない。


 だとしても。


「はい。それでも、私はチヒロさんの命が惜しい。……私は、私自身のワガママに。我欲に基づき、そう応えます」

「ほう。言うようになったな、ハタノ。もう立派な愛妻家だなぁ?」

「愛妻家でもなんとでも呼んでください。元より、妻の命が助かるなら何でも致します」


 ハタノはテーブルの下で、拳を握る。

 ……場合によっては、かの雷帝様とことを構える必要がある。


 直接対立する訳ではない。

 帝国には戦力がまだまだ山ほどある。

 雷帝様直属の”勇者”を始めとした特殊部隊に、炎帝フィレイヌ様。

 そして、雷帝様ご自身。


 チヒロにだけ負荷を背負わせるようなことは、絶対にさせない。

 仕事なのは理解するが、それでも妻の安全を最大限に引き出すため、彼女から譲歩を引きずり出さねばならない。


 と、ハタノは雷帝を睨み――


「何でも、か。その言葉、二言はないな?」

「はい。誓って」

「……とまあ脅してみたが、そもそも余がいつ”チヒロに仕事を頼む”と言ったか?」

「へ?」


 狐につままれたような顔で、目を瞬かせるハタノ。

 くく、と雷帝様が相好を崩し、人を食ったようにケラケラと笑う。


「そもそも余、まだ暗殺しろとか、嫁を死地に追いやれとは一言も言っておらんぞ?」

「し、しかし」

「そして仕事を頼むのはチヒロではなくお前達。つまり、ハタノ。お前もだ」

「……は? え??? 私!?」

「だ、旦那様が?」

「でなければ夫婦揃って呼んだりせんであろう? ――入れ」


 目を丸くする夫婦に、雷帝メリアスはニヤニヤと笑いながら手を叩く。


 合図とともに室内に現れたのは、深紅色のスーツに身を包んだ、執事姿の若い男性だ。

 特徴のない能面のような色白の顔。

 にも関わらず全身を血で染めたような特徴的すぎる朱のコートで包み、その上「はーい☆」と貼り付けたような狂った笑顔を浮かべ、ハタノ達にニコニコと微笑んだ。


「はーい!  君たちが噂の勇者と治癒師だね? 初めまして。お久しぶり。そしてさようなら? 僕は私は、わしは余は拙者は我が輩は帝国四柱が一人”秘帝”****です。で、君達にお願いしたいのは、こちらの子だよぉ☆」


 真紅の男がでたらめに語り、ハタノ達の視線を彼の足下に誘導する。


 そこに、ちょこん、と。

 小さな女の子が佇んでいた。


 年の頃は、七、八歳頃だろうか。

 帝国では珍しいおかっぱ黒髪の少女が、男に連れられハタノを見上げていた。

 上品な水色のワンピースに、白の靴を揃えた少女はまるで上流貴族の娘さんのように可愛らしく、けれど、ハタノ達を見つめるのはどこか無機質で、感情のない瞳を浮かべている。


 ……ええと。この子は?

 ていうか、雷帝様。なぜこのタイミングで、女の子の紹介を?


「余から紹介しよう。この少女の名は、サクラ=ヒロセ。どこにでも居るごく普通の少女にして、極才”異界の穴”持ち、その本人だ」

「「……は???」」

「帝国も黙ってやられている訳ではなくてな。帝国最高の切り札”秘帝”に動いてもらい、アングラウスを壊滅させるついでに誘拐……じゃない、お迎えしたのだよ」


 いま誘拐って言いませんでした?

 というか、え?

 世界をゆるがす”極才”……連れてきたんですか?


「誘拐ってそんな簡単に。……それにいま”秘帝”と」

「我らが帝国四柱が一人にして、最大の切り札”秘帝”。いま、やつがお前達のもとに、この子を連れてきただろう?」

「「え?」」


 ハタノはチヒロと顔を見合わせる。

 ぽかんとした理由は、正直に言えば――雷帝様が、何を仰っているのか分からなかったからだ。


 連れてきたも、なにも。

 ……この子はいま、一人で部屋に入ってきて、雷帝様に紹介されたのではないか?


 訝しむハタノ達に、くく、と雷帝が笑う。


「やはり認識できぬか。あんな気の狂った挨拶をしたのにな? ゆえにまあ、誰も見たことがない”秘帝”なのだが」

「「???」」

「まあよい。本題に入ろう。そちらの少女、サクラ=ヒロセこそ、帝国が探し求めていた極才”異界の穴”持ち、その張本人だ。詳しくは分かってないが、本人自身が”異界の穴”に飲み込まれ、この世界に来たらしくてな? 元々はニホンのトーキョーなる町で、ショーガッコーなる学び舎に通っていたらしい」

「ニホン? トーキョー?」

「で、捕まえたのはよいが、まだ親が恋しい年頃。可愛そうだと思ってなぁ? そこで心優しい余は考えた。――だったらこの子に、パパとママを用意してあげれば良いではないか、と」


 ふふん、と腕組みをして二ヤつく雷帝様。


 ……何故だろう。

 先程まで、ハタノは妻チヒロの命に関わる重大な懸念事項を警戒し、命を賭けた勝負をするつもりだった。


 が、今はまったく別の意味で、嫌な予感がする。

 ハタノが心配するような、生命の危機ではない。

 けれどこれまた、恐ろしいほどに厄介な事のような。


「して、ハタノ。二言はないと告げたな? であれば、余が命じる。ハタノ。チヒロ。貴様等は本日より――」


 そして雷帝様は、ハタノの予想通りに次の仕事を告げる。

 帝都中央治癒院の院長よりも、さらに難解な、夫婦として最大の仕事――


「この子のパパとママになれ。次の仕事は、子育てだ」






――――――――――――――――――――

これにて三章終了です。

いつもお読みいただき、誠にありがとうございます。

宜しければ感想コメント、評価レビュー等頂ければ幸いです。


次章にて最終章となります。公開までもう暫くお待ちください。

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